第3話

「もしもし、え、春陽?」

結局何故か凛月に奢られたコーヒーを飲んでいると、凛月のケータイが鳴る。

どうやら年の離れた妹ちゃんらしい。

「兄ちゃん、そこにいるよね、ってお前どこにいるか兄ちゃん知らないよ…。」

凛月の声を聞き流しながらふと、窓の外を眺めると、凛月に面差しの似た幼い少女がこちらを見ている。

凛月をつついて指差すと

「ああ、見えたよ春陽。」

小さく受話を抑えると

「凛雪、ちょっと春陽呼んでもいい?なんかこっち来たいって。」

「ええ。もちろん。」

申し訳なさそうにする凛月だが、問題はない。それよりこの寒空の下、あの子を放置しておくほうが嫌だ。

「最近の子は、小学生で携帯持ってるのね。」

「あいつは特に早い。春陽の念願でな。あいつ年より幼いから心配なんだけど。なんせ、俺も母ちゃんも親父も甘やかし倒してるから。」

なぜ、凛月がそこで申し訳なさそうな顔をするのかがわからない。

「お兄ちゃん!」

「春陽…何の用だよ?」

「いや、綺麗なお姉さんといるお兄ちゃんが見えたから思わず。」

「そうだろ?こいつ綺麗だろ?」

意味のわからない機嫌の直し方。頼むから公衆の面前でやめてほしい。恥ずかしい。

「初めまして、春陽です。」

「こちらこそ、平川凛雪です。」

私よりずっと小さい彼女だが、座ってるから見上げる形になる。

「気が済んだなら早く帰れ、春陽。」

「言われなくても帰るわよーっ、凛雪さん、お兄ちゃんをよろしく!」

しっしっと笑顔で追い払う凛月にベーっと舌を出し、同じように笑顔で立ち去る。

「可愛い子ね。」

「だから甘やかしてる。」

「なるほどね。」

「凛月によく似てる。あんたをうんと柔らかくして女の子にしたら春陽ちゃんみたいだったんだろうね。」

「そう見える?」

私は思ったことを言っただけだけど、予想外に凛月は嬉しそうに微笑む。

「そうだ、凛月。悪いんだけど買い物少し付き合ってくれない?お米切らしそうなの。」

母娘二人の生活は、母の働きのおかげで苦しくはないが、不便も少なくない。母は、私を産んだせいで家族と縁を切っている。古風な家の中では、父親のいない娘を産むことは反対の嵐だったのだそうだ。母は、私に隠し事はしない。お互いに隠し事をしないのが、私たち母娘のルールだ。

だから、母が車を出せないとき、男手を借りれるのならありがたいのだ。

「喜んで。まだ時間も早いしな。」

「ありがとう。」

こうして買い物には付き合ってくれるけれど、けして部屋には上がらない。そういうところもしっかりしているのだ。

「…お漬物いる?」

所帯じみた質問を凛月にぶつけると

「お前もっと洒落たもんないの?」

と軽い呆れ顔を向けられる。

「だったら…。あ、こないだ母さんがもらってきたお菓子多くて余っちゃってるからもらってくれると嬉しい。」

「ありがたくいただくよ。春陽も喜ぶ。」

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