第2話

淡く幼い恋だった。

でも、深く純粋な愛だった。

俺と凛雪が出逢ったのはいつだっただろう。

気が付いたらお互いが隣にいるのが当然で。今まで出会った誰より気が合った。

初めて会ったときから、初めてな気がしなかった。

「凛雪。」

「なに、凛月。」

「俺達趣味も似てるけど名前も似てるよな。」

「そうね。」

相変わらずそっけない凛雪の束ねた髪をなでる。なめらかな長い黒髪は、抵抗なくするすると滑る。

「凛月、今私が何してるように見える?」

「墨磨ってるように見える。」

「わかってるなら邪魔しないで。」

凛雪は手元から目をそらさず文句を言う。このものすごく立派な女は、俺には正直もったいないと思う。

この綺麗な黒髪に、少々きつい物言い。純和風なたたずまい。すべてが俺にとって愛しかった。凛雪の才に嫉妬した人は、彼女に父親がいないことを悪く言うけれど、これだけの才媛には勝てない。

それに俺はしがないサラリーマン家庭だけれど、まだ凛雪にも言えていない事情が存在してる。だからそんなことはどうでもいい。

凛雪はさらさらと音を鳴らしながら墨をすり続けている。

「何書くの?」

何でもない問いだというのに、凛雪の手が止まってしまい、逆に驚く。

「え、決めずにすってたの。じゃあ、俺は何を待たされてたの。」

口数の少ない凛雪だが、大体言いたいことはわかる。見た目はクールな大和撫子そのものなのに、こんな風に抜けているところも、俺にとっては可愛くて仕方がなかった。

「…帰る。」

「え!?せっかく俺待ってたのに!?」

自分の行動が照れ臭かったのか、突如行動に動く。こいつは超絶マイペースを俺に対してだけは惜しげもなく発揮する。

「墨すったのに!?」

「待っててとは言ってないでしょ。」

確かに俺が待っていたのは、凛雪の書道を見たかったという下心なんだけど。凛雪はまとめていた長い髪の毛をほどく。その姿はやっぱり綺麗だ。

この年で可愛いより綺麗が似合う女を俺は知らない。こんな女が俺の隣にいてくれるのはすごく誇らしいし、嬉しい。

凛雪は結局無意味になってしまった墨を小さな”雪”と書かれたペットボトルに入れて、和室の保存庫にしまう。

ぼうっと見つめていると

「何してるの?凛月。帰るんでしょ?待たせたからコーヒーくらいならおごるよ。」

カバンを片手にもってくるりと凛雪は振り返る。訂正、やっぱ可愛い。

「まだ、時間も早いし、スタバよって勉強していこうよ。」

「スタバおごらせる気?」

凛雪が嫌そうな顔をする。

「スタバならおごれとは言わないよ。何なら俺がおごるし。」

だって、俺が離れたくないだけなんだから。

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