第13話 堪らなく可愛いのに

 花火が始まると、歓声が上がった。

 ひとつ、またひとつと打ちあがる花火は、とても大きくて、こんなにも大きかったかと驚かされた。

 とても、迫力があった。

 横目で彼女を見ると、彼女は花火を笑顔で見上げていた。

 それを確かめると、僕も安心して花火を楽しめた。

 僕はさっきよりも強く、繋いだままの彼女の手を握った。

 それに彼女は反応し、少しこちらを見たようだったが、僕は構わず花火を見続けた。

 彼女は花火の方に向き直ると、僕の手をぎゅっと握り返してきた。



 ・・・堪らなく可愛い。



 僕は花火なんてそっちのけで、手に意識を集中させていた。

 好きだという気持ちが溢れてきてやむことはなかった。

 それでも花火になんとか気持ちを向け、眺めていた。

 折角の彼女と見る花火だ。楽しまなければ。


 僕たちは暫く花火に見入っていた。

 30分くらい経っただろうか。

 やがて花火はクライマックスを迎えた。

 僕も「おー」とか「わー」とか言って楽しんだ。

 そんな中彼女が、


「綺麗だねえ」

 と言って、満面の笑みでこちらを見たので、僕も彼女の方を振り向いた。

 すると彼女の大きな目の中に、花火が映りこみ、それはそれは美しく見えた。

 僕は彼女の目を見つめた。

 彼女も僕の目を見つめ、笑顔ではなくちょっと真面目な顔になった。

 気がつくと僕はその目に吸い込まれるように、自然と彼女の顔に自分の顔を近づけて、唇を重ねていた。

 5秒くらいそうしてから、そっと唇を離した。

 間近で見る彼女の顔はやっぱり可愛くて、目には相変わらず花火が映りこんでいた。

 綺麗だった。


「うん、綺麗だ」

 そう言って僕は彼女の頭を優しく自分の方へと引き寄せた。 

 彼女は抵抗しなかった。すんなりと僕の肩に自分の頭をつけた。

 僕はまた愛しい気持ちに襲われて、抑えきれなくなった。


「ちなみちゃん」


 僕は初めて彼女の名前を呼んだ。

 彼女はハッとした様子で僕の顔を見た。僕も彼女の顔を見た。


「僕、ちなみちゃんのこと、すごく好きだよ」


 彼女はそれをじっと聞いていた。


「だから、付き合って?」


 その言葉は特に緊張もせず、自然に出てきた。

 自分の正直な気持ちだった。

 彼女の目をじっとみて、僕は答えを待った。

 すごく冷静だった。

 彼女からどんな言葉が出ようと、僕はそれを受け止めようと思っていた。


 その時ひときわ大きい花火の音がして、僕と彼女は思わず花火に目をやった。

 これまでで一番と思われる大きい花火があがり、周りからはわあと歓声が漏れた。

 そして拍手が沸き起こった。

 火花が完全に落ちて、煙だけ残った真っ暗な夜空を、僕と彼女は見つめていた。

 

「達樹くん」


 そう呼ばれて、うん?と僕は彼女を見た。

 彼女は前を向きながら、真剣な顔をしていた。


「気持ちはとても嬉しい」


 僕はそれを聞いて、ああ、駄目かー、と思った。

 次に続く言葉はこうだ。『だけど』。


「だけど・・・」

 彼女は言葉に詰まっていた。

 言葉を選んでいるようだった。

 僕はもう覚悟を決めていたので「いいよ、言って?」と促した。


 するとどことなしか潤んだ目で彼女は僕を見た。

 悲しそうな顔をしていた。


「わたしね・・・」


 僕は黙って次の言葉を待った。


「わたし、居なくなっちゃうの」


 僕にはどういうことか理解できなかった。


「え?」

 もっと説明が欲しかった。


「何それ?どういうこと?」

 僕はなるべく穏やかにそう言った。

 彼女はごくりと喉を鳴らして「わたしね」と話し始めた。


「わたし、9月からアメリカの大学に行っちゃうの」


 僕は慄いた。


「9月って、・・・来月から?」


 こくり、と彼女は頷く。

 頷いたまま頭を垂れたままになった。


「そうなんだ・・・」


 え・・・?彼女が居なくなる?

 僕の前から居なくなる?

 ということは、もう来月からは、毎週あのレンタルビデオ屋に行っても、彼女は居ない?

 彼女の笑顔も、声も、もう聞けないのか?


 ショックだった。

 僕はある程度の絶望を覚えていた。


「そうか・・・。因みにどれくらいの期間?」

 僕は冷静を装いつつそう訊いてみた。


「最低でも4年間」


 4年・・・。

 僕はくらくらした。

 4年後僕は24になっている。

 今の僕にとって、4年後ははるか先のことだった。


「でもね、どうしよう」

 また彼女は潤んだ目で僕を見上げた。


「わたしもね、好きなの。達樹くん」


 それを聞いて、僕に、嬉しい気持ちといっそう複雑な気持ちが押し寄せた。


「どうしよう・・・」


 そう言うと、彼女は僕の肘辺りに手をやり、半歩僕に近づき、頭を僕の胸につけた。

 僕は、彼女の肩と、頭にそれぞれ手をやり、優しく自分の方へ引き寄せ、抱きしめた。

 彼女が困っている。

 どうする、どうしたらいい?

 僕は自分の気持ちよりも、彼女が困っていることに対してそう思った。

 

 花火が終わったので、観客は撤収し始めていた。

 そんな中女の子を抱きしめている自分を見られるのは多少恥ずかしかったが、今はそれどころじゃない。


 どうしよう・・・。

 僕は、僕たちは、どうしたらいいんだろう。

 僕はパニックだった。

 答えが全く見付からなかった。

 でももう8月に入ってしまっている。

 9月はすぐそこで、時間がないことは判った。

 僕は彼女の頭を撫でながら必死に考えた。

 どうしたらいいんだ・・・?

 


 僕たちは明らかに今、岐路に立っているのだった。

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