第12話 少しの幅だけ

「明日の土曜日は仕事入ってる?」


 金曜日の夜、僕は彼女にLINEしてみた。


「明日はお休みです。たつきくんは?」

「僕も休み。」

「ねえ、明日海で花火大会があるんだけどね、一緒に行ってくれない?」


 また彼女から誘われてしまった。今度は僕から誘おうと思っていたのに。


「勿論いいよ。」

「わほい。浴衣着ていくね」


 僕はこの言葉に一気に色めきたった。

 成人式の日に見た着物姿を思い出した。

 あの日の彼女は美しかった。目に焼きついている。

 浴衣姿もきっと美しいだろう。


「それは楽しみ。」

 僕は正直に文字を打ち、送信した。


「帯あるからわたし運転出来ないので、明日は電車でいい?渋滞もするだろうし」

「いいよ。何時に駅にする?」

「じゃあ少し早めで4時半くらい!」

「おっけー。」


 浴衣姿の彼女と花火が見られるなんて、夢見たいだ。

 花火なんて何年ぶりだろう。

 高校の頃友達と行って以来じゃないだろうか。

 そのときは男だらけだったが、今度は他でもない、あの彼女とだ。

 僕は楽しみでこの日あまり寝付けなかった。

 暑さの所為もあったかもしれない。



 土曜日。

 約束の時間の少し前に僕は駅に着いた。

 もうちらほら浴衣姿の女の子がいる。

 でもこの子達のどの子よりも、きっと彼女は可愛いだろう。

 僕はそう確信していた。

 そんな風に行きかう人をぼーっと眺めていたら、パッと目を引く女の子が居た。

 彼女だった。

 紺色の生地に、紫色の柄が入っていて、それはとても鮮やかだった。

 まずその浴衣が目を引いたが、視線を上にずらし顔を見たら僕の心臓は一回ドクン!と大きく鳴った。



 可愛い・・・!綺麗だ・・・!



 僕は彼女に釘付けになった。

 髪の毛はアップにされ、うっすら化粧もしているようだった。

 前髪はいつものようにやや短い。



 顔ちっさ・・・!



 彼女が目を引く理由のひとつに、スタイルのよさがあったのだと思う。

 そんな彼女が僕を見つけ、パッと笑顔になり、下駄で小股に走りながら近寄ってきた。

 その姿を可愛いと思わない人は居ないと思うくらい可愛かった。


「待った?ごめんね」

「いや全然。・・・・すごく可愛いよ」

「そう?変じゃない?自分で着たから・・・」

「全然変じゃない。可愛い」


 僕の語彙力のなさには本当に落胆する。

 何しろ可愛いしか頭に浮かんでこないのだ。

 本当に可愛い。

 僕は暫く見とれてしまった。

 まゆの少しだけ上で切りそろえられた前髪はその顔の可愛らしさを際立たせていた。

 そしてアップにされた髪により顔の小ささも際立っていた。

 本当に可愛い子は、その子を取り巻く周りの空気の色も変えてしまうと、僕は思う。

 彼女はそうだった。

 彼女の周りの空気だけ、なんだか明るく見えた。


「ふふ、なに見てるのよー。行こう?」


 そう彼女に言われるまで僕はずっと見つめていたようだ。

 ハッとして「あ、ごめん」と言った後、僕は、こんな可愛いこと花火大会にいけるなんて、とにやにやしてしまった。

 僕は口元に手をやり、にやにやを隠しつつ彼女と一緒にホームへ行き、電車に乗った。

 電車に乗ると僕は中ほどの空いている方に彼女をさり気なく移動させた。

 海へは5駅くらいで着く。

 それまで僕たちはつり革に捕まり、他愛のない会話をしていた。

「僕花火大会なんて考えたら高校のとき以来だったよ」

「そうなの?超久しぶりだね」

 そんなようなことを。


 海に着くとそこはもう人だらけだった。

 彼女がもみくちゃにされてしまう。

 僕はそう思い、彼女の前を歩いて、彼女の歩く道を確保した。

 歩く速度が早すぎないか、頻繁に斜め後ろを向いて彼女が居るかどうか確かめた。

 が

 このままでははぐれてしまう。

 人が多すぎるのだ。

 そう思ったので、なるべく自然な流れで僕は彼女の手を取った。

 初めて握る彼女の手はとても細かった。

 そっと握ると、彼女も同じくらいそっと握り返してきた。

 僕はそれでも斜め後ろを気にしつつ歩いた。


「大丈夫?」

「うん?うん」


 僕は小股でしか歩けない彼女が気になって仕方がなかった。

 突っかかって転んだりしないように、細心の注意を払った。

 やがて、ここで見ようか、というポジションに落ち着き、僕たちは花火の開始を待った。

 手は繋いだままだった。

 彼女は背が結構あると思っていたが、並ぶと僕より5cmほど低かった。今日は下駄を履いているのにも拘らず。

 ということは、普段はあと3cmくらい低いということなのだろう。

 背が高く見えるのは、スタイルのよさからだったのだと思う。


 周りは人で一杯だった。

 もうみんな見るポジションを定めているようで、動かなかったので、僕は彼女にぶつかる人も居ないな、と安心した。

 隣の彼女からは、あの忘れな草のいい香りが漂ってきていた。


 僕は心なしか少しの幅だけ、彼女に寄り添った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る