第6話 リメンバー・ミー
僕が頭を捻って紙に書いた言葉、それは「その香りは何の花の香りですか?」だった。
忘れな草です
というその一言が、一瞬なんのことだか判らなかったが、恐らく彼女は、その言葉に答えてくれたのだ。
「連絡ありがとう。忘れな草?なんていう香水ですか?」
勇気を出して僕はメッセージを送った。
程なくして「ディオールの、リメンバー・ミーというものです」と返ってきた。
リメンバー・ミー・・・。
僕は呟いた。「わたしを思い出して」というものだろうか。
その香りを思い出すたびに同時に彼女のことも思い出していた僕は、香水の名前そのものだったのだ。
それよりもそれよりも。
今、まさに今、僕は彼女と会話をしている。
その事実に驚愕だった。
しかも彼女のプライベートなことを聞き出している。僕は興奮した。
LINEがまた鳴った。
「今連絡して大丈夫でしたか?寝てました?」
僕は慌てて文字を打った。
「まだ寝る前でしたから大丈夫です。」
「よかった。でもこの香水は限定発売だから、もうすぐ手持ちのがなくなっちゃうんです」
僕はスマホでリメンバー・ミーを検索してみた。
2000年の限定発売だということで、もう店頭では売っていないということがそこで判った。
「いい香りだといつも思ってました。」
僕はLINEに戻り、フリック入力でそう返した。
すると彼女は「いつも来てくれてますよね。ありがとうございます」と返してきた。
僕はドキリとした。
僕の存在が彼女の中に小さくではあるが、あったのだ。
いつも僕が行っていることを、彼女は知っていたのだ。
僕は嬉しくなった。
顔はにやけていたと思う。
彼女はやっぱり僕の思ったとおりの人なんだ、きっと。
温かみのある心を持った、素敵な女の子なのだ。
「気づいてたんですね?」
「勿論ですよ!」
僕は言うべきだと思った。好きだと、大好きだと。
それは今なんじゃないかな、と思った。
そう考えた僕の指は震えた。
なかなか文字を打つことが出来なかった。
でももう既読にしてしまっている。変な間は開けたくなかった。
「実は、オープン当日に一目ぼれしてから毎週行ってました。」
思い切ってそう打って、また思い切って送信ボタンをタップした。
一瞬でそれは送られてしまう。
僕は「あーー」と声に出して言った。
言っちゃった。言っちゃったよ。
彼女は今困っているんじゃなかろうか。
僕はスマホを凝視して返答を待った。
すると効果音と共に文字が現れた。
「来てくれてるのは知ってました」
そしてすぐ「でも」と送られてきて
「好いて頂いているのは知りませんでした」
という文字と、可愛い絵文字が送られてきた。目をギュッと閉じて、笑っている絵文字だ。
僕は彼女がたまらなく可愛く思えた。
「そうなんです。好きだったんです、ずっと。」
僕は少し調子に乗り、そうしたためると、送信をタップした。
そしてそのあとひやっとした。
ここで「ごめんなさい」と言われる機会を作ってしまった。
僕はひやひやしながら返事を待った。
すぐに返事は返ってきた。
「ありがとうございます。嬉しいです」
僕はその文字を目にして、信じられない気持ちだった。
僕の気持ちが嬉しいと、彼女はそう言っているのだ。
信じられない思いで、「迷惑ではないの?」と恐る恐る返した。
「とんでもない!嬉しいですよ!ありがとうございます」
僕はそれを見て思わずベッドに勢いよく寝転がった。
そして右に左にごろごろして悶絶した。
なんていい子なんだ・・・!
そう思いつつ僕は嬉しさをかみ締めて、あっ、と思い、文字を打ち始めた。
「名前、なんていうの?」
出すぎた質問だっただろうか。でも自然な流れのような気がしていた。
「ちなみ、っていいます」
すぐに返事はあった。ちなちゃん、彼女はそう同僚に呼ばれていたのだった。
ちなみちゃんかぁ・・・。
僕は彼女の名前を知った喜びに満ち溢れつつ、返信を書いた。
「僕は達樹っていう。」
すると彼女から驚きの返信があった。
「知ってますよ。かわごえたつきさんでしょ?」
えっ!
と僕は口に出して驚いた。
なななななんで知ってるんだ?
「なんで?!」
「レジで会員証を通すとき毎回登録名が出てきますから」
なるほど、そういうわけか。
しかし・・・。
「え、それを覚えててくれたの?」
「はい!(^o^)」
ありがたい・・・。
こんなありがたいことあるだろうか・・・。
僕は彼女に感謝した。
僕なんかのことを認知していてくれていたばかりか、名前まで覚えていてくれていた。
でも彼女のことだから客すべての名前を覚えているのかもしれない。それでもいい。
「ありがとう。」
僕は素直にそう返した。
「いいえ!」
と、すぐに返信があった。
そこで僕はもう1時近いことに気がついて、
「もう遅いけど、寝ないの?」
と窺った。
「じゃあ、寝ますね」
そう返信があったのち
「あ、わたし、このくらいの時間毎日平気ですから」
と追加で送られてきた。
僕はドキンとした。
このくらいの時間、こうしてLINEしてもいいということだろうか。
平気ですからなんだというのだろうか。
「またLINEしてもいいの・・・?」
僕が恐る恐る訊いてみると「はい!」とすぐに返ってきた。
「わかった。ありがとう。おやすみ。」
「おやすみなさい」
冷静を装い僕がそう返すと、スタンプと共に返事があった。
寸胴な猫がおやすみと言っている可愛いスタンプだった。
一通りのやり取りが終わると、僕は喜びが底からあふれ出し、止まらなくなるのを感じてた。
・彼女が連絡をくれたこと
・彼女が僕の存在を認知していてくれたこと
・僕の気持ちを嬉しいといってくれたこと
・僕の名前も知っていてくれたこと
・これからもLINEしてもよいということ
嬉しいポイントはこんなにもあった。
僕はベッドの上で左右にごろごろしながらこのことを考え、嬉しさをかみ締めていた。
一歩前進したぞ!
僕にとっては大きすぎる一歩だった。
店員と客というだけの関係だったのに、急にLINE友達にまでレベルアップしたのだ。
彼女の真意は明らかではないが、僕のことを嫌いなわけではなさそうだ。
僕は今日思い切って紙を渡した自分を大いに褒めてやりたかった。
暫く嬉しさに浸っていたかったが、明日も仕事だ。早く寝ないといけない。
そう思い目を閉じるのだが、その夜僕は一向に眠れる気配がなかったのだった。
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