第4話 出来ること

 僕が出来ることはなんだろう。

 


 僕はそればかり考えるようになっていた。

 気持ちを伝える。

 それで?

 ・・・それくらいしか出来ない。

 そんな自問自答の繰り返しだった。


 季節は夏になろうとしていた、僕もひとつ歳をとった。

 依然彼女のひとつし下ということに変わりないが、僕も成人になった。

 彼女と同じ土俵に立てた気がした。


 そう、僕に出来ることといえば、気持ちを伝えてすっきりすることくらいしかないのだ。

 僕は彼女に一目ぼれしてからもうあとひとつで季節が一巡することに気づき、何かしたいと思い始めていた。

 それが、たとえ玉砕することになっても、それでもいい。

 そんな風に考え始めていた。

 ただ大好きです、って伝えたい。

 それとも僕にはそれすら叶わないのだろうか?

 いや、そんなはずはきっとない。


 僕は日曜日、いつもより遅い時間に店に行った。

 DVDを返却して新作コーナーをふらふらしていた。

 大体時間は午後6時くらいだった。

 夜の男性店員がぽつぽつと出勤しだした。

 恐らくこの時間で区切られているはずだ。

 即ち、彼女があがる時間かもしれない。

 僕は男性店員が接客しだしたのを確認して、店の外に出た。

 駐車場でバイクの傍らに立ち、店の自動ドアの横にある従業員のものであろうドアを凝視していた。

 どれくらいそうしていただろうか。

 彼女と同僚が出てきた。

 僕は緊張した。

 矢張りこの時間に彼女はあがるのだ。

 時計を見ると6時20分だった。

 バイクの横に立っている僕の後ろを、同僚と別れた彼女は通り過ぎていく。

 通り過ぎた頃軽く振り返り、彼女の動向を観察した。

 すると店の入り口から一番遠くに止めてあるコンパクトカーに乗り込むことが確認できた。

 後部座席の窓にはドラえもんの日よけネットがついていた。


 あの車がある日は彼女が居る日。


 僕はそう頭にインプットして、車が走り去るのを認めると、バイクにまたがり、家路に就いた。


 家に帰ってから、寝る前、ベッドの中で考えた。

 6時過ぎから駐車場で待っていれば、彼女の帰りに遭遇できる。

 店では同僚が居るから、コンタクトをとるチャンスと言ったら彼女が車に乗り込む直前しかない。

 ドラえもんの日よけネットがついた青い車。



 かわいいな・・・。



 僕はベッドの中でにやけた。

 いやいや、にやけている場合ではない。

 彼女がひとりになったとき、僕は何をすべきか。

 その場で好きだと言えるか・・・?

 いや、僕には無理だ。

 では、

 と僕は決めた。

 連絡先を書いた紙を渡そう。

 何せまともに話したことなどないのだ。

 これくらいしか僕には出来ないだろう。

 僕は布団から飛び起きてメモ帳とペンを用意した。

 なんて書く?

 何を書く?

 僕はペンを握ったまま暫く考え込んだ。

 取り敢えず、電話番号とLINEのIDをそこに書いてみた。

 書いてみて、その紙をメモ帳から破り、捨てた。

 もう一度書き直す。

 さっきよりかは綺麗な字で書けたと思う・・・。

 よし、これに、何か付け足そう。

 な、何を・・・?

 す、好きです・・・?

 いやなんかそれはちょっと。

 だって好きなんじゃない。大好きなんだ。

 そう思ったら僕は顔が熱くなった。

 

 そう、大好きなんだ。

 喋ったことも殆どないけれど、僕はいつだって見てた。気づかれないように見てた。

 DVDの入った袋を受け取るとき、その白い手に触れてしまおうかと何度思ったことか。

 でも出来なかった、どうしても。

 あの時見た男性のようになってしまうと思ったから。

 あの時、君は不快に思っただろ?

 そんなことは僕もしたくなかったんだよ。


 僕は彼女の香りを思い出していた。

 少し草の匂いが混じったような、どことなくフレッシュでさわやかな花の香り。

 甘ったるい香りではない。

 多分大輪の花ではないだろう。

 小さく咲く花のような、そんな気がなんとなくした。

 そんな風にさり気なくふんわりと、その香りはいつも漂ってくるのだった。

 僕は香水や香りのことについて詳しくはないが、薔薇とかではないということは判っていた。


 この紙を渡そうとしようとしたとする。

 そこで彼女が受け取ってくれなかったらどうしよう?

 その可能性も充分にある。

 僕はその覚悟もしておかなければならない。

 しかし僕は笑顔で接客をしてくれる彼女を思い出し、きっと彼女なら受け取ってくれるはず、そう思った。

 勇気を出してみる価値はある。

 取り敢えず今は、もう一言書く勇気が必要だ。

 僕は頭を捻ってその一言について考え込んだ。


 僕の二十歳になったばかりの初夏の夜は刻々と過ぎていった。

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