第3話 僕の焦り
彼女はいつもスタイリッシュだった。
パンツスタイルしか見たことなかったので、恐らくそれが店のルールなのだろうが、いつも綺麗な格好をしていて、足は若干長く見えた。
彼女は背もそれなりにあった。
170cmの僕より少し低いくらいだったように思えた。
僕と彼女はまともに話したことはなかった。
交わした会話は、オープン当日の一言くらいだけだった。
「こちらコピーをとらせていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
これだけだ。
でも僕は確かに会話をしたのだ。
彼女の中で何百回と繰り返される会話なのだろうが、僕にとってはたったひとつの彼女との会話だった。
笑顔で接客する愛想のいい彼女とは打って変わって、僕は愛想のない客だったと思う。
いつも俯いて、することといえば盗み見。
つまり彼女には、僕が見ていることさえも気づかれていないのだ。
だけど毎週日曜日には必ず店に赴き、必ず彼女に接客してもらう。
これはかなりタイミングを見計らってのことだった。
他の二人に接客してもらうのでは、わざわざ店に行っている意味がない。
ただ、返却のときはタイミングを計れないので、他の二人に返すことも多々あったが、他の二人はにこりとも笑ってなど居なかった。
彼女だけが、笑顔で接客をしていた。
そんな彼女に僕のような気持ちを持つ客は多かっただろう。
ある時男性が、レジで親しげに彼女に話しかけているのを見た。
「久しぶりじゃん」
「え、あ、うん」
男性は親しげだったが、彼女はどこか他人行儀だった。
僕はいつものように新作コーナーからそれを見ていた。
「ていうか覚えてるんだ、わたしのこと」
「覚えてるよー。同じ塾だったじゃん」
「でも話したことないよね・・・?」
どうやら二人は中学の同級生のようで、塾が同じだったらしかった。
しかも会話をしたことがない。
僕はまた耳をそばだてていた。
「でも俺好きだったんだよ」
さらりと男性は言ってのけた。
「えっ?!」
彼女も驚いていたが、僕も驚いた。
本当か嘘かは判らないけれど、こんなことこんなにもさらりと言える男が居るのか。
そんな男に僕もなりたかった。
そしてそんなことを言われることに、彼女もどこか慣れているようだった。
「それは・・・ありがとう」
「今度飲み行こうぜ」
「でもわたし、お酒苦手で」
「じゃあ飯でも行こうぜ」
「うーん・・・」
これは明らかに彼女は困っている。
僕は想像してみた。
「嫌がってるじゃないか」
そんな風に男性を制する僕は、とても想像出来なかった。
チラチラと、盗み見ることしか僕は出来ないのだ。
そんな風に見ていたら、おつりを渡す彼女の手を、男性は握った。
「!」
「な?今度飯でも行こうぜ?」
「いやちょっと」
そう言うと彼女は手を引っ込めて、「お客さんくるから。またね」と、それでも笑顔でレジの奥に引っ込んだ。
男性は「んだよ・・・」と独り言をいって、その場を去った。
男性が去ったあと「ちなちゃん、大丈夫?」と同僚が彼女に話しかけていた。
「うん、ありがとう」
ちなちゃん、と呼ばれた彼女はそう言って苦笑した。
ちなちゃん、っていうんだ・・・。
僕は初めて彼女の名前というか、呼び名を知った。
僕がちなちゃん、なんて呼べる日はこないだろうけれど、頭の中でその呼び名を復唱した。
それにしても、無粋な男がいるものだ。
あんな風に女性の手に触るなんて。
うらやまけしからん。
僕もあの白い手に触りたい。
そう正直に思った。
あの手は暖かいのだろうか。それとも冷たいのだろうか。
なんとなく、彼女は体温を感じさせない雰囲気だった。
それは性格が冷たそう、なのではなく、どこか人間離れしてる感じが僕にはしたのだ。
それほどまでに、僕の中の彼女の存在は尊かった。
週に一度拝める彼女のことを、僕は崇めていたのかもしれない。
僕は彼女が好きだった。
大好きになっていた。
ろくに話したこともないくせに、それも手伝ってか、気持ちはどんどん大きくなっていた。
それを今、他の男性に言い寄られている彼女を見て、改めて気づいたのだった。
まずいな・・・。
それに気づいた僕の感想はこれだった。
僕は何の行動も起こせやしないに決まっている。
なのに膨れ上がったこの思いはどうすればいいのだろう。
僕は少し途方にくれつつも、無意識にDVDを3本ほどレジに出し、いつものように彼女に接客してもらうと、袋を受け取った。
今日も彼女は、さっきあんなことがあったのにも関わらず笑って接客してくれていた。
それを、今日は、僕はしっかりと見て、僕と彼女は珍しく目があった。
あのいい香りがふんわりと漂う。
「ありがとうございます」
いつものように彼女は笑ってそう言う。
すごくドキドキした。
そして僕は改めて思うのだった。
まずいな・・・。
と。
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