第五話 無気力系女子

 いくら学校に行きたくないと駄々を捏ねても、現実は変わらない。


 日を跨げば解決するという問題でもないのだ、これは。むしろサボりを決め込んだ方が悪化する。


 ……はあ。気は進まないが、仕方ない。腹を括る時だろう。


「…………」


 翌日、優弥が教室へ入ると、男子連中の厳しい目に射竦められた。そこかしこから呆れを含んだ吐息が漏れる。朝の朗らかな空気から一転して、場は険悪なムードに包まれていた。胃が締め付けられるように痛み出す。


 片腹を押さえながら自席へ向かうと、進行方向から数人の男子に阻まれた。彼らの顔には不満が浮いている。吊り上がった眉に、眇められた目元。明確な敵意を感じた。


「どういうことだよ、優弥」「お前、ハーレム作るんだろ」「なんつうか、マジで失望したよ。お前ザコじゃん」


 沈殿していた悪意が噴き出る。


 ……ほう、陰口ではなく直接出向いてきたか。そちらの方がはっきり自分の立場を自覚できるため、初撃は苦しいもののいくぶん楽だ。ネチネチ責められる方が辛い。


「昨日は、確かに全敗した。標的を見くびっていたのだ」


「油断してたってことかよ」「負け惜しみなんだろ? 認めちまえよ」「口だけのくせに」


 数の暴力だ。何か言い返したとして、それを上回る悪意に打ちのめされてしまう。だが優弥は不遜な態度を崩さない。一度でも屈服してしまえば、こちらの負けだ。反撃の機会は失われる。以前の立場に返り咲くことは難しくなるだろう。


「ふん、好きに言うがいい。俺はまだ、諦めたわけではない。その言葉、軽率だったと後悔させてやる」


 思いの丈を吐き出すと、少しだけ胸がすっきりする。中学時代ではあり得なかった抵抗ぶりだ。しかし当然、火に油を注ぐような行為のため、奴らの反発心は一気に高まる。加えて、最悪なことに増援が来た。密かに不満を持っていた連中が優弥をなじる。軽く涙目になってきた。


「――あのさー。君たち、少しうるさいよ」


 と、どこからか救援が。声の出所を確かめると、机の上にだらしく突っ伏している女子が、顔だけこちらの方を向いていた。黒宮の右隣に座っている子で、確か、入学式の日にも机に突っ伏していた。彼女の名前は、喜多見かな子。いつも無気力そうな態度で、机と同化している。口数は少ないが、決して人見知りというわけではなく、単に話すのが面倒なのだろう。……そう言えば、初めて彼女の顔をはっきりと見た。


「んー? なにさ」


 寝ぐせの残る髪に、緩やかなウェーブが掛かっている。眠たげな瞳は気ままな猫を連想させた。よく見ればその顔も猫っぽい。ただ、身を覆うダウナーな雰囲気に紛れているが、切れ長の目には鋭い光が宿っている。いつも顔を伏せてばかりで気付かなかったが、かなり整った顔立ちをしていた。


「いや、その……すまん」


 じろじろ眺め回していた視線を外し、謝罪する。喜多見は興味を失ったように元の体勢に戻ると、投げやりな声で付け足した。


「あなたも、あんまり騒ぎになるようなこと、しないでね。特に、黒宮凛花に関わるようなことは。あと、あたしの睡眠を妨害するようなら訴訟も辞さない。……なんちて」


 すー、すーと穏やかな寝息を立て始める。その呑気な様子に毒気を抜かれたのか、男子たちは自分の席へ戻っていった。去り際に「あの子、何ていう名前だっけ」「喜多見かな子だよ。意外に可愛いよな。俺、気に入ったかも」「え、お前もかよ」と好意的な声が聞こえてくる。男子たちはもはや、優弥の存在など眼中にないようだった。


 と、急に椅子を引いて立ち上がった黒宮が、不機嫌な様子で教室から出ていった。喜多見の話で盛り上がっていた男子たちに、きつい一瞥を残して。


「ああ、良い! やっぱり俺は凛派かも!」「き、貴様! 馴れ馴れしいぞ! 凛花様と呼べ!」


 ……あいつら、まだ懲りていないのか。というか、むしろ罵られて喜んでいる?


 詮無い思考を続けながら、優弥は思う。確かに喜多見も良いかもしれないが、やはり黒宮だ。容姿がどうというより、俺はあいつが許せない。目を閉じれば昨日の恥辱が蘇ってきた。腹の底で怒りが渦巻く。……あいつを落としてからこっぴどく振ってやろうか。


 っと、先走りすぎてはいけない。まずは、能力の検証が先だ。黒宮の処遇はあとから考えよう。

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ラブコメ時空に俺はいる 和真 @asukii

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