第12話 「追跡者」
海岸に転がる無数の小石の1つを見つけ、それを適当に拾った流木で叩いたような軽い、コツンとした音を鳴らすのは俺の背後に立っているであろう何者か、だ。
「動くな」
よく映画に登場する、銀行強盗の必需品でもある目出し帽を被って話すようなくぐもった声に、
俺は劇中の人質に取られた銀行員さながらに両手をゆっくりと上げて視線を地に移し、抵抗する意思がないことを犯人に明示する。
嘘だ。
実際のところ、俺は抵抗する気満々であり、どう相手に傷を与えることなく無力化しようかと考えている。
額を伝う汗に鬱陶しさを感じながら疲れた両脚をヤンキー坐りから胡座へぬるりと組み変える。
空は青さを取り戻しつつあった。どうやら、この世界の雲の動きは現実世界よりも早いようで、およそ1.5倍速で流れている。
「動くなと言っている」
また後頭部を木で突かれる。
やめてくれ、その部分だけハゲたらどう責任を取るつもりだ。
俺の親父は幸いにもハゲてはいないけれど、それでもハゲる可能性はあるんだぞ。
しかし何者だ。先ほどの、秘孔を突けば「あべし」などと言いながら爆発四散しそうな連中の仲間か?
いや、奴らの武器はたしか
グリグリと押し付けるからな。あいつらは。
ミンク鯨の腹のような地面に、黒い小さな翼の生えた公園でよく見かけたカナヘビに似た生物は、俺の足元を素早く駆け抜けて行った。
「質問に答えよ」
銀行強盗による質問タイムだ。
非常に聞き取りづらいので『設問に答えよ』に聞こえたけれど、この状況で数学なり何なりの問題を出題をするとは考え難いし、おそらく『質問』だろうと脳内変換できた。
この世界に来てからおかしな人ばかりに会っているが、『会話のできる』という点は唯一の救いであるため、話の通じない人を登場させるのは勘弁して欲しかった。
マジで。まぁ
「質問。お前は『シッタ・シッタ』の民か?」
俺は違うけれど、悟られないように言葉を選ぶ。
「ああ。そうだ」
「質問。ではなぜ祭りごとの衣装を着て、遠く離れたあの『無法の街バンダ』にいたのか?」
チート勇者に無理やり連れて来られました。とは言わなかった。
「......実は祭りは昔から嫌いでさ! 村長に「これからはお前が責任者だ」とか言われて、もう嫌になって逃げ出してきたってわけだ」
「そうか。ところで、レグノ村長は息災か?」
「ああ。元気も元気。顔を会わせるたびに小言がうるさいのなんの」
「なるほど......わかった」
頭に引っ付いていた違和感の原因は取り除かれた。
どうやら信用してもらえたようだ。
「......レグノ村長は2年前に死んでいるはず。やはり、お前ーー」
「!!」
鎌をかけられた。
遅かれ早かれ殺されることは明白。
これは賭けだが、やるしかない。
俺は顎の下に挟んでおいた銀色の短冊を素早く掴むと、宙へ放り投げた。
短冊は太陽光の反射を受けて鏡のように輝きながら舞い、背後にいる人物の注意をこちらに移した。
「それは!」
俺は即座に懐からスコップを取り出し、腰を後方にひねりつつ右足で地面を蹴ると、そのまま下に向けて獲物を振り下ろした。
引き抜いた所から現れた乳酸菌飲料の噴水は10メートルほど空に昇り、それを俺の周囲を取り囲むように何箇所もスコップを突き刺しては抜き、突き刺しては抜きを繰り返す。
連なる水の柱は白の巨大なカーテンを生成し、俺の姿を完全に隠した。
上からは飴のような甘い雨。噴射の圧力により、ここら一帯は地震が起きたように揺れているため、身を屈めなければ立っていることは難しい。
相手は突然現れた噴水に思わず飛び退き、俺の出方を窺っている。
もしくは、この白のカーテンは長時間持続する技ではないと考え、攻撃の瞬間を狩りの最中の虎みたく、じっと待っているのだろうか。
「姿を見せよ! 所詮そんなものはその場しのぎ! 長くは持たないのでしょう!」
相手の声は水の音にほとんどかき消されているので俺の耳に入らない。
人の集まる大きな公園には予定時刻になると、それに合わせて噴水の上がるイベントがある。
おそらく最後まで見たことのある人は知っていると思うが、水の勢いはだんだんと下がるわけではない。
突然。突然に終わるのだ。ぱったりと、一瞬のうちに柱は消え、その後ビタビタとコンクリートに叩きつけられる水の音を聞くことになる。
無論、これも例外ではなく唐突に終わる。
現実と違うところはひとつ。終了する時間を誰も知らないということである。
「......」
俺はボソッと呟くと、水を吸ったシッタ・シッタの民族衣装の上半身のみを脱ぎ捨て、白いカッターシャツに黒いパンツと光沢のある黒色のブーツという格好になった。
大地を踏みつけ、腰を少し落として両脚に力を蓄えた状態で魂の神器を構える。
予兆もなく、その瞬間は訪れる。
空中に取り残された水は大粒の塊に分かれ、俺の周囲に次々と降ってくる。
数メートル先には、木を削り出して造られたような杖をライフルのように構えて立ち、
取り付けられたスコープを通して見える、空によく似た蒼色の眼の瞳孔は驚きによって開いている。
迷彩柄のスカート、白いフードからは琥珀色の髪が熱風に吹かれてサラサラとなびき、顔にはソラマメ色の口当てを着けている高校生ほどの少女がいた。
「お前......そいつはいつからそこにいた! 答えろ!」
白いフードの少女は俺たちに震えた声で言う。
「相手は人間だ。腕を切り落としたりするなよ、ラルエシミラ」
「難しい注文をしますね。トガさん」
俺の隣には、底の見えない穴から上半身のみを現した
白色のアオザイのような服を着た銀髪の美女が、刃渡1.5メートルほどの白刃を両手に構えていた。
俺たちはその言葉を皮切りに、敵に接近するため全力で駆けた。
迎え撃つ白いフードの少女は、依然としてターゲットを俺から離さない。
それほどまでに俺を殺したいってことかよ!
マーレと同じように、
杖の先端は赤く、火をつけたように変化している。
何か、来る。
「
軽く弾けるような音。
硝煙を上げる杖の先端から打ち出された炎の弾丸は、きりもみ状態で標的へ飛んでいく。
その音と同時にラルエシミラは俺の前に現れ、
炎の弾道に白刃を合わせて、弾き飛ばした。
「そんな!」
白いフードの少女は予想外の出来事に困惑し、
銃口を下げてしまい、スコープは新品の画用紙のような地面を見る。
その隙を狙い、俺は少女の足元まで接近するとそこにスコップを突き立てた。
「よお、これからどうなると思う?」
俺はすっかり戦意を喪失した、涙目の少女に爽やかスマイルで問いかける。
「あの、ゆ、許してほし......」
「ダメです♪」
ラルシエミラは俺の手からスコップを奪い取り、スコップを引き抜いた。
すると巨大な白濁色の水柱は白いフードの少女の体を押し上げ、見事に胴上げ状態である。
迷彩柄のスカートを押さえながら、空高くから少女は何やら叫んでいるようだ。
「下してよ〜! 高いところ駄目ダメだめ〜!」
「なんか可哀想だから降ろしてあげない?」
俺はその悲惨な光景を眺めつつ、ラルエシミラに聞いてみる。
「あの方には少し反省してもらいましょう! あ、そろそろ限界なので消えますね!」
「え」
プラチナのように美しい短冊は俺の肩にひらり、ひらりと舞い降りてきた。
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