第3章 無法の街バンダ
第11話 「焦げた匂い」
目覚めた場所は、まるで西部劇の世界にぶち込まれたようだった。
四角い木の板を貼り合わせたような家に、簡易的なトタンの屋根の下には酒樽が転がっている。
家自体はひどく短い4本の柱によって地面とのスペースを確保しており、玄関の戸を叩くためには階段を5つほど登らなければならない。
そんな家々は、薄黄色の砂道を挟んで互いに向き合いながら建ち並んでいる。
いつさすらいのガンマンたちの銃撃戦が始まってもおかしくないような雰囲気だったが、
この辺りには、俺と6人の太陽光に照らされて輝くスキンヘッドに、鉄製の棘が付いた肩パッドをした男たちのみである。
俺はそのうちの1人から「
聞いたこともない。
というか知らんわそんな人。
スキンヘッドの男たちは、銃口をキャンディーでも舐めているかのようにしゃぶっている。
「本当に知らないのか? おや、その格好は......」
おそらくスキンヘッドの男たちのリーダー格であろう1人が、マーレから借りた民族衣装をまじまじと観察し始めた。
美女にじっくりと見られるのは大歓迎だ。
しかし屈強で汗臭そうな男はお断りである。
「そいつは「シッタ・シッタ」の伝統衣装だな。主に祭事に使用されるもんだ。お前、そこの出身か? だとしたら、なぜここにいる?」
俺に厳つい面を目一杯近づけて問いかけてくる。
おいおい。クッソ恐いのだが?
おっさん、Vシネマに出演してませんでしたか? ってくらいの半端ない顔面。
『
不自然な動きを見せると、即刻射殺されてしまう可能性がある。
また、迂闊な発言は死を招くだろう。
どうする。
「答える気はない、か。まあいいさ。おい、こいつを酒場へ連れていくぞ」
酒場?
それって、ギャングの溜まり場に喧嘩は日常茶飯事の無法地帯なんかじゃありませんよね?
『拳銃おしゃぶり隊』は俺を神輿のように担ぎあげると、目的地へ向かって歩き始めた。
ああ。俺、どうなっちゃうのかなあ。
このまま連れて行かれて拷問でもされるのかなあ。
あ、俺未成年なんでお酒は飲めませんよ?
「安心しろ。吐くまでやるから」
スキンヘッドのリーダー格は物騒な台詞をつぶやく。
......何を!?
お酒を吐くまで飲ませるの?
いやきっと拷問なんだろうなあ......
でもやられるならまだお酒の方がいいです。お願いだから爪は剥がさないでください。
そんな俺の願いは虚しく、神輿の行列は人気を感じない乾いた道を練り歩く。
しばらく担がれていると、何メートル先に大きなジョッキになみなみ注がれたビールを描いた看板を視認する。
おそらくあれが酒場なのだろう。
そろそろヤバい。
酒場に入られると終わりだ。
確実に無事では済まない、なんとかしてこの状況を脱しなければ......
俺は、懐に隠し持っていたスコップの柄を触る。
反撃の機会をうかがっている思考の匂いを悟られないように。
慎重に、少しづつ取り出す。
気づくな......
こちらを見るな......
匂いを嗅ぐな......
ゆっくりと、ゆっくりと、音を立てることなく、ゆっくりと。
スコップの刀身ともいえる、銀色の刃の半身が露になった時、
リーダー格の細く切れ長い目は突如としてこちらを見据えた。
(マズい! 見られた!)
希望の積み木は音を立てて崩れていく。
しかしかろうじて足場は残っている。
動け。ヤツが戦闘体制の号令をかける前に!
動け。ヤツが拳銃の引き金を引く前に!
ーーパァンッ
乾いた銃声。
俺が反撃に乗り出そうとした刹那、担ぎあげている1人が絶叫し、倒れた。
安定を失くした神輿の本体は地面に投げ捨てられ、落下の衝撃により砂埃が舞い上がる。
何者かの奇襲によって烏合の衆と化した『拳銃おしゃぶり隊』は、
銃声の発生元を探す者や、痛さに呻く仲間を心配する者、おろおろと無意味に動き回る者に分かれていた。
ーーパァンッ
2発目の銃声。
新たな標的は倒れ、胸を押さえてうずくまっている。
押さえている指の隙間からは煙が立ち上っており、焦げた匂いに息を止めたくなる。
どういうことだ。
普通、銃弾は肉を抉って掘り進む際に血液を撒き散らすと思っていた。
しかしそこには一滴の血も見られない。
「何してんの! 早くそれを使いなさいよ!」
聞き覚えのない声に俺はハッとする。
そうだ。今、道は開けている。
俺はスコップの矛先をうろたえているスキンヘッドの男に差し向ける。
そして前項姿勢で駆け出すと、むき出しの脇腹に狙いを着けて突っ込む。
ーーガスッ
しかしスコップの先端は地面を穿つ。
そのまま引き抜くと、茶色く濁った水が勢い良く吹き出してきた。
「なんだ!? おい、前が見えねぇぞ!」
スキンヘッドの男たちは泥水を被り、一時的に視界をジャックされている。
逃げよう。
俺は酒場とは反対方向に向けて走りだす。
後方からは複数の銃声と1人の足音が聞こえる。
追っ手を撒くことだけを考え、俺はウエスタン風の街を抜け出した。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
頭の中は沸騰しているようだ。
額から吹きこぼれる汗。口から吐き出す蒸気は絶え間なくバトンパスをつなぎ続ける。
街から出ると、景色は一面雪のように白い大地が広がっていた。
しかしその冷たそうな色と反比例して、気温は真夏日のように暑いときたものだから、視覚と触覚の行き違い列車に体がおかしくなってしまわないかと心配になる。
水分を欲した俺は、発泡スチロールのような地面にスコップを突き刺し、引き抜く。
噴出した白濁色の水を無我夢中で飲む。
味はまるで乳酸菌飲料のようで、俺は夏の暑い日によく飲んだアレのことを思い出す。
「はぁ......はぁ......なんとかなった......」
多少落ち着いた俺は偽物の雪の上に腰を下ろす、
と、後頭部にコツンと木の棒を当てられたような感触を受ける。
「動くな」
振り返ろうとしたが、それは阻まれてしまったようだ。
返事の代わりに、俺は生唾を飲む音を出した。
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