第13話 「2本杖の女」

 湿った肩から銀色の短冊を拾うと、大事そうに胸ポケットへしまい込んだ。

 ポケットから少し頭を出した短冊は、雲1つない青空を見ているようである。


 俺は腰に手を当て、燦燦 さんさんと照りつける太陽の光を自前のサンバイザーで遮りながら、

 悲鳴を上げ、空高くわっしょいされている白いフードの少女を見上げる。


「おーい、大丈夫か〜?」


 少女は羞恥により顔を紅潮させながら、


「大丈夫な訳ないだろう! お、下ろせください!」


「ん〜? 口当てで声がこもってよく聞こえないなあ〜?」


「......ぷはあ! これで聞こえるでしょう! はやく助けろくださいってば!」


 ソラマメ色の口当てを顎までずり下げ、救助を請うような言葉を大声で叫ぶ。

 しかしなんだねあの言い方は。

 なめているのかね? ちょいと自分の置かれている状況がわかっていないようだな。

 教えてやらねば。


「いいのか? そんな頼み方で。その高さから落ちたらたぶん死ぬぞ〜」


 実際、死ぬと思う。マジで。

 思ったより高々と噴射した水の柱は、およそ15メートルはある。

 これはマンションの五階から落ちるようなものであり、硬い地面に叩きつけられれば、ひとたまりもないだろう。

 まあ、いざとなりゃ受け止めてやろうと考えているから大丈夫だ。

 目の前で落下死とか勘弁してほしいからな。


「く......ださい......」


「え? なんだって?」


「けて......ください......」


 俺は耳に手を当て、自身の持ち得る最大の煽り顔で、


「な〜に〜?」


「「 助けてください!! お願いしますぅー!! 」」


 プライドをかなぐり捨てて言い放ったと同時に、水柱は形を保てなくなり、空中で霧散し、

 白いフードの少女を空中に置き去りにした。


「きゃあああああああ」


 痩せた白い背中は地に向かい、加速しながら落ちていく。

 俺はふと思った。

 あいつ、飛行石とか持ってないかな。


「よし来い! 受け止めてやる!」


 だんだんと悲鳴が近づいてくる。

 俺は両手を広げ、キャッチの体制をとりつつ、影の真下に移動する。


「シータ!」


 腕にズンとした重さを感じ、足は地にめり込む。

 体全体でなんとか落下による衝撃を受け止めてやる。


「シータ、おも......」


 白いフードの少女は俺の胸板をど突きながら、


「誰が重いか!!」


「おいおい、暴れるなよ! 今下ろしてやるからおとなしくしてくれ、シータ」


「さっきからシータってなんなんだ! 私の名前は『パンパカーナ・パスティージュ・パンナコッタ』! 覚えておきなさいよ!」


 ドヤ顔で指をビシッと差して、決め台詞のように言われたので、

 なんだかムカついた俺はつい、手を離してしまった。


「痛い!」


 ビチャっという音がして、パンパカーナの体は、びしょ濡れのベットへ仰向けに寝かされた。

 さて、こいつが何者か聞き出さなくては。

 チート勇者の一味かと思ったが、それにしては弱すぎるような......

 それに奴ら独特の威圧感というか、独特の雰囲気を感じない。

 ということは、もしかして。


「パンパカーナだっけ。もしかして2本杖 ドゥーエ・カンナ使いの女ってお前のことか?」


 パンパカーナは仰向けのまま目を伏せ、口許をフッと緩めると、


「ふん。1本しか杖を見せていないのに、よく私が2本杖ドゥーエ・カンナ 使いの女だとわかったな! 褒めてやろう!」


 俺は無言でスコップを上に掲げてみせると、パンパカーナは慌てふためき、


「いや、うそうそ! ごめんなさい調子に乗りましたもうやめてください」


「今度はこっちが質問だ。どうして俺を襲ったりしたんだよ」


「襲うつもりはなかった。その証拠に、お前を賊から助けてあげたでしょう?

 ほら、無法の街バンダで。というより、むしろ襲ってきたのはお前の方ではないか!

 それと、嘘をついたでしょう! あれはなぜだ」


 逆に質問されてしまった。

 なぜかと聞かれると、正直に色々話すとマーレの時のように地雷を踏んでしまわないかという、経験則からくる不安があったからだ。

 俺は謝辞と言い訳の言葉を慎重に選びながらパンパカーナに伝える。


「あの時は助かったよ、正直。ありがとう。嘘をついたのは仕方なかったんだよ、

 てっきり、スキンヘッドの仲間が追いかけてきたのかと思って、なんとか状況を打破しようと必死だったんだ」


「そうだったのか。では改めて聞く、お前は何者だ?」


 ここで焦ってはいけない。

 まずは相手の情報を把握してから、それからだ。


「待て。答える前に教えてくれ、パンパカーナ。お前は俺の敵なのか、味方なのか」


「味方......かもしれない」


「はい?」


「私はとある任務を遂行するために仲間を探している。そのためにお前をスカウトしようとしたのだが、

 声をかけようとした途端、賊にさらわれてしまうわ、目を離した隙に逃げるわ、終いにスカウトをしようとした相手に反撃され、辱めを受けるという始末!」


 あれは仲間に誘っていたつもりなのか。

 しかし、タイミングが悪すぎるうえに不器用すぎる!

 もっとこう......あるだろ、上手な誘い方とかさ。

 いきなり「動くな」と言われて背後に立たれたら誰だって警戒するわ。


「さあ、はやく答えて! はやく! 教えてよ! さあ!」


 こいつはどうしてこんな無様な格好で、そんな強気な発言ができるのかと思いながら、

 俺は1番注意しなければならない質問をする。


「最後に、これだけはハッキリさせておいてくれ。それからだ。その杖のことと、チート勇者に関して何かしらの強い憎悪を持っていないか?」


「この杖は『魂の神器アルマ・アニマ 』。

 そして私はチート勇者に憎悪などないし、むしろ憧憬さえしているよ!

 私はチート勇者のなりそこないだからね! さあ、こちらの情報は十分開示したし、

 敵対意識がないことも明白になったわけだ! だからお願いします教えてください。

 あと、そろそろスコップしまってください。私、先端恐怖症だから」


「ちょっと待って。今なんて言った?」


「私、先端恐怖症だから」


「いや、そこじゃない。最初の方」


「これは魂の神器アルマ・アニマ で、私がチート勇者のなりそこないってところ?」


 頭が痛い。

 なんてことだ。また新しい疑問が生まれてしまった。

 それに、魂の神器アルマ・アニマ を持っているということは......


「あのお、もしや『ラルエシミラ・ラルシエミラ』ってお姉さんをご存知?」


「ええ、もちろん。なんであそこにいたの?」


 ああ、頭が痛い。

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