第2章 シッタ・シッタの村娘

第7話 「魔傑」

 暗黒から解き放たれた視界に眩しい光が刺さる。

 先ほどまで夜だったはずだ。

 しかし、どういうわけか東から昇る太陽が俺を照らしていた。


 うす目で景色を確認する。

 すると眼前には大きく、底の見えない湖が広がっており、大木がいたるところに生えている。

 岸には釣竿らしきものを垂らす少女が1人。


 蒼く艶やかな髪に、

 ポニーテールが時折吹く風にたなびいている。

 肩を露出したシャツに、ホットパンツという格好をしている。

 彼女は俺に気がつく様子はなく、

 ひたすら竿と格闘しているようである。


「おっ!? むむむ......きたよきたよきたよ〜!!」


 真っ白な竿が大きくしなる。

 獲物は、少女を水中へ引き摺り込もうと必死だ。

 腰を落とし、リールを慎重に巻いていく。

 竿の動きと、水面に浮かび上がる黒い影を慎重に見つめる。

 背びれが、水面から顔を出した。


「今だよ!!」


 巨大な魚が、水しぶきとともに飛び上がった。

 10メートルはあるだろうか。

 タイミングは完璧。

 魚の動きに合わせ、竿を頭の後ろまで思いっきり持ち上げる。

 ドスンという音が地面を伝わる。


「いやぁ......粘ること14日! ようやく主を釣り上げられたよ〜! うん! 魚拓は無理そうだよ!」


 嬉しそうに頭をかく少女。

 あまりの規格外の大きさに、開いた口が塞がらない。


「わっ! 誰よ! 君!」


 無意識のうちに声を出していたようだ。

 だってしょうがないじゃん、あんなど迫力なもん見せられたらさ、

 驚嘆の声も出ますわ。

 俺は、怪しいものではないことを証明しようと、

 とりあえず自己紹介をしてみる。


「俺は戸賀勇希......です。い、いやぁすごいっすね! あんな大物初めて見ましたわ! 感動した!」


「何者か知らないけどよ〜。まぁ、ありがとよー!」


「ラッパーかお前は」


 少女はキョトンとした顔でこっちを見る。

 いかん。

 つい突っ込んでしまった。

 ラルシエミラといた時のノリで言ってしまった......


 第2ボタンの空いた隙間から、白銀にきらめく短冊を取り出す。

 ラルエシミラ......

 かばって死にやがった——


「それ何よ? すっごく綺麗だよね〜!」


 少女が覗き込んでくる。

 やめてくれ、

 免疫がないからドキッとしちゃうだろうが。

 なんて、そんなことを言える気力はなかった。


「なんかお兄さん元気ないよね? もしかして、お腹空いてる?」


 そういえば、なんだか腹が減ってきた。

 死んでも腹は減るのか。

 そもそも生きているのか、死んでいるのかはっきりしないが。


「うんうん。やっぱお腹空いてるっぽいよね! あのお魚食べながらお話しようよ!」


「え? アレをですか?」


 見た目はマンボウそっくりで、正直うまそうには見えない。


「うん! アレよ! きっと美味しいよ!」

「お前は中華娘か」


 とりあえず腹が減ってしょうがないので、いただくことにする。

 焚き火がたかれ、

 少女は手際よく身を切り分け、木の枝に刺す。

 そいつをじっくり焼いているのだが、

 皮の焦げる匂いがたまりません。

 早く食いたくて辛抱たまらん......!


「まだ待っててよ〜」


 見透かされた少女にたしなめられ、ぐっと我慢する。


「そうだ! まだ、あたしの名前、教えてあげてなかったよね? あたし、『マーレ・ボルトアンカー』だよ! よろしくね!」


 こちらこそよろしく、と俺も挨拶する。

 そういえば、聞きたいことが幾つかあるんだった。

 チート勇者たちのこと、

 現在地や世界の状況、

 そして、ラルシエミラを元の戻す方法だ。


「なぁ、マーレ。ちょっと質問していいかな?」


「うん! いいよ〜。あたしが答えられる質問なら大歓迎だよ!」


 マーレは無邪気な笑顔で答える。

 さて、まずは現在地から聞こうか。


「ここはいったいどこなんだ?」


「ここ? ここは『シッタ・シッタ』って村だけど......トガはどこから来たの?」


 どこからだって?

 現世? 向こう側の世界? アンダーグラウンド?

 そもそもアンダーグラウンドがよくわからん。

 クッソ困った。

 よし、適当なこと言ってごまかそう。


「あ〜、実はな! 名も無き秘境の、そのまた秘境からやってきたんだよ!」


「あー! だからそんな格好してるんだね! 正装見たいなものだよね?」


 とりあえず信用はしてくれたようだ。

 アホの子っぽくてよかった。

 ふと、マーレの傍に置いてある釣竿に目が止まる。

 もしかしてこれは、

『魂の神器アルマ・アニマ』か?


「まぁ、そんなもんかな! ところでさ、その釣竿、『魂の神器アルマ・アニマ』ってやつだろ?」

「!!......魂のアルマ......神器アニマ......」

「そうそう! 奇遇だなぁ、俺も持ってるんだよ。ほら、これ」


 懐から柄の赤いハンドスコップを取り出す。

 お互い共通点があれば、仲良くなるきっかけになる。

 なんかの本に書いてあったはずだ。

 ナイスだぜ、俺。


「それ......本当に魂の神器アルマ・アニマかよ?」


 低く、醒めた声で、マーレは指をさす。


「お、おう。こいつ全然使えないんだけどさ! でも大事なものなん......マーレ?」


 急にマーレが立ち上がり、釣竿をこちらに向けて構える。


「あたしのは、魂の神器アルマ・アニマなんかじゃないよ......」


「『なんか』って......ちょっと......」


 ビュンビュンと竿が音を立ててしなる。

 左右に振り回し、まるで威嚇をしているように見えた。


「これは、『形見』なんだよ......そんなモノと一緒にするな......」


「いや、そんなモノって......ちょっとひどくない......」


 空を切る音が言葉をかき消し、竿についた針は大木へ突き刺さる。


「貴様も奴らの一味か!! 何を奪いにきた!! これ以上、何を奪うというのか!!」


 怒号が体を貫いた。

 大木は地響きを立てて倒れる。

 恐ろしいほどの力。

 こいつ......釣竿1本で大木を引っ張り倒しやがった。


「殺してあげるよ......! 『テラ』、仇をとってあげるからね」


「待て! 何か勘違いをしてる! 俺は何も奪おうなんて......!」


 竿が振られようとしたその刹那、

 ここから遠くない場所から、断末魔のような叫び声が聞こえた。

 マーレは声のする方向へ顔を向ける。


「『魔傑フリート』......!」


 ギリギリと歯ぎしりを立てている。

 魔傑?

 たしか、ラルエシミラがそんなことを言っていた気がする。


「おい! 『魔傑フリート』って何なんだ!」


「......! 『魔傑フリート』を知らない? ふざけるなよ! 貴様らが生み出したモノだろう!」


「だから違うって! ちょっと落ち着けよ!」


 マーレは舌打ちをし、俺を一瞥すると、

 声のする方角へ走り出した。

 よくわからんが、追いかけて行った方が良さそうだ。

 それは、マーレが心配だったわけではない。

 得体の知れない恐怖に、1人で耐えられる自信がなかったのだ。


 スコップを握りしめると、マーレの背中を見失わぬよう、全力で追いかけた。

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