第6話 「失敗」

 荒野の中心。お互い、相手の出方を窺っている。 


「トガしゃん」


 え? 今、噛んだよね? こんな時に何で噛んじゃうのかしら? この娘は。

 緊張感ないなぁ! もう!


 コホン、と咳払いをするラルエシミラ。

 顔が赤いですよ。


「相手に動く様子が見られないので、今のうちに、『十二単牡丹』の能力について説明します。よく聞いてください」

 

 神妙な面持ちに戻る。

 襟を掴む小さな手に、さらに力が入る。


「十二単牡丹の能力は、触れた相手を『短冊』に変えてしまう『内包型』の力です。」


「あの、七夕で願い事を書く紙か? あと、『内包型』ってなによ?」


「トガさんの『アルマ・アニマ』は魂を武器として変換し、使用する『現界型』。

 対して、彼女の『アルマ・アニマ』は、魔法の力を使用する際、魂を糧とする『内包型』です。しかも、彼女は『短冊』に書き込むことで......」


「ちょっと長いわぁ」


 背後から、小鳥のさえずるような声。

 独特の緊張感に身は凍る。

 なぜだ。

 俺たちは一度も、十二単牡丹から目を離してはいないはずだ。

 一体、なぜ。


「それに、そんなこと知らなくてもええんです。大人しく、ウチに使われなさいな」


 来る。

 直感的にそう判断するが、体は思うように動かない。

 まるで、夢の中で殺人鬼から逃げる時のような......

 足に力が入らない......

 ヤバい、殺られる。


「逃げてください! トガさん!」

 

 身体は再び宙へ、地面すれすれを滑走する。

 先ほどと違うのは、首元が絞められる感触がないことと、

 ラルエシミラの声が遠ざかって聞こえるということだ。


「ラルエシミラ!!」


 とっさに、投げられた方向に目を向ける。

 しかし、そこには、豪壮な十二単の少女が1人。

 ヒラリと舞う白銀の紙。

 真紅の瞳が、俺を見ていた。


「嘘だろ......」


 着地。

 地面を転がり、汚れ1つとして無かった学ランは、砂埃に塗れる。

 背中が痛い、強く打ったようだ。

 俺は、武器があることを思い出す。戦わなければ......

 スコップを懐から取り出し、地面に突き立てる。

 死にたくない!

 そう念じながら、スコップを引き抜く。


 すると噴き出す、天に昇る水。

 しかし、その規模は小さく、公園の水道を最大に捻った程度だ。

 その水も、やがては静まる。

 俺の周囲にだけ、水たまりができていた。


「なんだよ......クソしょうもねぇじゃんかよ......使えねぇ......情けねぇ......」


「何なん? 今の。もしかして、それがお兄さんの『アルマ・アニマ』なん?」


 追い打ちをかける十二単牡丹。いつの間にか、目の前に来ていたようだ。

 悔しい。

 俺の所為でラルエシミラを殺してしまった。

 許せない。

 こんな能力しか引き出せない俺を。


「うーん。こんなもんなら、ウチの十二単の一部にするのはやめとこうかのぉ。見栄えが悪くなりそうやわ」


 何を言っているんだ、こいつ......


「あぁ、ウチのコレな、全部『短冊』で出来とるんよ。ええでしょ?」


 よく見ると、様々な色の『短冊』が十二単を構成していた。

 それに、少しだけ足が浮いているように見える。


「お兄さんは...うん、これでええわ。 はい、これ見える?心配せんでもええよ、痛みは一瞬や」


 目の前に文字が見える。

 これは......『爆弾』? 

 短冊に、『爆弾』の2文字が達筆にしたためられている。

 おいおい、随分酷い殺し方じゃんかよ。


「はい、さいなら〜」


 十二単牡丹の手から短冊が離れようとした、

 その刹那。

 空は、一瞬にして夜へ、太陽は月へと変わった。

 

「お前......」


 十二単牡丹の手首は、何者かの手によって握られている。

 そいつは全身が黒く、さらにボロボロの黒いマントを羽織っている。

 瞳はパールのように白い。

 髭がうっすら生えている。

 片目には、長く伸びた黒髪がかかっていた。

 

「さっきから見てたけどさぁ、牡丹ちゃん、やり過ぎじゃないかい? ラルエシミラちゃん、ヤられちゃってるしさぁ......」


「手を離してくれへんか? エレボス」


「いーやーだーよ!」


 エレボスという男は、十二単牡丹の手から短冊を奪い取る。

 それを口に放り込むと、ムシャムシャと食べてしまった。


「ごっそさん! いや〜、マッズイなぁ! これ」

「チッ!」


 十二単牡丹は、空いている方の手を伸ばす。

 気づいたエレボスは、紙一重でかわした。


「あっぶねぇ! あ、放っておいてごめんな! 俺、『エレボス・サンダーホース』な! よろしく! まぁ、せっかく来たんだしさ、しばらくゆっくりしていけよ。お詫びに近くの村まで送ってやるからよ! へへっ」


 エレボスは爽やかに笑う。

 まるで、親戚のおじさんのような親しみやすさに、困惑してしまう。

 このおっさん、俺の味方なのか?


「ほら、牡丹ちゃん、しっしっ! あっち行ってなさい!」


「......」


 何か言いたげな顔の十二単牡丹は、短冊に何かを書くと、一瞬にして姿を消した。


「さてと、じゃぁ、この世界の掟を教えてやろう! いいだろ?」


 人差し指を立てながら言うエレボス。


「1つ、俺たちに逆らうな。以上! それ以外なら何しようと勝手だぞ。よかったな!」


 それだけ?

 俺はそう言いたげな目で見上げる。

 

「あー、あと、これ。ごめんな」


 白銀に輝く短冊が手渡される。

 恐る恐る受け取り、よく観察する。

 本当に、これがラルエシミラなのか......?


「村へ行ったら、仲間でも作っとくといい。1人だと寂しいだろう? ほら、こいつ、お前さんの」


 俺のアルマ・アニマだ。

 使い物にならなかった、俺の......


「とりあえず持っとけ! そんじゃ、送ってやるからよ。一瞬だけ暗くなるから、我慢してくれよ!」


 黒い布が被せられ、俺の意識は暗闇に溶けた。

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