第13話迷い
アイカ・フリージア。彼女は黒猫を連れて街の中心、衛兵の頓所へと向かっていた。
この町の衛兵は三つに分かれている。
まず、城主や要人を警護する近衛兵、街の中を取り締まる警備兵、そして最後に街を外敵から守るための防衛隊。
この三つの部隊はそれぞれに階級があり、その一つ防衛隊のトップが城主の弟ギルザールとなっている。
ギルザールは城主の弟という事で人望もあり、さらに本人の優しく勇ましい姿に街の住人からの信頼も厚い。
そして、そのトップに会いに一人の幼い少女が猫を連れてやってきたのを、詰所の受付の人は笑顔で対応する。
「お嬢ちゃんどうしたの?迷子かい?」
「緊急の要件です。ギルザール様に会わせて下さい」
受付はギルザール様のファンかなと思い、また笑顔のまま返す。
「お嬢ちゃんごめんね、ギルザール様はお忙しいのだよ。お手紙なら渡しておくけど、それでいいかい?」
普段から同じような子供が何人も来ているため、断るのには慣れているようだったが、アイカは引き下がらなかった。
「教会の孤児、真白さんの友人が来たと伝えてください。そうすればギルザール様も取り次いでくれるはずです」
「お嬢ちゃん駄目なものは駄目だよ。おじさんもギルザール様も忙しいんだからね」
受付は少し強い口調で駄目と言うが、一向に引き下がる気配がない。
「西門で暴れた人族の商人を止めた、白い髪に黒衣を纏った魔人から、城主の首が狙われた件について報告があるとギルザール様に伝えてください!」
「君ねえ。ちょっと…」
全く下がらないアイカに痺れを切らした受付は声を大きくしたところで、もう一人の受付がアイカに助け舟を出す。
「まあいいじゃないか、とりあえず伝言だけギルザール様に伝えて、断られたら諦めてもらえば。それならいいよね?」
優しそうな受付にアイカは頷いて応える。
「仕方ないなあ。伝言は何だっけ?」
「教会の孤児、真白さんの友人が来たと伝えてください」
「あいよ」
受付は伝言を聞いて頓所の奥へと消えた。
「でも、あまり迷惑かけちゃだめだよ、本当に忙しいからね」
待ってる間は、優しく見えた受付に延々と説教をされ段々と涙目になってきたところで伝言を伝えに行った受付が走って戻ってきた。
「・・はぁ・・・はぁ。待たせてごめんね。ギルザール様が会って下さるそうだ」
その言葉にアイカは跳ねて喜び、もう一人の受付は開いた口が塞がらなかった。
そこへアイカは復讐とばかりに。
「おじさんたち、お仕事に熱心なのはいいけど、人を見た目で判断してちゃうと痛い目見るんだからね」
アイカの仕返しに頭を下げて謝る大人が二人。
次の日には、少女に頭を下げている衛兵がいると噂になり、受付二人は訓練課程からやり直しとなった。
受付に案内された部屋は四階の角部屋。
ノックをして、返事を待って入る。
「入れ」
「「失礼します」」
通された部屋は一面本棚で窓は無く、物凄い量の本が隙間なく並べられている。執務用の机の上には大量の書類が積まれている。
「この子と二人で話すから、君は出ていてくれ」
ギルザールが受付の人に退室を促して、渋々出て行った。
「よく来てくれたね。彼等が何か失礼をしなかっただろうか」
「いえ、おじさん達は仕事をちゃんとしていましたよ。そのお陰で会うのがギルザール様に会うのが難しかったです」
アイカはギルザールの言葉に少し皮肉を混ぜて応えると、ギルザールは苦笑いをしてしまう。
「それで今日はなんの用なのかな?」
「それは私が説明します」
二人しかいない部屋で三人目の声が聞こえた。アイカはキョロキョロと声の主を探し、ギルザールは真っ直ぐ真黒を見る。
「貴殿はマシロ殿の仲間と言われていたが、そういうことか」
只の猫を仲間と言うにはおかしく感じていたギルザールは、真黒が喋るということで、それだけ格の高い存在なのだろうと理解する。
逆にアイカは驚きのあまり放心している。
「アイカちゃん。黙っていてごめんなさい。でも、連れて来てくれたお陰で真白さんを助ける事が出来ます」
アイカは真黒に声を掛けられ放心を解き、思いっきり抱き寄せる。
「凄い凄い!マグロちゃん喋れるんだ!」
「アイカちゃん、苦しいです」
「ご、ごめんなさい」
アイカの猛烈なハグに潰されそうになった真黒だが、すぐに解放された。
真黒は一つ咳払いをして仕切り直す。
「それで、要件ですが、真白さんの救出をお願いします」
「どういうことかな?」
ギルザールは真白が捕まっている事をまだ知らないようで、真黒が事のあらましを説明する。
ギルザールは話が進むにつれて疲れた顔をする。
「申し訳なかったな。彼らなりに職務に全うした結果なのだ。あの火柱は私も見ておったが、マシロ殿の魔法だったのか。部下には誰の仕業か確認をするようにと言っただけだったのだが」
なんでもギルザールの言葉を曲解するものが多いらしく、今回も確認するだけでよかったものを、真白を拘束してしまったのだ。
それでも、彼らはギルザールの仕事の手伝いがしたく、自分たちで処理することでギルザールの仕事をできるだけ減らそうとした結果なのである。
部下がなぜそのように暴走するのか、理由を知っているギルザールは今まであまり強く言えなかったのだ。
「それはちょっと部下を甘やかしすぎだと思いますよ。それよりも真白さんはすぐ出てこられるでしょうか?」
ギルザールの親バカならぬ上司バカさ加減を注意しつつ、真白の釈放がいつになるか聞く。
「すぐにでも出れるだろう。その人族達の監視というのもすぐに外そう。まずはマシロ殿と直接話す方がよいな」
「そうですね。他にも話したいことがあると思いますので」
ギルザールが外に出るための準備をする間に真黒はアイカと話す。
「アイカちゃんにお願いがあるのですけどいいですか?」
「なぁに?」
「マサキさん達に真白さんが捕まっている場所まで来るように伝えてもらえますか」
「わかった!」
可愛い猫からのお願いにアイカは大きな声で返事をした。
アイカは真黒に教えて貰った踊る子羊亭に向かい、真黒はギルザールの肩の上に乗り真白の元へと向かう。
「真白さんはどこに居るんですか?」
「マシロ殿は恐らく、南の大通りを挟んで教会の真反対に位置する収容所だろう」
やはり人望があるのだろう。道行く人々が声を掛けたり、手を振ってくる。
ギルザールもそれに対して冷たく返す事なく、一人一人に返事をし、手を振り返す。
「好かれているのですね」
真黒の言葉に、厳つい相貌を崩して笑う。
「私が城主の弟だからだろう。私が好かれているのではない」
恥ずかしそうに言うギルザールにそれ以上何も言わず、普通の倍の時間を掛けて収容所に着いた。
収容所に着くと、ギルザールが来た事に職員皆困惑する。
「ここでマシロという名の魔人族を収容していると聞いたが」
「け、今朝の火柱を起こしたと思われる犯人ですね。只今取り調べ中だと思われます」
「案内しろ」
少し緊張気味の職員が取り調べを受けている真白の所へと案内をする。
収容所には窓が一切無く、明かりは魔道具による照明が点々と光っているだけで薄暗い。
階段を降りて地下二階。奥の方から声が響いて届いてくる。
「何の目的があってこの街に来たんだ?」
「何度も言ってるじゃないか。この街は旅の途中でお金が無くなったから寄っただけだって」
「そんなわけないだろう。あの様な威力の兵器、この街を破壊するため、何処かの国から依頼され渡されたに違いない」
取り調べをしている者の声は門の前で真白を拘束した衛兵の声と同じで、真白の話を全く信じていないようで話になっていなかった。
「タルマン隊長」
ギルザールがその衛兵の名前を呼ぶ。
タルマンはギルザールの声を聞いて、びくんと跳ねる。
「ギルザール隊長どうしてここに」
タルマンはギルザールがなぜ来ているのか全く理由が分からずオロオロしている。
「逆に聞こう。何故犯人を捕まえたのに、私に犯人の詳細を伝えなかった」
「ギルザールさんか!やっと来てくれたか」
ギルザールの言葉に血の気が引いて顔が白くなっていく。
真白はギルザールの声が聞こえた事で、やっと解放されると安堵の声を堪らず漏らす。
「マシロ殿すまなかった。すぐ出すので待っていてくれ」
ギルザールが真白に謝る言葉を口にした事で、さらに顔を青くするタルマンは鍵を慌てて取り出し、真白が入っていた独房の鍵を開ける。
真白は連行された時と同じように袋を頭に被り、壁に下げられた鎖に両手を拘束され、両足には鉄球の付いた足枷を着けていた。
「いやー。暗くて静かな部屋でごろ寝が出来ると思ったら、暗くて狭い部屋で吊るされて、延々とつまらない話をされる。ある意味拷問だったな」
真白が笑いながら言うと、ギルザールも苦笑いですまないと謝り拘束を解いていく。
拘束されていた手足は赤くなり痛々しく、ギルザールはそれを見て目を鋭くする。
「タルマン。聞いた話ではマシロ殿は私を呼ぶように言っていたそうではないか。なぜ呼ばなかった」
「それに、みんなが街に入っていった後に自分が言った伝言だけど。必ず伝えようとか言ってたけど、この様子じゃ伝えてなさそうだね」
ギルザールと真白の言葉にタルマンはみるみる顔を真っ青にする。
「わ、私は、ギルザール様に迷惑を掛けないようにと思い。ギルザール様のお知り合いと言っておりましたが、本当なのか確証がなかったのでお伝えしなかったのです」
ギルザールもやはりかと思う。タルマンも他の皆と同じようにギルザールの事を思ってやってしまったと言われれば、強く言えなくなってしまう。
「マシロ殿すまない。タルマンも私の事を考えての行動だったのだ。許してやってほしい」
ギルザールはタルマンに代わり頭を下げて謝罪をする。しかし、それを見た真白は目を細める。
「別に許すも何も、それが仕事なら仕方ないと思いますよ。それに、本当にギルザールさんの為にと想う行動であれば尚更に」
真白のタルマンを疑う言葉にタルマン自身が反論する。
「ギルザール様は本当に忙しいのだ。一日中執務室で書類を処理していても終わらないのだ。今この時も書類は増えているだろう」
「そうなんですね。でも、捕まえるまでに腑に落ちない点がいっぱいあるからね、許せるかといったら微妙なところだよね」
「どういう事だ?」
真白の言葉に今度はギルザールが反応する。
ギルザールも気付いていないのか、聞いてくる。真白はギルザールにも説明するように語る。
「まず一つ目。大きな火柱が上がって、状況確認するのは理解できるが、最初から大体の理由は分かっていたはず。防衛隊は今日のあの時間にキラーワスプを討伐する事は連絡が入っていたはずです。なら、あの火柱はキラーワスプの討伐の際に発生したものという事で問題がないことはわかると思うんですよ。更に言うなら、役所の職員がいた状況で、職員の話を全く信用しないのはおかし過ぎる」
「普通であればそれでいいが、あの火柱はあまりにも巨大だったのだ。あんな事ができる兵器など持ち込まれたら、この街に住む者達が危険に晒されてしまう。そんな事私は容認出来なかったのだ」
「だが、その割には所持品の検査はその場で行われなかった。実の所、そんなもの持っていないと知っていたんじゃないか?」
真白の言葉にタルマンは黙ってしまい。真白はタルマンをじっと見ながらそのまま続けて話す。
「次に二つ目。連行した時に被せた目隠しの件だが、あれはギルザールさんが考えた物じゃない。自分が教えてあげたものだ。なのに何故ギルザールさんが考案したものと答えたのか」
「私はギルザール様が考えたものだと思っていたのだ」
タルマンの言葉に今度はギルザールが返す。
「私はお前に説明したはずだ、黒猫を連れた白い髪の魔人が教えてくれたのだと」
「そして三つ目。今ギルザールさんが言ったように、あなたはギルザールさんから自分の事を聞いていた。こう言っては何ですけど自分は結構目立つ方だと思うんですよ。今のところ、同じ髪の色をした人を見たことがないので」
「お前がギルザール様が言っていた者だと私には判断できなかったのだ」
「なら、尚更ギルザールさんに聞くべき事だったばずだ。まぁそれに対して最初にあなたが言ったことを言うんでしょうけどね」
最終的にタルマンがギルザールの事を想ってやってしまったという結論に戻ってしまったが、真白の口はまだ閉じない。
「でも結果的に自分は釈放されてしまったわけだ。これから好きなように動けるのだが、さてどうしよう」
煽るような口調の真白に、タルマンは歯をくいしばる。しばらく黙って返事がない為さらに続ける。
「あなた又は、あなたの背後にいる人は何か目的があるのでしょうが、その目的を達成するには自分が邪魔なのんですよね?。だけど自分が動けるようになった事で、その目的を達成する事が困難になってしまうんですが大丈夫ですか?」
「・・・タルマンよ。何があったか話してみよ。私ができる限り力になろう」
真白の説明でタルマンがギルザールの為でなく、他に目的があってやった事だと理解したギルザールは優しく問い質す。
それでもタルマンは一向に口を開かない。
「話したくないなら別にそれでいいよ。信念を曲げないのは良いことだと自分も思うからね。此処まで強情に喋らないってことは背後に誰かが付いて居るんだろうけど、どんな人達が居るかなんて誰が得をするか考えれば大体想像はつくからね。さて、そこでギルザールさんに提案なのですが」
タルマンに命令をした黒幕の正体は全く興味がないようで、ギルザールに話し掛ける。
「このままだと時間の無駄になるので、彼を拷問して口を割らせるか、取り敢えず自分が入っていた部屋にブチ込むかどっちがいいですか?」
真白の冷たい声に周りにいたみんなが小さく震えた。
ギルザールは真白に気負いながらも答える。
「まだタルマンが何かしてしまったわけではないのだ、拘束だけでいいだろう」
その言葉を聞いて案内をしてくれた職員がタルマンを拘束する。
「もし逃げ出したり、誰かに連絡しようとしたら、この街は一日で人が住めなくなると思ってくださいね」
最後に冷たい笑顔で言い放ち扉を閉める。
つづく
心の樹 <黒の猫と白の魔人> @amane1028
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