第11話紅色の衝撃

 キラーワスプの第二陣は二個分隊、約二十匹。

 さっき倒した数の倍もいるため、近付く前に出来る限り魔法と矢で撃ち墜とそうとする。


『パンプリン・ポンプリン・フルメルク。火の精霊の愛の力を持って悪しき者を撃ち落とせ!ラブリーファイヤーアロー!』


 ラブリーさは名前だけの火の矢がキラーワスプを襲う。キラーワスプは華麗に避けていくが、避けるのに手一杯で攻撃に移れない。

 そこにマサキが追い打ちをかける。


『雷鳴轟く天の裁き、敵を断ち切る断罪の剣。雷豪迸らいごうほう


 マサキが突き出した右手から細い雷が広範囲に広がり駆け抜ける。雷は進むにつれ枝分かれし、更に広がりキラーワスプを包み込む。

 フィーの魔法とマサキが放った魔法、キラーワスプ達は避け切る事が出来ずにダメージを負っていく。


「流石マサキ様です。このまま魔法で倒し切ってしまいましょう」


 フィーがそう提案するもマサキは反対する。


「フィーはまだ余裕があるけど、僕は後のことを考えると魔力が心許ないから、あまり強力な魔法は使えないよ」


 その間にも向かってくるキラーワスプはニーナの弓とダンの石飛礫の魔法で数を減らす。


「てめえら、喋ってないで闘え。もう来ちまうぞ」


 ニーナが喋って攻撃に集中していない二人を叱責した。


 半分も減っていないキラーワスプの群れが四人に急接近する。キラーワスプは先ほどの戦いを見て学習したのか、一匹で攻撃することはなく二、三匹で挟撃してくる。そのせいで反撃することができず四人は避ける一方で反撃ができない。


「この数ちょっと多すぎるのぉ。捌き切れんくなるのも時間の問題だぞ」


 ダンは亀のように固まり攻撃を全て防いでいるが、キラーワスプはまだ後ろに控えており、また数分後には更に多くの群れが襲ってくる。そんなことになれば確実に死を招くことになるだろう。


 マサキも必死になって防いでいたが、かすり傷が多くなってきた。

 そんな時、目の前で小さな赤い光が舞う。

 その小さな光があまりにも綺麗で見惚れて止まってしまった瞬間を狙ってキラーワスプは襲ってくる。

 呆けていたマサキは反応が遅れ避けようとし、足がもつれ尻餅をついてしまう。


「「「マサキ!」」」


 三人の声が平原に大きく響く。

 キラーワスプの毒針がもう少しでマサキに届こうというところで、赤い光がキラーワスプに向かって飛んだ。

 赤い光はキラーワスプの体に当たるとそのまま体を突き破り、キラーワスプの後ろに出る。光はそれで止まらず、さらに腹や頭と多くの風穴を空ける。そして穴だらけになったキラーワスプは動きを止めて地上へと落ちる。

 赤い光は再びマサキの側まで近付くと何もせずただ浮遊する。


 その光景を呆気にとられたように眺めていた三人の前でも同じような事が起こる。

 キラーワスプに襲われて危険が迫った瞬間に赤い光がキラーワスプを蜂の巣にしていく。

 それだけであっという間に数が減っていき、残りは半分以下になる。


「大丈夫?」


 赤い光の起こした光景に驚き、集中を欠いた状態で身を守りながら戦う四人に声を掛けたのは、今まで見てるだけの真白だった。


「余計なお世話だったかもしれないけど、一緒に仕事を受けたんだ、多少は働かないとね」


 何とも場に相応しくない風に話し掛けてくる真白に、さらに気が抜けてきたフィーの背後からキラーワスプが襲いかかる。

 そこに一瞬で割って入った真白に一刀の元、体を分かたれたキラーワスプが転がる。


「まだ戦闘中だぞ、気を抜くなよ」


「は、はい」


 真白に注意されて他の者達も集中し直そうとしているが、気になる事が多くて無理だった。

 それでも真白が戦いに加わった事で周りの敵はすぐに一掃された。


「マシロさん助けてくださってありがとうございます」


「お礼なんていいよ、まだ戦いは終わってないからね。次の部隊もすぐそこだ、フィーもすぐに広範囲の魔法を打ち込んでくれ。出来れば水属性のものでよろしく」


 真白はお礼も早々に次のキラーワスプが近づいているからと指示を出す。


「わかっているわそんなこと。後で色々と説明してもらいますからね!」


 フィーは文句を言いながら次の魔法行使の為に集中する。


「ダンはフィーを守りながら迎撃と牽制。マサキとニーナはお互いを守りつつ迎撃。多分その方が怪我も少なくなると思う」


「多分って何だ多分って!」


 真白のはっきりしない指示が気に入らなかったのかニーナが声を荒げる。


「ニーナ、ここはマシロさんの指示に従おう」


「そうだぞ、わしもマシロ殿に従おう」


 マサキとダンがニーナに言い聞かせ、マシロを睨み付けながらマサキと共にキラーワスプの方へと向く。


 キラーワスプは更に十匹増え、三十匹の小隊規模となる。そこへフィーが魔法を放つ。


『パンプリン、ポンプリン、フルメルク。我が友水の精霊よ、我が求めに応え敵を呑み込み押し潰せ。瀑水波」


 フィーの魔法はその詠唱の通り、敵を丸呑みにするほどの水量が滝のように落ちてくる。それに呑まれたキラーワスプは地面と水に挟まれ押し潰される。

 そこへさらに真白が魔法を放つ。


『奔れ。雷駆』


 短い詠唱と共に生まれた雷は地を駆け、水を駆け、地に転がる水浸しのキラーワスプに襲い掛かる。

 容赦なく襲う雷はキラーワスプの身体の中も駆け抜け、プスプスと黒い煙をあげて動かなくなる。


「案外と脆いもんだな」


「いや、多分真白さんだからだと思いますよ」


 真白がボソッと呟くと真黒が周りに聞こえない程度の声で答える。

 何でもないように佇む真白をみんなが目を丸くして見ているのを無視して次に来るキラーワスプに備える。


 まだ距離はあるが、次にやってくる部隊が最後の群れで、今までで一番数が多い。そして、その中で特別大きい個体、女王が守られるように飛んでいるのが見える。

 女王は他の個体の倍以上もあり、3メートルはある。体の大きさに対して翅は大きさが変わらないため動きは鈍そうだった。


『其の悉くを砕き穿つ槍、燃やせ燃やせ紅き炎でもって灰と成せ。紅炎槍こうえんそう


 前は綺麗に槍の形にならなかった紅炎槍は、穂の部分が金属のように綺麗に形を作り過剰なまでの装飾が施されている。

 真白が急に魔法の槍を出した事でみんなが注目する。


「ふっ!」


 一息と共に放たれる槍、それはみんなの視線を引き攣れて真っ直ぐにキラーワスプの群れへと向かい、女王へと突き刺さる。

 そして、刺さった瞬間にカッと光り、紅色の炎の柱が立ち上る。フィーが使ったジャスティスファイヤーよりも広範囲で破壊力のある炎による熱い暴風が遠く離れた真白たちを襲う。

 真白は咄嗟に真黒を腕に抱え、暴風から守る。


「ちょっと真白さんやりすぎですよ!」


 暴風に晒されながら文句を言う真黒に笑って返す。


「あはははは。やりすぎちゃった」


「笑い事じゃないですよ本当に」


 暴風も収まりキラーワスプがいた方を見ると辺り一面焼け野原となっており、ほとんどのキラーワスプは灰になってしまった。

 紅炎槍から離れて飛んでいたキラーワスプたちは何とか原型を留めていたが、真白たちよりも爆心地に近かったからか熱によって絶命した。

 真白たちは状況確認の為にキラーワスプの墓場へと向かう。


 真白が先頭を歩き、マサキたちは黙って後をついていく。


「マシロさ~ん」


 後ろから大声で走ってくる人影。あまりの衝撃にみんなが存在を忘れていたナルミアだった。


「マシロさん!やりすぎですよ!これじゃあキラーワスプが起こす被害よりも酷いですよ」


「面目次第もございません」


 ナルミアに折角討伐したというのに自らが問題を起こしてしまっては意味がないと怒られ、縮こまってしまう。


「まあまあナルミアさんも抑えて下さい。マシロさんだって悪気があったわけじゃないですし。ですよね?」


 マサキの助け舟に首を縦に振り肯定するも。


「それでもこれじゃあ、上司にどう説明したらいいか。最悪罰金になってしまいますよ」


 この広範囲を修復するのにいくらのお金が必要だろうか。当然真白の手持ちで払えるわけもない、どれだけ働けば返せるかもわからない。

 そんな事を考えると頭の上から小さな声が聞こえる。


「魔法で修復してみてはどうですか?」


「一応やってみるけど上手くいくかな?」


「やるだけやってみましょうよ」


 爆心地の中心は大きく抉れ、まだ火が燃えている。まるでここだけ火山の火口のように熱く、汗が止まらない。


「これはひどいねぇ。どうやったらこんなことになるんだか」


「それは真白殿に聞いてくれ」


 みんながその状況を確認して感嘆やら呆れなど感想を言っている間に真白はイメージをする。

 少し前までの綺麗だった平原を、ついでに小さな泉を。


『水よ大地よ風よ、命を育む精霊よ。水で満たし、緑で満たし優しい風の抱擁を。環境創造』


 突然の魔法にまた何かやらかすんじゃないのかと、みんなの視線が突き刺さるが、手を地に付けて魔法を行使する。

 すると火は収まりキラーワスプの死体は朽ちていく。紅炎槍により穿たれた大きな穴の底から水が溢れてくる。そしてキラーワスプの死体があった箇所を中心に段々と緑が生えてくる。

 しかし、泉が半分ほど満たされ、緑もあと少しで一面に広がるというところで止まる。


「マシロさん凄いですよ!でも何で止めるんですか?あと少しですよ?」


「いや、もう限界。魔力が足りない」


 ナルミアが手放しで褒めるが、さすがに一人で全てを元に戻すことは出来ずに半ばで止めてしまう。


「仕方ないわね、私が泉の水くらい張ってあげるわ」


 フィーが泉の水を張ってくれるという事で、真白は座り込んで休憩をする。


「それにしてもマシロさん凄いですね!僕驚きましたよ。あんな魔法初めて見ました」


 マサキは教会の子供たちのような無邪気な笑顔で語る。


「そうだな、あたしもびっくりしたよ。まさかあんたがこんなに強いなんてな」


「うむ、それにあの小さな赤い光もマシロ殿の魔法だろう?」


 ダンが戦闘中にみんなを守るように動いていた小さな赤い光のことを聞く。


「一応ね」


 軽く返して何も答えない真白に、オリジナルの魔法の事を聞くのは失礼かと思いそれ以上は聞かなかった三人とは違い、ナルミアは気にせず聞く。


「どんな魔法か教えてください、それにこの惨状を起こした魔法の事も」


 真白は困った表情で仕方なく答える。


「まず光の魔法だが、あれは小さな火の玉を敵にぶつける単純な魔法だ」


「でもそれっておかしくないですか?マシロさんの火の玉はキラーワスプに当たっても弾ける事なく突き抜けました。普通なら当たった瞬間に弾けるものです」


「そうだな、それにあの火の玉はキラーワスプを何度も襲っておった。長い事生きてはいるが、死ぬまで攻撃し続ける魔法なぞ見た事もない」


 結局魔法の事が気になっていたマサキとダンが、単純なという部分に大きく反論した。

 真白もそんな簡単に納得しないかと諦めて答える。


「あの火の玉には硬度を持たせてあるんだ、だから弾けない」


「硬度?」


「そう。まあ火の玉を硬く作ったわけだ、だからキラーワスプに当たっても弾けることがなかった。例えば土をそのままの状態でガラスに投げつけてもガラスは割れる事はない。だけど、土を握って硬くしたものをガラスに投げつければ?」


「割れる・・・」


「そう、硬度を待たせれば威力が上がる、硬度が上がれば相手の堅い鎧も撃ち抜くことが出来るようになってくる」


 実際は硬度を上げるだけで高威力になるわけではないのだが、そこについては何も言わなかった。


「あと、死ぬまで攻撃していたのは、別に死ぬまで攻撃を続けていたわけではないよ、対象者に攻撃を加えようとした個体に対し七回攻撃するという設定にしただけだ。ただ、キラーワスプが七回以内に死んでしまったからそう見えたんだろ」


 三人は真剣に聞いてはいるが、あまり理解できていないようで首を傾げている。

 真白は理解できない奴が悪いとそのまま続ける。


「あの火の槍の魔法はそのまま槍としても使えるが、投げ槍として使えばさっきのようなことになる」


「でも、どうしてこのように地面が抉れるほどの威力になったんですか?」


 紅炎槍のような魔法は他にもあるのだが、しかしあのような威力は出ないとナルミアは詰め寄る。


「他の魔法をあまり知らないから何とも言えないけど、自分の師匠曰く細かい装飾とかイメージしてその通りに造り上げると魔法の格が上がり威力が上がるらしい。まあ自分もあんな凄い威力になるとは思わなかったけど」


「私が汗水垂らして働いている間にみんなは仲良くお喋りなんてずるいわよ。それでマシロさんのお師匠様ってどなたなの?マシロさんがあれほどの使い手ですと、さぞ高名な方なのでしょうけど」


 泉の水を張り終えて、本当に汗を垂らしながら帰ってきたフィーが聞いてくる。


「それは秘密かな。もしかしたら紹介することもあるかもね」


 教えないと言うとフィーは子供の様に頬を膨らませブーと拗ねる。


「とりあえずこれで任務完了だ。疲れたから帰ろうか」


 そう言って真白は立ち上がり、他の五人を引き連れて街へと向かった。


 つづく

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