第9話魔人と黒猫の日常

 その店は周りの煌びやかな服飾店とは違い、少し小汚い感じだったが、客もそれなりに入っていた。

 古着屋のため商品は街で見かける平凡な服装のものが多く、状態の良いものはそのまま売られ、悪い物は補修などされていた。


 真白は今まで街を歩いて、一般的な服装がどんなものか見てきたため、迷わず大量の服を選んでいく。


「どの服にするんですか?」


 真黒は真白のセンスが気になって聞いたが、真白は真剣に選んだ服から組み合わせを考えており、声が聞こえていないようだった。


 真白が大量に取った服から選んだのは、生地の薄いシャツに魔物の皮を使ったジャケット。麻の緩いズボンをブーツインした格好で、動きやすく見た目も良かった。

 それに革のグローブとウエストポーチ、セイラーバッグも購入した。

 今までの稼ぎの半分以上が服に消えたが、念願が叶って真白はかなり上機嫌であった。


 真白は店で着替えてそのまま外に出ると、久々に痛い物を見る視線を感じない事に心を落ち着かせる。

 今まで外に出れば何処かから必ず視線を感じていたため、少し落ち着かなかったのだ。


「よく似合っていますよ」


 真黒が服装を褒めると真白は少し照れたように頬を掻いた。


「でも、やっぱり真白さんは私が作った服の方が似合っていると思いますよ」


 次の真黒の言葉は無視して、真白は小躍りしたい気分のまま、次の店へと向かう。


 次の店は武器屋だった。場所は大通りから外れた裏路地の一角。薄暗い路地に佇むその店は、怪しいお店、はたまた伝説級の逸品が隠れているような雰囲気を持っていた。


 店の中へ入ると、さらに暗く、商品も見難かった。

 所狭しと置かれる剣に槍。飾られた防具に魔道具と様々な物が置いてあるが、こちらにはあまり客が来ていないのだろう、埃を被っているものが多かった。


 真白が商品を見ていると、店の奥の方から足音が近づいてきた。


「いらっしゃい」


 そう挨拶をしてきたのは小さいおっさんだった。

 ファンタジーなアニメや小説を見た事がある人なら一度は見聞きした事があるドワーフ族。真白の半分程の身長にチリチリな髪の毛を肩まで流し、顔の半分が髭で隠れていた。


「今日は何をお探しですか?」


 店主のドワーフが聞いてくる。


「刀ってありますかね?」


 真白は目当ての物がないかと聞いてみる。

 今まで真白は役所で借りたショートソードを使っていたが、自分の剣が欲しくなったのだ。しかし、自分用となれば一番慣れ親しんだものがよく、日本刀が欲しいのだが、これまでこの街で刀を持っている人を見た事がなかった。


「刀ですか?それはどういったものですかね?」


 真白は刀の説明を店主にする。

 そして店主が持ってきたのは青龍刀やカットラスのような幅広の刀だった。

 刀自体は悪くないのだが、その中には日本刀はなかった。


「これ以外にはないんですかね?」


「一応あるが不良品でして、そこの箱の中に入ってるのが出来の悪かったり曰く付きの剣なんですよ。それでよければ見て見てくだせぇ」


 店主に案内されたのは店の奥の隅に置いてあった不良品コーナー。箱の中に乱雑に詰められて、中を見るのが大変だった。

 ガチャガチャと大量の刀剣を箱から出し、一振りの刀を見つける。


「あった・・・」


 見つけたのは一本の日本刀。鞘や鍔には装飾がなく、柄もツルツルで違和感がある。鞘から抜き出したその刀身は青白く輝き、暗い店の中で美しい光を放つ。反りも充分あり綺麗に波打つ刃紋が目を惹く。


「それを探していたんですかい?それは切れ味が悪かったもんでその箱に入れてたんですが」


 店主はそう言うが、真白にはそう見えなかった。


「これ、試し切りは出来ますか?」


 そして案内されたのが、店の奥の勝手口から出た裏庭だった。裏庭には巻き藁が数本転がっており、店主は巻き藁を拾い上げ、ブランコの骨組みのようなものに吊下げていく。

 見た目は巻き藁のサンドバッグだった。さらに、その巻き藁を下からロープで引っ張り固定する。


「準備出来ましたので私は店に戻りますね。追加で切りたい場合は、声を掛けて下さい」


 そう言って店主は店の中に入っていった。




「じゃあやるか。ちょっと下がっててくれる?」


 真黒は頭の上から降りて、真白から距離をとる。


 真白は二、三度素振りをして握り具合を確かめる。柄糸が巻かれていないせいで滑らないかと心配していたが、妙に手に馴染み意外と振り易かった。

 その後も何度か素振りをして鞘の納め具合も確認した。


 そこから一呼吸。一気に集中する。

 周りの音が聞こえなくなり、視野が狭くなり標的以外のものが見えなくなる。暗く深い海の底に沈むかのように、深く深く集中していく。

 そこにあるのは自分の体と刀と、巻藁。

 深く沈み込んでいった体が一瞬浮いたように感じた瞬間、刀を抜き放つ。鞘から弾けるように飛び出す刃は真っ直ぐに巻藁の真ん中へと向かい触れる。触れた瞬間、刀を引き真一文字に薙ぐ。

 切り払った格好で止まった真白は切られた巻藁が地面に落ちた事で動き出す。

 もう片方の巻藁を袈裟斬りにし、切り落とされた巻藁を逆袈裟で跳ね上げるように切る。


 真白は手首と指を使い刀をクルクル回して鞘へと納める。


「お見事です。綺麗に切れましたね」


 真黒の賛辞に真白はありがとうと答え、急に足早に勝手口に向かい店の中へと入る。真黒は置いて行かれないように、真白の肩に登った。

 真白は店の片隅で椅子に座って寛いでいる店主に詰め寄り、刀を突き出す。


「これを売ってくれ!」


「お、おう」


 店主は真白の勢いに押されて返事をしたが、すぐ笑顔を作り接客をする。


「購入後の返品は受け付けていないので何があっても勘弁してください。それとメンテナンスですが、一応うちで買って頂いた物に関しては半額でお受けしますんで、また来てくだせぇ」


 店主はニコニコと笑顔で購入の際の注意事項を説明して、支払いに移る。


「あそこの箱の中の商品は一律金貨一枚ですので・・・」


 真白は金貨一枚ですと聞いた瞬間に金貨を差し出した。店主は金貨を受け取り、金貨が本物と確認すると感謝を述べる。


「ありがとうございます。それでは、またのご来店をお待ちしております」


「こちらこそ良い物をありがとう」


 真白に笑顔で返されたのに驚き。店主は真白が店を出ていくのを見送った。


「くっくっく。あいつも可哀想になあ」


 店主は真白の姿が見えなくなって独り笑う。笑いながら店の奥へと向かう,裏庭への扉を開けて動きを止める。

 裏庭には綺麗に半分に切られた巻藁と三等分にされた巻藁。そして同じくバラバラにされた巻藁を吊るす骨組みが地面に転がっていた。


 店主は走馬灯のように、あの刀を手に入れた時の事を思い出していた。


 得意先の仕入業者が、今まで見た事のない剣を自慢気に見せてきた時に、こんな美しい剣があるものなのかと見惚れてしまったのが運の尽き。

 業者から買い取ったものの、試し切りをしてみると全くもって切れない。

 力一杯切りつけたら刃毀れしてしまうほどだった。

 その時は不良品を摑まされたと激怒していたものだったが。今日、黒猫を連れた珍しい髪の色の青年がその剣を取った時は、こんな物を探しているなんて馬鹿な奴だと小躍りしたい程嬉しかった。

 しかしだ。しかし、この惨状はどういう事なのだろうか、店主では切る事が出来なかった巻藁が綺麗な断面を作りあげている。ましてや巻藁を吊るす為の角材がバラバラになる程切られている。

 更にいうなら、実の所巻藁の芯には直径5センチ程の鉄の棒が仕込まれており、棒に当てたる事で剣が折れ、否応が無しに弁償させる算段だったのだが、鉄棒諸共綺麗に切られている。

 こんな事、達人級の腕前か武器が伝説級の物でないと出来ないはずで、さっき買っていった青年はどう見ても達人級の腕あるようには見えなかった。

 そんな伝説級の武器を金貨一枚で売ってしまったショックで店主は一時間以上扉開けた格好のまま固まっていた。


 † † † † † † † † † † † †


 真白と真黒は足早に店から離れていた。


「あれ、謝らなくて良かったんですか?」


 真黒がジト目で責めてくるのだが、真白はどこ吹く風と聞き流す。


「いいんだよ、あの店主もこっちを嵌めようとしていたみたいだから」


 何を嵌めようとしたのかわからなかった真黒に説明すると、小さな猫ほっぺを膨らませて怒った。


「そんなの酷すぎます。逆に訴えてもいいと思います!」


「こんな司法が有って無いような世界じゃ、訴えても意味がないよ。あの場で文句言っても、試し切り用の鉄なんですとか適当な事言ってかなりの値段を吹っかけられるのが関の山だよ。だったら刀を折ってしまったと焦って逃げるように店を出て行けば、裏庭を見た時に大きな魚を取り逃がしたと絶望するだろうな」


 そして真白の予想通り、現在進行形で店主は絶望しているのであった。


 真白達は服や武器を買ったため懐が寂しくなってきたので、お金を稼ぐためその足で役所へ向かった。

 時刻は昼も過ぎていたからか、掲示板の前にはあまり人がいなかった。


 そうして掲示板の前で何か良い仕事はないかと探していると、後ろから声を掛けてくる女性がいた。


「依頼がお決まりでしたらあちらで受付致しますよ」


 声を掛けてくれたのはナルミアだったが、様子がちょっとおかしかった。


「まだ、決まってないんだけど、何か今日中に終わる良い依頼はないかな」


 いつも通りに話し掛けても、反応はどこか余所余所しい。


「えっと、これなんかはどうでしょうか?」


 差し出してきたのは、北の森に出現した大型魔獣の討伐依頼だった。真白でも出来そうではあったものの、まだまだ実力が足りないと感じていたため断る。


「ナルミアさん、これは自分にはまだ出来ないよ」


 するとナルミアは不思議そうな顔をする。


「何で私の名前を知っているんですか?」


 何を言っているんだと思って、真白は自分の姿を見てもしやと思い聞いてみる。


「何を言ってるんですか、自分は真白ですよ」


「ん?・・・えっえー?!」


 ナルミアは大声を出して驚き、口を抑えた。


 真白も気持ち的には同じように大声を出して嘆きたい気分だったが、まさか服を変えただけで認識して貰えないとは思ってもみなかったので、悲しくなっていた。

 ナルミアもよくよく見ると真白だとわかったようで、謝って来たのだが。


「よく見ないとわからないのか・・・」


 そう言い残し真白は役所から離れていった。


 真白はせっかく新しく買った服装を褒められることなく、自分とすら認識して貰えないことに気分が落ち込み、教会に行って子供達と遊んで気晴らしでもしようと思い、真っ直ぐ教会に向かう。


 教会に着いて、いつも通り中に入るとヘレナが小走りで寄ってくる。


「ようこそルナームの教会へ。今日はどういった御用件でしょうか?」


 そして、役所での一幕と同じ状況となる。


 そのまま、謝るヘレナを背にして中庭に向かった。

 中庭では子供達が真白の教えた影踏み鬼をやっていた。子供達は中庭に入ってきた一人の青年に注目し、動きを止める。子供達もナルミアやヘレナと同じかと思ったとき、アイカが一人近付いてくる。


「マシロさん、新しく服を買ったんですか?お似合いですね」


 アイカの言葉に他の子供達はナルミア以上の大声で驚き、真白は気付いて貰えた事に感動していた。

 その後はソール達男の子に、前の方が似合ってただの、格好良かったなど言われ放題だったが、女の子達が味方してくれたため事なきを得た。


 それからは夕食の準備まで子供達と遊び、夕食の際に会ったバサルタスは特に真白の服装に驚く事もなかった。



 真白達は夕食を食べ終わると、自室と化してきた部屋に戻り、いつものように真黒の指導の下、魔法の勉強をする。

 真白も魔法の扱いに慣れてきたのか、新たな魔法もすぐに習得し、今は上級魔法や最上級魔法を勉強していた。

 そんな中で真黒がふと思いついた事を口にする。


「真白さん、今日買った鞄に魔法掛けませんか?所謂、空間魔法と言われる部類の魔法なんですが。それを鞄に掛ける事によって内容量を増やす事ができるのです。まあ、イメージ的には青ダヌキポケットみたいな物を想像していただければいいですよ」


「でもそれだと、依頼の時のような魔法を封じ込めるようなクリスタルが必要になるんじゃないか?」


 真白が買った鞄は何処にでもある普通の素材で出来ており、魔法を記録するなどの機能は当然持ち合わせていない。


「あれは、誰でも扱えるように、魔法の術式がクリスタルに封じられているのです。別に真白さんの鞄は真白さんだけが使えればいいので、毎回魔法を鞄に掛ければいいんですよ。それに常に使えるようにしたいのであれば、ずっと魔法を行使し続ければ良いですからね」


 真白は話を聞きながら鞄へ掛けるイメージをする。


「今回の鞄もそうですが、剣や鎧などに掛ける魔法は強化魔法に部類されるのですが、物に掛ける魔法はそれ程難しくありません。媒介となる物が手元にあるのでイメージし易く、この世界で主流の魔法の一つですね。今回の空間魔法は鞄を入り口として設定することで、イメージをし易くしているだけなので、実際は鞄がなくとも同じ事は出来るんですが、無限のポケットには夢が詰まっているんです」


 真黒が解説する最中も真白は魔法のイメージを続ける。そして、イメージが固まったところで詠唱をする。


『開け。無窮の宝物庫』


 すると一瞬ウエストポーチが光る。ポーチの中を開いて覗くと、真っ白な空間が広がっていた。

 ポーチの中は底が有るのか無いのかわからなかったが、一応成功したようだった。


「成功したみたいですね。中身を取るときは、自分で作った空間でしたら自由に物を動かせるはずですので、取り出したいものをイメージすればいいと思います」


 真黒の説明を聞いてポーチを確認する。魔法を解くと、普通のポーチになり、中身も魔法を掛ける前の普通のポーチだった。


「これで荷物運びや素材運びが楽になるな」


 以前ヘルガルムを運んだ時のように、わざわざ浮かせる事もなく鞄にしまうことが出来るのでかなり楽になる。取り出すのも真白が魔法を行使しなければならない為盗難対策もバッチリである。


「今日はこれくらいにして、明日はまた朝早くから依頼でも受けようか」


 そう言って部屋の明かりを消してベッドに入り、平凡な一日が終わりを告げる。


 つづく

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