第7話魔法の色はどんな色

 ギルザールが言う魔法とは。

 火、水、雷、土、風の属性魔法と強化の魔法だと言う。

 魔法の行使方法は真黒が説明したイメージをして発動させる。とほとんど変わりはなかったが、イメージする内容に問題があった。


「私たちは魔法を使う際、五つの属性をどの様な形で発動させるかをイメージして行使します。先ほど人族を拘束していた魔法は風を縄のように巻きつけるイメージで行使しました」


 もし真白が同じ様に拘束する場合は金縛りをイメージして拘束するだろう。わざわざ風を縄のようにイメージすることはない。


 真白とこの世界の住人のイメージの仕方は根本的に違い、この世界の住人は五つの属性で何かしらの形を作り行使する。

 そのため基本的に具現化魔法しか使っていないことから、中級から上級の魔法が多く、この世界では魔法の専門職に就いている人は、それ程多くはないとのことだった。


 もう一つの強化魔法については、魔法を掛ける対象の特性を強化するのみらしく、剣の斬れ味を良くしたり、鎧の強度を上げることしか出来ないらしい。


 結果、この世界の住人は想像力が無く、実際に起きた事しか信じることができなため、見たことないことはイメージすら出来ないということがわかった。


 そのためか、元々空中を浮くことがないヘルガルムが浮いていることに皆驚き視線が集まっているのだろう。

 ギルザールも一度ヘルガルムが浮いたのを見た事でイメージが出来るようになり、練習と詠唱を覚える事で習得出来るとのことだった。


 そんなこんなと魔法談義をしているとあっという間に役所へと着いた。しかし、やはりというべきか、入り口は閉められており、中には入れなかった。

 ギルザールが役所の裏手の方へと進み、真白は後を追った。

 ギルザールは役所の裏の職員玄関だろうか、そこに立つ警備員に話し掛け、中に入れてもらえるよう頼んだ。ギルザールの人柄のお陰なのか隊長という地位のお陰なのか、すんなりと玄関を通してもらい、役所の中へと入る。


 そのまま道もわからないためギルザールの後ろを歩きながら依頼用の受付へと向かう。

 向かう際に通り過ぎる職員から、ギルザールへの尊敬の眼差しと真白への不思議な物を見る視線を浴びながらやっと受付へ到着する。


 受付には依頼を受けた時に担当してくれたナルミアがいた。


「ナルミアさん、依頼が終わりましたので報告に来ました」


 ナルミアも真白に気付いて、ヘルガルムが浮いているのに驚き、ギルザールが居ることにも驚いて固まった。

 そこにギルザールが業務時間外に来た理由を説明する。


「業務時間外に失礼する。ここに居ます真白殿は我等防衛隊が対応していた事件の解決に協力して頂き、そのため依頼の完了手続きに間に合った筈の時刻に西門に来ておりながら、この時刻に訪れる事になってしまったのです。ですから、申し訳ないのだが完了手続を受付てくれないだろうか」


 そう言って頭を下げるギルザールに慌ててナルミアが返す。


「ギルザール様、頭を上げて下さい。すぐに受付ますので、どうぞ椅子にお掛けください」


 真白とギルザールは勧められるがまま座り、完了手続をする。

 真白はまずクリスタルを渡し森の調査依頼の確認をしてもらう。


『座標参照』


 ナルミアが詠唱すると水晶から文字が浮かび上がる。文字自体は読めないが、何かしらの文字が7行書かれていた。呪文名から真白がマーキングした座標が浮き上がっているのだろう。

 ナルミアは水晶が示す座標と地図の座標を照らし合わせ確認する。


「7か所全て座標登録されていますので、調査依頼の方は依頼達成率100パーセントということで、報酬も満額お支払い致します」


 次に、真白はヘルガルムの死体四体と子供のヘルガルムの片耳を出す。

 ナルミアは死体に関しては特に確認することなく。子供の耳を確認する。


「他は死骸をそのまま運んでいらっしゃるのに、こちらはなぜ耳だけなのでしょうか?」


 その質問は真白も予想していたので、予め用意していた台詞を口にする。


「それだけは子供だったので、牙や爪も大人と比べて柔らかく、あまりお金にならないかと判断し、森に置いてきました」


 真白の説明は特に怪しまれる事もなく確認は淡々と行われる。

 最後にヘルガルムの素材の買取。どれだけ傷があるかで金額が変わるそうで、一撃で仕留めた物はやはり高めだったが、魔法でズタズタに傷付いた物は安くなってしまった。

 そして報酬が支払われる。


「今回の報酬は森の調査で大銀貨4枚、ヘルガルムの討伐大銀貨5枚、ヘルガルムの素材買取で大銀貨2枚となって、合計金貨1枚大銀貨1枚となります」


 この世界の貨幣は硬貨のみで、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨と桁上がりに硬貨の種類が変わる。例えば銅貨が1枚が日本円で一円だとすると、一万一千円となる。


 真白は目的の報酬は手に入れたので役所を出ようと後ろに下がった時に呼び止められる。


「真白様、ちょっとよろしいでしょうか」


 ナルミアが小声で呼ぶので顔を近付ける。するとナルミアがさらに顔を近づけ、お互いの息が当たる距離まで近づく。真白は少し緊張し、真黒はムッとする。ナルミアは特に気にした様子もなくそのまま話をする。


「真白様はギルザール様がどのような方か知っていますか?」


「防衛隊の隊長じゃないのか?」


 真白はナルミアの意図するところがわからず首を傾げる。


「ギルザール様はルナームの防衛隊の総隊長を務めておられる方で、城主の弟君にあたるのです」


 そう言われギルザールを見やると、巌のような顔が柔らかく笑う。

 言われて思い返すと街を歩いているとき、真白を見る視線も多かったが、ギルザールを見る目も同様に多かったのだ。その理由がここにあったのだろう。


「まあ、だからといって何かあるわけではないので。また依頼を受ける時はよろしくお願いしますね」


 ナルミアの発言には多少驚いたものの気に留めることなく、真白は今度こそ役所の出口へと向かいギルザールが後ろに続き、役所の職員達からの視線で送られる。


 真白は役所の裏口から出てギルザールの方へと向き直る。


「先程はありがとうございました」


 真白はギルザールに感謝を述べるも。


「こちらこそ西門での件、感謝します。後日謝礼も含めて御礼に伺いたいのですが、どちらの宿に連絡すればよろしいでしょうか」


 さっきのナルミアの話を聞いたせいか、城主の弟がこれほど下に出てくるのに違和感を感じてしまった。


「多分この町にいる間は教会にいると思いますので、そちらに来てもらえれば連絡はとれると思います。それと、あまり畏まられるのは好きではないのでもっと気楽にお話ししてくれると助かります。自分も苦手なので」


「わかった、ではマシロ殿もそのように。また、明日以降、私か私の部下が教会まで行くので、よろしく頼む」


 ギルザールはそう言い残し、城の方へと歩いて行った。

 真白もギルザールとは反対の教会へ向けて歩き、真黒は定位置の真白の頭の上に乗る。


「堂々とした方でしたね」


 頭の上から真黒が言う。


「そうだな、変わった人だ。それよりも服と教会の子供達にお土産でも買わないとな」


 真白は教会に向かう途中、大通りで服屋を見るも、日が暮れてからは開いていないそうで、どこも閉まっていた。

 教会へのお土産は夜市が開いておりそこで数匹の魚を購入した。夜市では朝市では売られていない珍しい食材が並んでいると店主が言っており、お土産には丁度良いと思ったのだ。


「その魚どうするんですか?」


 体が反応してしまうのだろう。真黒が頭の上に涎をだらだらと垂らしながら聞いてくる。


「涎を垂らすな。これは今日教会に泊めてもらうための貢ぎ物かな。店の親父によれば焼き魚にするといいって言っていたからな。塩焼でも作ってやればいいだろう」


 魚を引っ提げたまま教会へと向かう。

 教会はまだ開いており、ちょうど夜の祈りの時間だったようで、会衆席には多くの人がいた。

 真白も祈りの邪魔にならないように、音を立てないよう注意しながら席に座る。


 5分程して祈りが終わり、皆帰り際におやすみと挨拶をして自宅へと向かう。そして、最後には真白が取り残される。


 ヘレナは会衆席の後ろの方にぽつんと座っている真白に気が付き、金髪の髪をふわりと揺らし小走りで駆け寄ってくる。その様は何とも愛らしい。


「マシロさんこんばんは。マグロちゃんもこんばんは」


 ヘレナが笑顔で挨拶をしつつ真白の頭の上にいる真黒の顎を撫でて相好を崩す。


「どうもヘレナさん」


 真白もヘレナに挨拶を返す。奥でこちらを見ているバサルタスには軽い会釈で挨拶をする。


「マシロさん今日はどうしたのですか?昨日はお金がないとの事でしたが、もしや依頼を失敗してしまったのですか?」


 さらりと酷いことを言われた気がするが普通に答える。


「依頼は無事成功したから一応報酬のお金は貰ったけど、よかったらまた泊めてもらえないだろうか?今日は泊めてもらえるなら魚料理を振舞おう」


 真白はヘレナに魚を突き出して頼み込む。

 ヘレナは魚を見て目を輝かせる。


「これクレバリーじゃないですか!私この魚大好物なんです。今日も他に教会で泊まる方はいませんので大丈夫ですよ。昨日と同じ部屋でよろしかったでしょうか?」


「買ってきて正解だったな。昨日と同じ部屋で大丈夫。それじゃあ厨房を貸してもらえるかな?」


 調理するため立ち上がると、ヘレナの手が真黒から離れ、ヘレナは少し残念そうな顔をした。


「わかりました。厨房には子供たちもいると思いますので、声を掛けてください。私は戸締りなどがありますので後で行きます」


 真白は勝手知ったる教会の中を歩き、昨日と同じ部屋へと向かう。

 部屋は特に変わらなかったが、ベットの毛布だけ変わっていた。真白は森で汚れた上着を脱ぎ、魚を持って厨房へと向かう。厨房ではアイカと女の子が二人いた。

 三人は今日のご飯の準備をしているようで、献立は昨日と同じスープにパンだった。

 今日のスープは肉が入っておらず、代わりに色とりどりの豆が入っていた。


「三人ともこんばんは。今日も泊まりに来たよ」


 子供たちは真白がまた来るとは思っていなかったのだろう。固まってしまったが、すぐに奇声を上げて喜ぶ。その声を聞きつけた他の子たちがやってきて再び奇声を上げる。

 朝と同じようになんでこんなに好かれたんだろうと思いながら子供達を宥めて、魚の調理を開始する。


 クレバリーは鯵のような見た目の魚だったので、昔自炊していた事を思い出しながら調理する。

 まず、尾ビレの近くにあるゼイゴを取る。


 子供達は魚料理が珍しいのか、食い入るように見る。


 次に鱗を引き、エラに包丁を入れて、曲線に合わせて刃をなぞりエラを取る。次に腹を裂きハラワタを全て取り除く。最後に腹の中を水洗いをして血合いなど綺麗に落す。


 次々とクレバリーを捌く姿を子供達は目を輝かせて見ており、五匹程捌いたところで子供達に教えながら一緒に下処理をした。


 クレバリーを焼く前に水気を綺麗に拭き取り、塩を多めに振る。子供達は調理段階で塩を使ったのに驚いていたが、そのまま焼き始め、クレバリーが全て焼き上がる頃には皆お腹を空かせていた。

 クレバリーを焼いている間にヘレナとバサルタスも食堂へ来ており、焼き上がるのを待っていた。


「時間が掛かってしまって申し訳ない。全て焼き上がりましたよ」


 クレバリーの塩焼きを子供達と一緒に運び、席に着く。

 食事前の祈りをしたら皆一斉に魚へと箸を伸ばし、あまり食べない魚に皆ご満悦だったようだった。

 美味しさに小躍りしながら食べる子供を笑いながら怒ったりと、食事は賑やかな物となり直ぐに皿は綺麗になってしまった。


「マシロの兄ちゃんまた魚持ってきてくれよ、おれ魚大好きになったよ」


 人一倍元気なソールは魚の味に惚れ込んだようでまた持ってきて欲しいと強請るほどだった。


「ソール、それはダメよ。マシロさんが働いて稼いだお金なんだから」


 アイカがそれにすぐ反対するも。


「でもアイカだってまた来てもらいたいだろ?」


 ソールがそう口にするとなぜかアイカは俯き頬を赤らめる。


  「まあ、当分教会に入り浸ろうかと思っているから。ヘレナさん、いいでしょうか?」


 アイカの頭を撫でながら、事後承諾に近い形でヘレナへ聞いてみる。


「そうですね。子供達もマシロさんの事を気に入っているみたいですし、他に来る人もいませんからいいですよ。バサルタスさんもそれで構わないでしょうか?」


 バサルタスは頷き了承する。


 子供達はそれを跳ねて喜び明日何をして遊ぶか話し始めた。

 子供達の話は盛り上がるも、就寝時間となりヘレナに連れられて部屋へと帰っていった。


「兄ちゃん明日も新しい遊び教えてくれよな!」


「わかったから早く寝ろよ〜。おやすみ」


 真白は子供達に手を振り自分の部屋へと向かう。

 真白は部屋へ入ると昨日と同じくベッドへ倒れこむ。


「疲れた〜」


 思わず漏れてしまう声。真黒も真白と同じようにベッドに転がり伸びをする。

 月が照らす庭を眺めながら耳をすますと、遠くの方で人の笑い声が聞こえてくる。酒場で酔った人達が笑っているのだろう。


「平和だな」


 真白がボソリと呟く。


「そうですね。でも、世界のどこかでは今も戦いに身を置いている者達もいるのです」


 真黒は目の前にある平和はほんの一部で、世界の至る所で悲しい争いが起きていると心を痛めるが。


「それでもこの平和を知っているから、争いを厭うんだと思うぞ。生まれてから争いしかない世界で過ごせば、争いがある事自体普通になり、争いの無い世界を望む事もないと思う。平和を知っているから争いの中で平和を求めるんだろう」


 真白の考えを聞いて真黒は黙り考える。


「あまり深く考えすぎるな、この問題は簡単に言い切れることでもないからな」


 そう言いながら真黒を撫でる。

 真白は数分そうやって真黒を撫でながらベッドに転がり、気合を入れて起き上がる。


「じゃあ今日も魔法の練習と打合せをしようか」


 昨日と同じようにメモを取り出し、話し合いを始める。


「とりあえず今一番気になるのは真黒が教えてくれた魔法とこの世界の魔法体系の違いだな。この世界の人に真黒が直接魔法の事を教えたわけじゃないから多少の齟齬とかはあると思っていたが、思った以上に考え方が違うようだな」


「そうですね。私も違うことに驚いてしまいました。ギルザールさんの話を聞く限りでは、5つの属性を様々な形にすることで結果を生み出しているのがわかります。ですが、一番の問題はイメージ力の無さでしょう」


 そう、この世界の住人は真白が元居た世界の住人に比べて想像力が足りないのだ。

 真白が使った浮遊魔法は元々浮くはずがないものを浮かせていた。元々浮くはずがないものだから、浮いていることをイメージすることができないのだろう。


「そうなると、この世界が中世レベルの文化なのが理解できるな。新しい物を生み出さなければ文化も育つわけがない。だけども、なぜこんなにも想像力が無いのかわからないな。何が原因なんだ」


 真白の疑問に真黒も一緒に考えるもいい答えが見つからずに、この問題は保留することになった。


「もう一つはなぜ5つの属性に限っては形を想像できるかだな。普通なら風が縄のようになることなどありえないから、想像できないと思うんだが」


 西の門で衛兵が商人達を捕らえたときに使用した魔法を思い出しながら話す。


「おそらくですが、流石にこの世界の住人全てが想像力がないわけではないという事でしょう。一部の者たちが実際に見せることができれば、習得可能となるのであれば説明できます。それに依頼の際に使用したクリスタルや街灯なども同様でしょう。話を聞いたような想像力の方たちには考え付かない物ですから」


 クリスタルの事も役所に向かう際、ギルザールに聞いていたのだが。クリスタル自体に魔法を封じ込める事のできる不思議な力があるらしく、魔法が想像できなくとも魔力を消費することで、封じ込められた魔法が発動可能となるらしい。

 それは軍事転用もされているらしく、この世界での主力武器となっているらしい。


「それらを考えると自分たちは魔法の分野に限ってはこの世界の住人よりも有利に動けるかもな。あの世界では想像や妄想の産物には事欠かなかったからな、イメージはいくらでもできる気がする」


「そうですね、できれば私のお気に入りのアニメの魔法を覚えて欲しいです!」


 真白は冗談で言ったつもりだが、真黒は本気だったようで、熱が入ってしまい、そのまま真黒が好きなアニメの魔法の話を延々と聞かされた。しまいには今日の魔法練習は、その魔法習得が出来るまで続き、ルナームの夜の街に小さな溜息が一つ零れていた。


 つづく

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