第6話魔人の魔法

 残りは子供のヘルガルム一頭となった。

 ヘルガルムは他の仲間が動かないのを悲しげな声でキュゥンキュゥンと呼びかけるも、死んだヘルガルムたちは起き上がる事はない。


 真白はそんなヘルガルムの元へ寄る。

 ヘルガルムは真白に怯えて腰を引きながらも、喉を鳴らし威嚇する。


「子供は殺したくないからな、だけどこっちも仕事だから片耳だけは貰っていく」


 そう言い放ち、ナイフで切り裂き右耳が落ちた。

 ヘルガルムは痛みで驚き、森の中へと逃げる様に消えて行った。


「真白さん逃してよかったのですか?」


「よくはないだろうね、討伐任務は失敗かもな」


 真白は軽く返事をしながらヘルガルムの死体を石塔の近くまで運ぶ。

 ヘルガルムの死体は合計四体、大きさは大型犬程で体重約30キロ。一人で運ぶには二体が限界である。


「どうやって運ぼうか」


 状態の良い二体を抱えて帰るか、バラして牙や爪だけを持ち帰るかと考えているが。牙や爪以外にも高く売れる部位があるかもしれないと思うと、お金のない真白には勿体無く思え、少しでも報酬を多く貰う為に全て持ち帰りたかった。


「では、浮遊や軽量化の魔法を使ってはどうでしょうか」


「名前からして効果は分かるんだが、どういうイメージで行使すればいいんだ?」


「浮遊はそのまま浮いているイメージだけで充分です。飛行とは違い、進む方向などのイメージをしなくてもいいですから、風船のように浮かせたヘルガルムを蔦で引っ張っていけば良いと思います。軽量化の場合はヘルガルム重さが30キロではなく1キロであるとイメージして魔法を行使するのですが、イメージし辛いですかね。ここでいくつか問題があるのですが、イメージの設定が甘い場合、結果は同じであっても魔法効果が異なる事があるのです。今回の場合ですと、ヘルガルム自体の重さを本当に1キロにするという効果、30キロの重さを1キロと感じる程の肉体強化を自身に掛けるという効果、30キロの重さを1キロと勘違いさせる効果の3パターン考えられます」


 真黒の説明で思った事を真白が横から口を出す。


「その問題ってのは魔力の消費量や効果が切れたときの反動ってことか?」


「その通りです、流石真白さんです。ヘルガルムを実際に1キロに変えるのは浮遊魔法を掛けるのと同じくらいの魔力を消費するだけです。ですが、肉体強化になってしまうと消費魔力は多くなり、制御も難しいので無駄な魔力を使うことになるでしょう。最後に至っては誤魔化しているだけなので、魔法が解けた瞬間に筋肉痛で動けなくなるでしょう」


 この世界の魔法はイメージがそのまま現実に起きるが、イメージが浅いと結果すらも変わってしまうだろう。

 真黒は指摘しなかったが、浮遊魔法もただ浮いているというイメージだけだと、その空間のその場所に浮いているという結果が起き、ヘルガルムを動かすことが出来ないということも起きうるのだ。


 真白は真黒の説明を聞いていてこの事に気付いたようだが、真黒には特に言及することもなく、ヘルガルムに浮遊魔法を掛けた。

 ヘルガルムは無事に浮き、足に縛った蔦を引っ張り風船の様に運ぶ。


 残りのマーキングポイントへは特に問題もなく回ることが出来た。

 森の出口が見えたところで真白も真黒も緊張が解けて疲れが一気に出てきた。


 足取り重く、街の西門へと向かう。


「そういえば血抜きや下処理はしないのですか?」


 真白は一体は血抜きに内臓の処理もしたのだ、他もやると思っていたのだろう。


「あんな森の中ではやりたくないよ、匂いで強力な野獣や魔獣が寄ってきたらどうしようもないからね。今回はヘルガルムをおびき出す為にやっただけだから」


 ルナームの西門に着いたのは日が傾き、茜色に空が染まった頃だった。

 西門前に衛兵ではない帯剣している者が数人いた、真白と同じように任務帰りの者達なのだろう。

 検問の為列に並んだが、先頭の方で怒鳴り声が聞こえる。


「紹介状があるというのに何故すぐに入れないのだ!」


 何処かで聞いたことのある声が木霊する。

 列から顔を出した見てみると、案の定昨日正門で出会った商人と護衛達だった。


「何かあったんですか?」


 大体想像は付くものの、とりあえず前に並んでいる人に聞いてみる。


「んぁ?あぁ、なんか人族の商人が紹介状持って来たらしいんだが、確認に時間が掛かってるみたいでな」


「確認って何を確認するんですか?」


「確か、その紹介状が本物かどうかの確認だったかな。名前と紹介状を持って来た本人に書いて貰った人の特徴を聞いて、役所で確認するだった筈だ」


 真白は丁寧に教えて貰ったお礼を言い列から離れる。


「さてと、これはどうしようか」


「もう決まっているんでしょう?」


 そう言ってお互いに笑い合う。折角の異世界生活、テンプレをやらなくて何をするのかと。

 真白と真黒は列の先頭まで行く。すると、衛兵の声も聞こえてきた。


「まだ、確認中ですので今しばらくお待ちください」


 そう商人を宥めているのは若い衛兵二人だった。

 門の衛兵は正門でないためか少ないようで、他には見当たらなかった。

 真白はわざとらしく声を掛ける。


「お疲れ様です。何かあったんですか?」


「あっ、いえ、その〜」


 と衛兵は商人の顔を見ながら歯切れの悪い返事。

 真白も合わせて商人を見て、これまたわざとらしく、更にオーバーに話す。


「これはこれは、昨日紹介状が無くて追い返されていた商人様じゃありませんか!どうなさったんですか?」


 衛兵は真白の昨日正門で追い返されたという言葉に反応して目を鋭くし、商人を見据える。

 商人は真白の痛い服装を見て昨日の事を思い出したのか、真白を睨み付ける。


「なんだ貴様は、誰と勘違いしているのだ」


 昨日追い返された事を知られたくないのだろう、商人は人違いだとしらを切る。


「そうですか?自分は昨日、商人様に罵られたような覚えがあったので、よ〜く覚えてたのですが。もし良かったら、昨日正門で検問していた衛兵さんを呼んでみてはどうですか?」


 すると商人の態度がすぐ様変わる。


「昨日正門にいたのは私で間違いないだろう、しかし今日は紹介状を持ってきたのだ、何も問題なかろう」


「自分には問題だらけにしか見えないですけどね。昨日の今日で紹介状をどうやって手に入れたのか気になるところですよね」


 いきなり横から入ってきて、事を荒だて始めた真白に対して衛兵は止めるように促そうとしたところで、真白は話しながら若い衛兵に目配せする。


「知り合いの魔人族に頼み込んだのだ、特に問題なかろう」


 衛兵は真白の真意はわからなかったが、このまま静観すると決めてくれたらしい。


「本当にそうなら問題はないんですけどね。それに、知り合いがいたなら昨日呼べば良かったと思いますし」


 商人も痛いところを突かれたと苦虫を噛み潰したような表情をするも、すぐに反論する。


「其奴は昨日この街には来ていなかったのだ。紹介状は今朝其奴が来たときに貰ったものだ」


「昨日いなくて、今朝貰ったのに、何故この時間に街に入ろうとしたんですか?貰ったらならすぐに街に入ればいいと思うのですが。それに、さっきも言いましたが、知り合いが来たのであれば同行して貰えば検問も簡単に抜けられると思いますが」


 真白がどんどんと詰め寄ると、商人も顔色が悪くなり唸るばかりで、商人の護衛の真白を見る目付きも悪くなる。


「ここからは自分の勝手な妄想なのですが。昨日紹介状が無ければ入らないとわかった商人様は、魔人族に書いて貰おうとするのですが、知り合いがいないし、自身の街に戻って魔人族を探すのにも時間が掛かる。そこで思い付いたのが、街から出て来た魔人族を捕まえて書かせればよいと。そこで、朝方に依頼を一人で受けて森に入った魔人族を攫って書かせた。って妄想をしたんですけど、どうですかね?」


 真白も自分の考えうる中で一番短絡的だなと思った想像を口にして揺さぶろうとしたのだが、商人の顔が真っ青になっているのを見て、真白が一番驚き、真黒に至っては周りに気付かれないように笑っていた。


「まさか一番いい加減に考えたものが当たるとは」


「何を言うか!こやつの言っていることは全て出まかせだ、何の証拠があるというのだ。それに貴様こそ怪しいではないか!変な格好をして私の邪魔ばかりしおって。もしや私のことを謀ろうとする商人の回し者ではないだろうな」


 そう言うや否や商人の護衛達が真白を囲みこむ。


「自分の格好が怪しいのは自分が一番わかってますよ・・・。話の矛先を変えるのは良くないですよ。それに、自分が他の商人の回し者だったとしても、あなたが魔人族を攫ったことは変わりないのですから」


 頭の弱い人に今一番気にしている服装の事を指摘され心が傷付くも、真白もすぐに言い返す。


「もしや今朝現れた魔人族も貴様等の回し者ではあるまいな?!」


「今朝現れた魔人族とは?」


「紹介状を書かせる為に攫った魔人族のことだ!」


「「「あっ」」」


 真白に真黒、衛兵に商人の護衛達、後ろに並んで聞き耳を立てていた魔人族のみんなが一斉に反応した。

 それに対して固まる商人。額から漫画のようにダラダラと汗を流す。


『正なる風をもって彼の罪人を捕らえ縛り付け給え。緊縛』


 衛兵の詠唱によってあっという間に商人と護衛達は捕らえられた。

 商人は自身の失態に意気消沈しているようで、護衛達は自分達の主人の阿呆さ加減に呆れを通り越して哀れに思っているようだった。


「ご協力ありがとうございます。怪しさ満天だったので私たちもどうにかしようと上司を呼んでいたのですが、っと来たみたいですね」


 衛兵からの感謝の言葉を貰ってすぐ。そこにやって来たのは身長2メートルで筋骨隆々、偉丈夫という言葉がそのまま人になった様な雰囲気を放つ男。肌の色は浅黒く、魔人族特有の角は真白の腕よりも太く大きい。もし服装が真白のような痛い服装にマントを付けていれば魔王と言われても納得できる。


 彼は衛兵の前で止まり、ぐるりと周りを一瞥する。


「どういう状況だ?」


「検問中この人族の紹介状を確認している際に、知り合いだという魔人族の事を尋ねたところ、言動が怪しかったので隊長をお呼びしたのですが、隊長を待っている間に彼が現れまして。

 彼は昨日そこの人族が正門の方で紹介状を持っておらず、街に入れなかったのを目撃していたそうで、そこを彼が問い詰めたところボロを出し、魔人族を攫って紹介状を書かせたと言質が取れましたので拘束して現在に至ります。これから攫った魔人族について聞き取りをするところです」


 隊長は真白に向き直り深く頭を下げた。その行動に他の衛兵が驚くも、すぐに隊長に合わせて頭を下げる。


「私はこの街の防衛隊の隊長を務めますギルザールと申します。この度は問題の解決に尽力してくださり心より感謝を。宜しければお名前を教えて頂けないだろうか」


「お初にお目に掛かります隊長殿。自分の名前は真白と申します。自分は特にこれといった事はしておりませんので頭をお上げください。ただ、そこの商人と世間話をしたところ、ぽろっと自爆しただけなので」


 真白も魔王の様な巨漢に頭を下げられ居心地が悪く、すぐこの場を離れたいと申し出る。


「申し訳ないのですが、役所の依頼の完了手続きをしたいので中に入れてもらえないでしょうか」


 依頼の期限は今日中というわけではないが、早いに越した事はないし、日も大分沈み暗くなって来た為、報酬が欲しい真白は役所が閉まる前に完了手続きをしたかったのだ。

 真白の言葉に特に反対の声は無く、そのまま通されるのだが。


「私もついて行きましょう。この時間帯ですと役所の方は受付が閉まる頃合いですので、私から事情を説明しましょう」


 ギルザールが時間外の受付の際に事情説明の為に付いて来ることになった。


「お前達は、ここに居る者達の検問が出来次第門を閉め、そこの人族らを牢まで護送せよ」


「「「ハッ!」」」


 衛兵達はギルザールの指示に返事をし、検問を再開しようとするところで、真白が口を挟む。


「差し出口かもしれないですが、護送の際は彼等には目隠しをした方が宜しいかと」


 その言葉にギルザールが反応する。


「それはどういった理由からなのでしょうか」


「例えばそこの商人さんや護衛さん達の本来の目的が魔人族の街の内部調査だったりした場合、自由に歩けなくとも、街で売ってる物や、大体の人口、街中にいる兵士の数など、見るだけでも様々な情報を得る事ができます。このまま攫われた魔人族が救出されれば、二度と街には入れなくなるが、普通に釈放されると思います。そうなると、自身の国に帰ったときに、魔人族の街の情報が他国に漏れることになります。些細な情報でも大きな脅威になることもあるので、注意した方がいいですよ」


 ギルザールは真白の忠告に感心するように聞き入る。


「忠告痛み入る。そのような事があれば我等の平和が壊されかねない。忠告通り目隠しして護送しよう」


 ギルザールは衛兵達に再度指示をして真白と一緒に街に入る。


 そのまま真っ直ぐ役所へと向かう。

 街を歩けば今まで通り、真白の服装を見て可哀想な者を見るような視線が送られてくるのだが、今は違う視線も真白は感じていた。

 その視線は周りだけではなく、真白のすぐ後ろからも感じていた。


「どうかしましたか?」


 真白はすぐ後ろを歩いていたギルザールの横に移動して問いただす。

 大男のギルザールが慌てる。ギルザールは返答に困ったように唸る。


「視線を感じたので何かあるのかと思いまして。何も無いのでしたらいいのですが」


 真白がそう言うとギルザールもバツが悪そうに答える。


「これは失礼しました。いやぁ、変わった服を着ておられるなと思いまして」


 ギルザールは服装の事も実際気になってはいるのだろうが、他に気になっていることは口にしなかった。

 真白はその返答にわざと目端を吊り上げ。


「これは自分の村の民族衣装なのです。こちらでは珍しい衣装なのでしょうね、よく視線を感じます。でも今は少し違う感じもしますね」


 再びギルザールは慌てるも、今度は笑いながら答える。


「申し訳ない。マシロ殿にはお見通しなのだな。非礼を承知でお聞きしますが、そのヘルガルムはどのように運んでいるのでしょうか?」


 真白は何を言っているんだと思い、今は風船のように浮いているヘルガルムの上に座っている真黒に視線を流すも、真黒も質問の意図がわからないと首を振る。


「どのようにと言われても、ヘルガルムを浮かせる魔法を使ってるだけですが」


 そう答えると、意を決して聞いた答えが求めてた答えと違ったのか、肩を落としてそうですかと呟いて、気を落としながらそのまま真白の横を歩く。

 真白はギルザールのその反応に居た堪れなく、問い返す。


「自分は度が付く程の田舎の出でして、世情にも疎いのでもしかしたら返答に不備があったかもしれないのですが、浮遊魔法というのは珍しいものなのですか?」


 答えた瞬間、真白は肩を掴まれ、ギルザールが興奮しながらまくし立てる。


「何を言います!ヘルガルムを浮かせるなど私は一度も見た事がありません。例えヘルガルムでなくとも、物を浮かせる事のできる魔法は見た事ありません!この世で空中を浮くことが出来るのは雲だけだと思っておりました」


 その言葉を聞いて真白は違和感を感じる。真白は真黒から聞いた魔法は、イメージを魔力により現実に起こすものだと考えており、実際にその考え方で間違っていないため、物を浮かせる事など魔法としては初級魔法に分類される。真黒も浮遊魔法は簡単だと言い、実際に真白が普通に行使できたことからも難しい魔法ではないことはわかる。それが何故見た事もない珍しい魔法なのかわからなかった。


「魔法とは想像を現実に起こす力ではないのですか?」


 すると真黒が教えてくれた魔法とは全く違う事をギルザールは口にする。


「魔法とは火を水を雷を土を風を起こし肉体を物を強化するものですよ、マシロ殿が仰るそれは神の御業ではないでしょうか」


 ギルザールの説明を聞いて真白は真黒を見る、真黒はブンブンと頭を振り自分は間違えていないと訴える。

 どうもこの世界で考えられている魔法の概念は実際の概念とは異なっている様だった。


 つづく

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