第5話灰色の風

 ルナームの西、鬱蒼と生い茂る森の中、真白と真黒は荒れた森を物ともせずに歩いていた。

 役所でもらった地図を見ながら一つ目のマーキングポイントを目指す。森は整備など一切されておらず、草が腰まで伸びていたり、蔓や蔦があちこちに這っている。

 しかし、森の調査は定期的に行っているのだろう、マーキングポイントに向かう方向に、雑草が踏みしめられ極端に短くなっている箇所があった。

 踏み固められた獣道を歩くと1つ目のポイントがすぐに見えた。

 マーキングポイントは2m程の石塔になっており、石塔の周囲は今までの獣道が嘘のように草が生えていなかった。


「この石塔は魔道具ですね、石塔周り半径5mでしょうか簡易的な結界が張られています。弱い魔獣や野獣でしたら入れないようになっていますね」


「ってことはここはセーフティーゾーンってことか」


 真白は周りを確認しながら石塔へ寄り、ポケットからクリスタルを取り出す。

 そして役所で教えられた通りにクリスタルを掲げ、呪文を唱える。


『座標登録』


 するとクリスタルの色がエメラルドから一瞬だけ朱色に変わり、すぐに戻った。

 しかし、真白は違うところに驚いているようで、手をじっと見つめていた。


「真白さんどうかしましたか?」


「今呪文を唱えたら何かがすっと抜けるような感覚がしたんだ。多分これが魔力なんだろう」


 真白は呪文を唱えた瞬間、何かが体の芯からクリスタルを持つ手に流れ、血が抜けるような不思議な感覚がした。


 真白は目を閉じ、先ほどの感覚をもう一度思い出す。体の中心、心臓よりも下の腹に近い部分、渦巻く違和感の中からさっきと同じ感じのものを探る。すぐに魔力を掴み、また同じように腕の中を通り掌へと向かう。そこで真白が口を開く。


『小炎』


 すると呪文を鍵に掌に集まった魔力が変質する。魔力が収縮し、消えた瞬間に一気に燃え上がった。真白が唱えた小炎は、呪文とは裏腹に真白の身長よりも大きく燃え上がった。


「うわっ!」


 自身で魔法を行使したものの結果がイメージと違ったため驚き、集中が切れたため炎も消える。

 幸いにも石塔のおかげで周りに草木が生えていなかったため燃え移ることはなかった。


「真白さん!やりましたね!魔法が使えるようになったんですね」


「これが使えるようになったと言うならそうなんだろうか。さっきクリスタルを持って呪文を唱えた時の感覚でやってみたんだ、一応できたけどイメージよりも火が大きくて驚いたが」


「それは、練り上げた魔力の量が多すぎたんですよ、少ない場合は魔法は発動しませんが、多い場合は発動するものの制御できなくなったり、爆発することが多いですね」


 そう真黒に言われて真白は冷や汗を垂らす。もし、さらに多くの魔力を練っていたら自分の魔法で焼け死ぬところだったのだ。


 それから真黒に細かい魔力の制御の仕方を教わりながら2つ目のマーキングポイントを目指す。


 真白は魔力が使えるようになってから、制御の仕方を覚えるのは早かった。4つ目のマーキングポイントに着くころには、左右の手で違う大きさの火を生み出すくらいには。


「真白さんは本当に凄いですね。成長補正を付けていますが、それでも説明出来ないほどの成長速度です。何か秘密があるんですか?」


「秘密なんてそんなもんがあったら昨日使ってるよ。ただ、昔からコツを掴めば大抵の事は出来るようになったかな。それでも長続きはしなかったけど」


 話をしながら4つ目のマーキングポイントで『座標登録』をした。


「そろそろヘルガルムの予測位置だな」


 真白は討伐依頼用の地図を広げて確認をする。

 ヘルガルムは4つ目と5つ目のマーキングポイントの真ん中から少し脇に逸れた位置にいるようだった。

 そこからは、いつ戦闘になってもいいように身構えて移動する。


「そういえば、野獣と魔獣の違いって何なんだ?」


 真白は掲示板を見ている時に真黒に言われて気になっていたが、聞くタイミングを逃していたのを思い出して聞いてみた。


「そうですね、基本的には野獣は肉食動物全般の事を指します。細かいところでは違いますが、気性の荒い物が野獣だと思って頂ければ間違いはないかと。魔獣の方は、魔力の影響で変異してしまった野獣や動物の事を言います。変異すると狂暴性を増すものが多いですが、中には知能を発達させ、喋る者や魔法を使う者もいます」


「猫は動物だが、ライオンは野獣ってことか。魔獣が喋るなら、真黒も一応種族としては魔獣に分類されるのか?」


 真黒は喋る猫なので、先程の話の流れでは魔獣に属する筈である。


「いえ、私は魔獣ではありません。一応種族は精霊となっています。精霊は自らの魔力で肉体を作り顕現する者と、花や動物などを依り代にして顕現する者がいるのですが、私の場合は後者に当たります」


 会話に一区切りついたところで、自分達以外の草を掻き分ける音が聞こえて足を止める。

 音が聞こえた方を注意深く見るも、動く影一つ見えない。

 いつ襲われるかもわからないため真白は剣に手を掛け、音のした方へとゆっくりと近寄る。数十メートル進んだところでグチュグチュと肉を喰む音が聞こえた。


 更に進み目を凝らすと、草の間から灰色の獣が見えた。


 大型犬程の大きさで毛が無く肉も殆ど無い。全体的に骨ばっており、所々が甲殻のようなもので覆われていた。顔は犬と同じように、細長く体と同じように甲殻に覆われ、二本の犬歯が大きく突き出ていた。

 ヘルガルムは夢中に獲物を食べており、真白たちにはまだ気付いていないようだった。


 真白は小ぶりな石を二つ拾う。

 すると石を一つ投げる、石は放物線を描きヘルガルムを越えて真白たちの真反対に落ちる。

 ヘルガルムは石が落ちた音に気付いて振り向き、警戒する。その一瞬の隙を突いて真白は飛び出した。

 動かすのに慣れてきた魔人の体を全力で動かす、ヘルガルムも真白に気付き振り返った瞬間、ガッ!と硬い石がヘルガルムの顔面へと当たり怯む。

 そして既にヘルガルムを間合いへと入れた真白が、走る勢いを乗せショートソードを振り下ろしヘルガルムの脳天を割る。

 ヘルガルムはその一撃で死んだのか動かなくなった。


 真白は他にもヘルガルムがいないか警戒したが、現れる様子がないため、剣を納める。


「凄いです!あっという間に倒してしまいましたね。驚きましたよ。もしかしたら躊躇われたり、足が竦むかと思いましたが、杞憂だったみたいですね」


「結構必死だったんだけどな。躊躇わなかった訳ではないよ、やはり生き物を殺すってのは嫌だからな。それでも生きる為に必要であるならやるしかないと割り切っているだけだよ。だから不必要な殺戮は嫌悪する」


 真白は少し強く口にしながらヘルガルムの後ろ足を地を這う蔦で縛る。蔦は意外にも丈夫で、力を入れて結んでも千切れる事もなく、蔦を引っ張りヘルガルムを持ち上げても十分な強度があった。

 真白は役所で借りたナイフを取り出し、ヘルガルムの右耳を切り落とすと、生まれ変わったときに服と一緒に標準装備されていた巾着に納める。

 次にヘルガルムの喉を切り裂き、蔦を木の枝に引っ掛け、ヘルガルムの死体を逆さ吊りにする。

 するとヘルガルムの体から大量の血が流れ出る。


「血抜きですか?」


 真黒が何をやっているか聞いてくる。


「そうだ。かなり昔にサバイバルをしたことがあって、その時に猟師のおっさんに血抜きや内臓の処理とか一通り教えて貰ったことがあるんだよ」


 ここでも真白の多趣味が活躍していた。

 血もある程度流れて、出血が少なくなってきたところでヘルガルムを降ろす。

 真白はそのままヘルガルムを担ぎ歩き始めた。


「真白さん、まだ血が抜ききれてないですが、いいのですか?」


「大丈夫だ。残りの作業は次のマーキングポイントの近くでやろうと思う」


 そう言って足早に向かう。


「でしたら最初からマーキングポイントで作業をすれば良かったのではないですか?」


 場所を移動するなら、最初からマーキングポイントで血抜きなどの作業をすれば効率的なのではと真黒は思っていたが、真白には理由があったようで。


「それじゃあ意味がないんだよ」


 と言い、真っ直ぐにマーキングポイントへと駆け抜けた。

 5つ目のマーキングポイントも他の箇所と同じように石塔を中心に小さな広場が出来ていた。

 真白はヘルガルムを地面に降ろし、すぐに座標登録を行った。

 少し疲れたのか息を整え、すぐにヘルガルムをさっきと同じように吊るし上げる。

 走っているときに血が全部抜けたのか血は止まっていた。

 真白は次にヘルガルムの腹を裂いて内臓を取り出す。

 取り出した内臓は全部石塔が守る領域外に投げ捨て、ヘルガルムを手の届かない位置まで吊り上げる。

 真白は作業が終わったのか石塔の傍まで寄り、地面に腰を下ろす。


「作業は終わりですか?」


「いや、まだだな。それよりも先にやらないといけない事があるからな」


 そう言って真白は自分たちが来た道を見る。真黒も同じようにして来た道を見やり、5分程経った頃に草を掻き分ける音が聞こえる。

 その数も一つではなく複数聞こえる。その数も次第に増え、最終的には四つまで増えて、草の中から姿を現す。

 現れたのは四頭のヘルガルム、内一頭は小さく子供のようだった。

 ヘルガルムは石塔のせいで真白に近づけず、少し離れた位置で唸っている。


「真白さんが待っていたのは彼等なのですか?」


「そういう事。依頼内容から見て、ヘルガルムは群れて動いている事は予想できたから、離れて行動している他の個体を誘い出す為にその場で血を抜いて匂いをばら撒き、ある程度抜けたところで、血を垂らしながらここまで走り抜けて、最後に腑を使ってここに呼んだってわけだよ。上手くいってよかった」


 しかし、真白は他の野獣が寄って来ないかと心配しており、他に寄って来た影は見当たらなかった事に安堵してもいた。


 ヘルガルムたちは仲間が殺された事に怒り狂っているのか大きな牙を剥き出しにし、目は血走っている。

 子供のヘルガルムだけは仲間の死が悲しいのかキュゥンキュゥンと鳴いていた。


「さてと、どうしようか」


 真白は立ち上がり剣を抜く。

 どうやって戦おうかと考えているようで、悩んでいるようだった。


「どうしたらいいと思う?」


 真白は取り敢えずという感じで真黒に意見を聞いてみた。

 真黒も振られてから少し考え、答える。


「この場は安全でありますから、魔法で攻撃するのが一番良いかと思います。魔法を動く相手に当てるのは難しいですから、いい練習になるかと」


「そうだな、一頭はそれで狙ってみようか、あとは多対一の練習もしてみようか」


 そう言い、真白は魔法のイメージをする。形は槍、炎の槍が敵を貫き、炎が敵を覆い燃やし尽くすイメージを。


『其の悉くを砕き穿つ槍、燃やせ燃やせ紅き炎でもって灰と成せ。紅炎槍(こうえんそう)』


 真白の手のひらに現れたのは細長い炎、よく見れば槍にも見えなくない形。イメージしたのは炎を纏った装飾過多な槍だったのだが、綺麗な形にはならなかった。


「イメージと呪文は中々良い感じでしたが、まだ魔力制御の練習が必要ですね。綺麗な形を整えるとなるとそれだけ細部のイメージとそれを成す魔力制御が必要ですから」


「これは練習が必要だな。また、今日の夜にも教えてくれ。それにしてもあんな思い付きな詠唱でもできるもんなんだな」


 詠唱も特に決まりはなく、イメージを言葉に乗せるようにということで何となくで口にした詠唱だったが、あんな格好つけた詠唱で発動した魔法が中途半端だったのが少し恥ずかしいようだった。


「中々のセンスだと思いますよ。できればもっと中二的な感じで唱えていただけると尚いいと思います」


 と真黒は目を輝かせて言っていたのを無視して、ヘルガルムへと向き直る。

 ヘルガルムは今にも襲い掛かりたいのに石塔のせいで先へ進めないため更に怒り狂っている。

 真白はヘルガルムの体を貫くイメージをしながら紅炎槍を振りかぶり投げる。槍は真っ直ぐとヘルガルムに向かうが、ヘルガルムもただ死ぬのを待つわけもなく、横へと飛んで避ける。が、その瞬間槍は角度を変えてヘルガルムの硬い甲殻を砕き、刺さるものの貫くには至らなかった。槍の刺さった切り口から火が吹くものの、ヘルガルムを包み込む程大きくはならなかった。


「これも魔力制御か原因か」


「そうですね、真白さんが行使した魔法は具現化魔法というのですが、具現化魔法は上位魔法に分類されるので、上手く行使できないのは仕方ないかと思います。魔法に慣れるまではもっと荒いイメージの魔法を使うと良いと思いますよ」


「それ最初に言って欲しいな!」


 魔法を覚えたばかりなのに上位の魔法を使おうとした自分が失敗したのは当然だと思い、集中し直す。

 ヘルガルムに刺さった槍は既に消えており、ヘルガルムは怪我をしただけで健在だった。槍の切り傷は槍が発した火のお陰か焼かれて塞がっていた。


 真白は真黒に言われたように今度は簡単なイメージをし、再び詠唱をする。


『其を切り刻め。風刃』


 見えない風の刃がヘルガルムへ真っ直ぐ向かう。ヘルガルムは反応せず、風の刃の餌食となり全身に切り傷を付けて血が噴き出て倒れる。

 心の中で自身に賛辞を送る。


 残り三頭。今度は剣を構えて対峙する。ヘルガルムは石塔のせいで近寄る事が出来ないが、真白が誘うようにジリジリと石塔が守る領域外に出ようと動く。

 真白が出た瞬間二頭のヘルガルムが猛然と襲い掛かり、二頭同時に飛び掛かってきた。真白は物凄い勢いで向かってくる二頭を見据えながら悠然と横へ避け、避け様に一頭を剣で斬りつける。

 剣の切れ味が良くなく、ヘルガルムの甲殻を切り裂くことは出来なかったが、ヘルガルムはバランスを崩し、着地に失敗し地面を転がる。その隙に真白は正面に立ち、上段から剣を振り下ろし頭を割る。

 もう一頭のヘルガルムも再度飛びかかるが、真白は回る様に避け、腰から抜いたナイフを回った勢いのまま突き刺した。


 二頭のヘルガルムは地面に伏せ、ピクリとも動かなくなり、残りは子供のヘルガルム一頭となった。


 つづく

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