第4話不安と期待

 真白は真黒に言われた通りに練習を始める。

 まず、自分の中にある魔力に意識を向ける。捉えた魔力を掌に送るようにイメージする。それを維持することで魔力を意識的に放出することができ、魔力制御の一歩目が踏み出せるのだが。


「……出来ん」


 言われたようにやろうとするも、まず魔力がどれなのかわからない。人間だった時と違い、何かが体の中で渦巻いているような感覚があるものの、他にも違和感を覚えるものがあるためどれが魔力なのかわからない。

 この世界の住人は魔力を捉える感覚を赤子の頃から有しているから、真黒の説明でも出来るはずなのだが。

 最初から青年として生まれた真白には出来ないようで、真黒もどう説明すればいいか悩んでいた。


「申し訳ありません。私の力不足です」


「いや、真黒のせいではないよ。それでも、早めに何とかしないといけないな」


 真白は最低でも自分と真黒の身を守るだけの武力を身に付けなければと考えていたため、序盤から上手く事が運ばないのに内心少し焦っていながらも、口元が少し緩んでいた。


「真白さんどうしたんですか?にやついていますよ」


 真黒は不思議に思って聞かずにはいられなかったようだ。


「にやついている?…いや、そうなのか。多分楽しいからかな、死んでからの日々は本当に退屈だったから。居心地の良い空間ではあったけど、唯々彷徨い続けるのは怖くもあったよ。一度死んだ身だとつくづく実感するよ、生きていることへの感謝の気持ちみたいなものを」


 そう真白は言って、自分で言った言葉が可笑しかったのか、また笑った。


 それから少し魔力制御の練習をするも上手くいかず、転生初日は終わった。



 † † † † † † † † † † † †



 白々と夜が明け始めた時間に真白は目を覚ました。

 街もまだ寝静まった時間帯、聞こえるのは鳥の声と遠くで走っている馬車の音が少し。


 真白はまだ寝ている真黒を起こさないように静かに部屋を出る。

 昼間の暖かさに比べて朝は少し肌寒く、庭の樹々の青々とした様から今は春なのだろう。


 真白は何度か大きく深呼吸をすると軽く体を動かし筋肉を解す。

 体が空気の冷たさに慣れ、指先にじんわりと血の巡りを感じたところで目を閉じ動きを止める。


 次に目を開けた時には流れるような動きで型を取り始める。まるで見えない誰かと踊るような動きをみせながら、時折素早く鋭く動く。

 真白は生前、趣味で空手や柔道、合気道等の武術を習っていたのだ。実力は、趣味の範囲内だったので極めた程ではないものの、そこらにいる程度のチンピラならのしてしまえるである。


 それから街が起き始め、様々な音が届く頃になるとようやく真白も型をやめた。

 パチパチパチ。音の方を見るとヘレナが拍手していた。


「綺麗な動きですね、思わず見惚れてしまいました」


 ヘレナの性格からは世辞などは入ってない事がわかるために、称賛の声に少し恥じらいを見せる。


「あまり見せられるような出来ではないですが、ありがとうございます。朝が早いのですね」


「そんなことはありませんよ。とても勇壮に見えました。私は朝の祈りがありますから、どちらかと言えばマシロさんが起きられている方が驚きましたよ」


 真白はそれもそうですねと小さな笑いと共に返事をする。


 真白はついでだからと、ヘレナと一緒に祈りをすると言い礼拝堂へと向かう。


 礼拝堂にはバサルタスがおり、挨拶をする。


「良い朝ですね。今日は私も朝の祈りに参加させてもらってもよろしいでしょうか?」


「良い朝です。朝の祈りは誰もが参加できるものですので、問題ありませんよ」


 バサルタスと一言二言、言葉を交わすと教会の正面扉口から数人の老人が入ってくる。ヘレナと挨拶をし会衆席へと座る。真白もそれに倣い会衆席に座り祈りが始まる。


 ヘレナとバサルタスの祈りの言葉の後を復唱するように言葉を紡ぐ。祈りの途中で真黒が真白の膝の上に乗ってきた。祈りを捧げている神が膝の上にいるのだと思うと中々に気まずい状態だった。


 朝の祈りが終わると子供たちを起こして朝食の準備をする。準備と言ってもパンを切り、昨日の夕飯の残りのスープをよそうだけだったが。朝食も子供達と一緒に食べ、教会を出る準備をする。

 特に持ち物もないため、寝台を綺麗にして家具などに破損がないかとか確認する程度で部屋を後にする。


 部屋を出るとアイカと昨日真白の恰好に食いついた少年のソールがいた。


「マシロ兄ちゃんもう出てくのか?」


 ソールが少し気を落としたように聞いてくる。

 真白は少し遊んだだけなのに随分と好かれたものだなと思いながら膝をつき、少年と目線を合わせる。


「そうだな。一応出ていくつもりだが、兄ちゃんは貧乏だからお金が稼げなければ、またすぐに戻ってくるぞ」


 そう笑って言うと子供たちも笑い返してくれた。


「ならマシロさんがお金を稼ぐことができなければ、ずっと教会にいることになりますね」


 アイカがそう言うと、さらに大きく三人で笑った。


 教会を出る時には他の子供たちも出てきて見送ってくれた。




「さてと、じゃあまずは仕事探しからだな。一銭も持っていないというのは、不安でしかないからな」


 真白と真黒はヘレナに教えてもらった役所の方まで歩いて行った。

 役所までの道中は、真白が好奇な目に晒される以外は特に何の問題もなかった。

 役所は周りの建物よりも三回りは大きい建物だった。役所の正面は広場になっており、子供たちが走り回ったり、話し込んでる人たちがいた。そして、その中に小さな人集りがあった。

 人集りの中心には三角柱があり、その側面にはA4程度の大きさの紙が大量に貼られていた。あれがヘレナが言っていた依頼用の掲示板なのだろうと真白は近くまで寄る。

 掲示板の側まで行き、近くにいた男に声を掛ける。


「すみません、ここにあるのが依頼用の掲示板ですか?」


「ん?・・・うわっ。そ、そうだぞ、これがその掲示板だ」


 男は真白の格好を見て驚いたようで、真白は苦笑いしながらお礼を言い、お金が入ったら真っ先に新しい服を買う事を心の中で誓う。


 掲示板を見てみると一つ問題が生じた。


「文字が読めない・・・。真黒どういう事だ?」


 真白は呆れたように真黒に聞いてみると、バツが悪そうに答える。


「スキルの付与忘れですね、あははは」


 真黒の天然振りは初日で充分わかったので、特に怒ることもなかった。


「じゃあ、代わりに読んで条件の良い依頼を見つけてくれないか?」


 真黒は、また呆れられると思っていたが思わぬ頼み事に嬉々として受け入れた。真白の頭の上まで登り掲示板を見る。

 依頼の種類は三種類。外での活動依頼、街の中の短期での仕事の依頼と長期の求人だった。

 長期での仕事は今後の活動がしにくくなるため除き、短期の仕事は他の人たちが群がる様に見ているため諦めた。

 外での活動依頼は環境調査が主なようで、モンスター討伐の様な依頼は少なく、採取依頼もほとんどなかった。真黒に理由を聞いてみると。


「この世界のモンスターは野獣や魔獣と言うのですが、基本的には討伐はその街や国の軍隊が行いますのであまりないのですよ。多分ですが、ここに張り出されている討伐依頼は軍隊を動かす程でもない案件なのでしょう、魔人族は戦闘力が高いですから、軍属でもなくても討伐出来るということで依頼が出てるのではないでしょうか。採取依頼に関して言えば、わざわざ薬草などを採りに行くよりも育てた方がいいですからね。ここにある依頼も、山でしか育たない珍しい物の採取ですし」


 真黒に依頼事情を聞きながら吟味し、街の西の森の調査依頼と野獣の討伐依頼の紙を手に取る。真黒に書いてある内容を細かく聞いていると、一人の女性が声を掛けてきた。


「依頼はお決まりでしょうか?お決まりでしたら受付までお持ちください」


 言うに及ばず、魔人族のその女性は整った顔立ちに黒縁眼鏡を掛けており、ヘレナと同じくらいの年齢だと思われるが、ヘレナより大人の色香を放ち、眼鏡の奥に見える双眸は鋭く光っている。そして魔人族の特徴の一つでもある角が額から一本だけ生えていた。


「これとこれを受けようと思うんだけどいいかな?昨日この街に来たばかりで、手続きや規則とかも何も分からないから、ついでに教えて貰えるかな?」


「わかりました。ではこちらへどうぞ」


 連れていかれたのは役所の中の隅にある受付カウンター。そのカウンターは依頼用の受付のようで、他のカウンターもそれぞれの分野毎に分けられており、用がある者はどこに行けば良いか一目で判るようになっていた。


「今回のご依頼は西の森の調査とヘルガルムの討伐ですね。今回討伐対象のヘルガルムも西の森ですので、問題なく受理させて頂きます」


 受付の女性の言葉を疑問に思い質問する。


「今回の討伐対象が東の森の場合だとダメなのか?」


 女性は真白の質問へも嫌な顔一つせずに答える。


「複数依頼を受ける場合ですが、双方の目的地が遠い場合、それだけ無駄が出来てしまいますので、出来るだけ対象地域の近いものを選択して貰うようにしています。遠い場所を選択する場合は依頼の締切期間に余裕のある物、職員からの信頼のある方というのが条件となります」


 真白も、わざわざ対象地域が遠い場所に行こうとは思わないので自身には関係ない事だが、公的機関がそのように時間の有効的な使い方をするのには感心していた。


「それでは、依頼内容のご説明を致します。まず、調査依頼の方ですが、こちらに用意しましたクリスタルを持って、指定のルートを回って頂きます。ルートの中には7箇所のマーキングポイントがありますので、クリスタルを持って『座標登録』と唱えて下さい。クエスト終了後に座標確認しまして依頼完了となります」


 渡されたクリスタルは正八面体の宝石のエメラルドの様な輝きを持つものだった。真白はルートの記載された地図とエメラルドをポケットにしまう。


「次に討伐依頼ですが、西の森にいますヘルガルムを5頭討伐して頂きます。今回討伐対象のヘルガルムの生息位置は此方の地図に記載していますのでご確認下さい。ヘルガルムも移動はしますので見当たらない場合は周囲を探索して下さい。それでも見つけられない場合は、深追いせずに戻って来てください。依頼を失敗した際のペナルティーなどは御座いませんのでご安心ください。また、討伐確認のため片耳などの討伐数を確認する部位を剥ぎ取って来てください。可能であれば死体を丸ごと持って来て頂けるとありがたいです。他に何か質問は御座いますか?」


 次いで渡された地図もポケットに入れて質問をする。


「報酬は達成完了後に手渡しで貰えるのか?」


「ご質問通りです。調査依頼の方は途中で依頼を中止した場合、報酬は回った箇所数で割ったもののさらに半分が報酬となります。討伐依頼の方は、報酬を討伐数で割ったものが報酬になります。またヘルガルムの素材については買取しますので、出来るだけ多く持って帰って頂くと一回での依頼の報酬が高くなります。また、討伐数を超えて討伐した際、依頼の討伐数の倍の数まででしたら追加で報酬をお支払い致しますが、それ以上の数の討伐は追加報酬はありませんのでご注意ください」


 依頼内容の説明が終わり、依頼の受付が完了した。

 そのまますぐに西の森まで行こうとした真白たちを受付の女性が再度声を掛けて止めた。


「すみません、差し出口かと思いますが、武器等にお困りなど御座いましたらお貸しする事も出来ますが、如何でしょうか?」


 女性は真白が武器や防具の類を一切身に付けていない事を不思議に思ったのだろう。街中ではほとんど必要ない為、兵士くらいしか帯剣している者を見ないが、流石に外に討伐をしに行こうとしている周りの人は軽装備であるが、手甲や脛当てに剣は装備していた。

 魔人族は基本性能が高い為、素手であっても野獣なんかに遅れを取らないが、剣を使えばより安全に戦えるという事なのだろう。


「いえ、ありがとう。剣を一本貸して貰えるかな?」


「それではお持ちしますので少々お待ちください」


 そういって役所の奥へと消えていった。


「武器が借りられるのはありがたいな」


「そうですね、素手ですと心許ないですからね」


 真白と真黒は女性を待ちながら小声で話す。

 5分程し三本の剣を持って帰ってきた。


 彼女が持ってきたのは1m程のロングソード、同じ形で80センチのショートソード、最後はカットラスに似た片刃の剣。

 真白は3本共手に取り、握りや素振りなどして感触を確かめる。


「これはどれを借りてもいいのか?」


「はい、破損した場合は報酬から引かせてもらいますが、無事返却していただければ無料ですのでご安心ください」


 受付の返事を聞き真白は武器を選ぶ。


「では短い方の両刃剣と切れ味のいいナイフを一本貸していただきたい」


「わかりました。ナイフをお持ちしますので、また少しお待ちください」


 彼女は2本の剣を持って再度役所の奥へと消え、今度はすぐに戻ってきた。


「こちらでよろしいでしょうか」


 持ってきたナイフはクリップポイントタイプのナイフだった。刺すよりも切ることを重視したナイフで要望通りの物だった。


「ありがとう。では借りていきます。そういえばあなたの名前を聞いていなかったな、教えてもらえるかな?」


「すみません自己紹介がまだでしたね。私はナルミアと申します」


「ナルミアか、良い名前だ。じゃあ行ってくるから、戻ってきたらまたよろしく」


 そう言い残し役所を後にする。


 つづく

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