第3話 零れ出る息
ヘレナからの答えは直ぐに返ってきた。
「教会にいる子供たちの遊び相手になっていただけないでしょうか」
頼み事は意外にも簡単なもので、真白は少し拍子抜けしたようだった。
「一日中とは言いませんが、昼頃から夕方くらいまでの間に2、3時間ほど相手をしてあげてほしいのです」
「子供の相手であれば自分でも出来ましょう。特にやることもないですから、今から子供たちに挨拶も兼ねて遊んできましょうか」
そう言って真白たちは部屋から出て、ヘレナが庭園で遊んでいた子供たちを集める。
子供は男の子7人、女の子5人の全員で12人。いずれも10歳前後といった感じである。
「今日はお客様が来ています。マシロさんとお供の猫ちゃんです。マシロさん達は今日お泊まりする代わりに、皆さんと遊んでくれるそうなので良い子に遊んで下さいね」
「今ヘレナさんから紹介された真白です、みんなと友達になりたいから、仲良くしてね」
真白は子供たちへ精一杯の優しい言葉を掛けるも、怪しい格好をした青年を少女達は怯える様に身を小さくし、少年達は・・・
「カッケ―!!兄ちゃんの恰好めちゃくちゃカッコイイな。どこに売ってるんだ?」
声を張り上げ真白の元へ駆け寄って来た。思春期入りたての男児には魅力的なのだろう、その服装のお陰で少年には好印象だった。
「こら!お客様に失礼でしょ!私の名前はアイカ・フリージアといいます。よろしくお願いします」
そう少年達に怒鳴った女の子は青い髪を一つに後ろに纏め、綺麗な白いワンピースを翻しながら大きな黄色の瞳を輝かせていた。
アイカはこの教会の孤児達のリーダーなのだろう。少年達が大人しくなり、それぞれに自己紹介を始めた.
止まることを知らない暴れ馬のようにのべつまくなしに喋る子供達の自己紹介を聞き終わる頃には、安請け合いし過ぎたかなと少し後悔をしていた真白だった。
それからも止まることを知らない子供達と庭を走り回り、真黒をおもちゃにするのを止めたりと、ずっと動きっぱなしであった真白を助けてくれたのは教会から戻ってきたヘレナだった。
「みなさん、これから夕食の準備をしますのでお手伝いよろしくお願いします」
ヘレナと子供達の夕食の調理を手伝い、あっという間に調理は終わった。
子供達からのお願いということで夕食は一緒の席で食べる事になった。
夕食は真白が泊まる建物に隣接された孤児院棟にある食堂で、教会に就いている者も全員集まり食卓を囲んだ。
今教会にいるのはヘレナともう一人バサルタスという修道士のみで他の神父や修道士らは出払っているとのことだった。
バサルタスは少し目付きが鋭く、体格も割合がっしりとしているため高圧的に見えるが、物言いは優し気な壮年の男性で、外出した他の教会の者達の代わりにと派遣されてきたらしい。
食事が始まり、子供たちがわいわいと騒ぎながら食べるのを見ながら、真白も食べ始める。
夕食は野菜と鶏肉のスープにパンとフルーツだった。野菜は前世と同じような物が多く、味も似ていた。鶏肉は何の鳥かは分からなかったが、加工がほとんどされておらず、血抜きと羽が毟り取られている状態で、食品加工、保存、サービスの発展もあまり進んでないようだった。
しかし、調味料の種類は多く、塩、胡椒、砂糖は当然のこと、醤油に似たものや前世ではなかったような物まである。
そして、真白が驚いたのは味付け方法だった。調理の際に使用する調味料はひとつまみの塩や香草のみで、他の調味料は食べる直前に好みで加えるというものだった。
色々な調味料を試しながら食べる夕食の最中、真白はヘレナとバサルタスに街の事を聞いてみる。
「この街はやはり魔人族が多いですね。ここにいる皆さんもそうですし、教会に来る道でも他の種族の方々は見かけなかったですし」
魔人族の街であるから当然のように魔人族が多く、ヘレナやバサルタスに子供達も真白と同じように側頭部から角が生えていた。唯一最初に真白の格好に目を輝かせた少年のみ角が生えていなかった。しかし、角に代わるように両腕が赤黒く、鱗のような物が所々にあった。
「そうですね、他種族の方達は少ないですね。それでも他の種族の国と比べれば多いと思いますよ。他の国では他種族であるというだけで差別され搾取に暴行される事がよく起こると言われてますからね」
「ヘレナさんの言う通りですね、しかし最も多くの種族のいる国と言えば人族の国ですかね。あの国では他種族を奴隷として扱っている者が多いですから」
そう言うヘレナとバサルタス。
「魔人族としては、他の種族の方々を嫌うということはないのですが、相手側の態度があれですと信用に欠けてしまうのが否めないですね」
ヘレナの言葉を受けて真白は街に入るときに煩かった商人の事を思い出した。
どんなに性格の良い人でも初対面であれば外見で判断してしまう。そして、種族の外見が大きく違うこの世界ではそれが顕著なのだろう。さらに言うのであれば、種族毎の性格や意識は殆ど当て嵌まっていて、他種族に平等な人族などは奇跡的な者なのだろう。
「それにしてもマシロさんはあまり世情に詳しくないのですね。魔人族であるのに、魔人族のこともあまり知らないようですし」
ヘレナはおっとりしている為か特に疑いの目を向けられることはなかったが、バサルタスは違うようだった。真白自身も何故疑わないんだと思ってはいたようで、逆に安心していた。
「自分もヘレナさんがあまりにも疑いの目を向けないので驚きましたよ。まぁ、それでもただのど田舎出身のせいで全く外の世界を知らないってだけですよ。16になって村を出たのはいいんですけど、あまりにも知らないことが多すぎて驚きっぱなしです」
全く動揺などを見せずに道中に適当に考えた自身の設定を口にする。
それでもそのくらいは誰でも考えるような理由で、バサルタスはあまり信じていないようである。
「今日街に入った時も衛兵の方から侵入者に城主が狙われたと聞きましたからね、まだ捕まっていないようですし、警戒は必要ですけど、出会う人全員を疑っているようでは疲れてしまいますよ。それよりも聞きたいことがあるのですがいいでしょうか?」
笑いながらバサルタスの視線を流し、これ以上話すと面倒だと思い話題を変えた。
「なんでしょうか」
「明日、路銀を稼ぎたいのですが、何かないかなと思いまして。ここらでは誰でも受けれるような仕事とかはないんですかね?」
明日からの資金集めに何か手頃なものがないかと聞いてみるが。
「ここらではあまり日雇いの仕事はないですね。あるとすれば役所の前に依頼用の掲示板がありますので、そこで探してみるのはどうでしょう。街中での仕事は滅多にないですが、外に薬草を取りに行ったり、野獣の退治などの依頼がよくありますから。腕に自信がおありでしたら行ってみると良いかもしれませんね」
ヘレナにいい情報をもらったと礼を言い、食べ終わった食器を片付け、子供たちにおやすみと挨拶をして、自身の部屋へと戻った。
真白は倒れこむように硬いベッドに体を投げ出す。
「あ〜疲れた〜」
思わず漏れてしまう心の声。そこに一匹の猫が声を掛ける。
「お疲れ様でした。どうでしたか、異世界転生1日目わ」
「感想と言われても特別何かあった訳でもないからな。まだ何も始まってすらいないから何とも。最初は地道に行くしかないだろう。RPGゲームよろしく、聞き込みと図書館で情報収集、レベリングと資金集め。やる事が沢山あり過ぎて、いつ目的が達成できることやら」
「すぐに解決出来るような問題ではないので仕方ないですよ。まだ多少の余裕はあるはずなので、慌てることはないと思いますよ」
真白の事を心配してか、真黒は時間的余裕はまだあると言及するが、真白の気は腫れないようだった。
真黒は不安気に真白を覗き込むと、真白に抱き上げ膝の上に乗せる。
「猫のようにマイペースが一番だな。とりあえず今日集まった情報を整理しようか。わからない所や知っている所は教えてくれ」
そう言い部屋に備え付けられていたメモ帳とペンを取り出し、話し始める。
「まず、魔人族の他の種族に対する印象だが、これは思った程悪くはない。対象者が少ないが、衛兵やヘレナさん達の態度から見ても種族そのものを悪く見ている訳ではないというのはよかった。魔人族以外がちゃんとした態度を取れば労せず和平交渉とか出来るだろうな」
「そうですね、私も同じように思います。しかしながら、他の種族にちゃんとした態度を取らせるというのが一番大変なのでしょうが」
そう真黒が顔を落として言うと、真白も苦虫を噛んだような嫌な表情をして笑っていた。
「まぁ、本当にそれが一番の問題だろうな。どんな理由で戦争をしているかまだ分からないが、現状は話し合う以前の問題だな。街に入る時に突っかかってきた商人の性格が標準だとしたら、骨が折れるなんてものじゃなさそうだな・・・はぁ」
真白はあんな性格の人間にこれから立ち向かうことを考えると、思わずため息が漏れた。真黒も耳と尻尾を垂らし同じように項垂れる。
「そこは仕方ないから諦めよう、当面人間はああいう性格の者達だと思って行動しよう。他の種族に関しては、まだまだわからないところが多いから保留だな。最後に、今回一番の問題は数日前に城に侵入したっていう誰かの事だな」
真黒は真白の問題提起を不思議に思い、首を傾げる。
「なぜその侵入者の事が問題となるのでしょうか?私たちとは関係ない方だと思いますので、こちらはこちらの事を進めれば問題ないと思うのですが」
「それもそうなんだが、まず第一に教会の修道士バルサタルに怪しまれている。お金がない自分たちがここを拠点として使うには大きな障害となる。第二に侵入者を捕まえれば城主に恩を売れる。これは後々の行動にも大きく有利に働くと思う。第三に・・・」
真白は第三にと言い言葉を切って溜めを作る。すると真黒は気になると尻尾がそわそわする。
「第三に、物語の主人公たちはこういう事件に首を突っ込んで行くものだろ?やってみようじゃないか主人公」
そう言って真黒を撫でると嬉しそうに喉を鳴らす。
「だけどそれには努力も必要だ。まずは魔法の使い方を教えてくれ」
すると真黒は膝から机に飛び乗り、マシロの方へと向き直る。
「おほん、それでは僭越ながらわたくしが真白さんの魔法教師となりましょう」
小さいながらも張る小さな胸とその態度に真白は薄笑いを浮かべながらはいと返事をする。
「この世界の魔法は発動自体は然程難しくはありません。魔法の発動イメージをしながら魔力を練り上げ、呪文の詠唱をするです。詠唱は決まった物はないので、イメージを補完する言葉でしたら大丈夫です。さらに言うなれば、イメージがしっかりしていれば呪文も必要ありません」
「となると、呪文の定型文なんてものはないということか?」
「ないという事はないですが、それはこの世界の住人が設定したもので、元々定型化する必要がないのです。定型化してしまうと逆に自由度を失う恐れがあります。ですが組み合わせによっては強力な魔法も出来ますし、詠唱した方が安定しますね」
真白は真黒の説明を受けてさらに質問をする。
「それなら、威力はどう決まるんだ?」
「威力に関してもイメージによるところで決まります。呪文にすると『出でよ火』よりも『出でよ炎』、『爆炎』など表現を変えることで威力の制御と補完をすることができます。ですが、最終的には消費魔力で発動不発が決まりますので魔力が足りなければ高威力の魔法も意味がありません。
さらに言うなら、魔力の制御も正しくしなければイメージ通りの結果とはなりません。ですので、真白さんにはまず魔力の制御を覚えてもらいます」
「わかった。どうやって練習すればいい?」
すると、どう説明したものかと真黒が悩む。
「説明しにくいなら、一度見せてくれないか?」
真白が聞くよりも見れば分かると思い実演を頼むも真黒から返事がない。
不思議に思った真白が真黒を見ると耳を伏せた真黒が固まっていた。
「もしかして、魔法使えないのか?」
そんなことはないだろうと思いながら恐る恐る聞いてみると、真黒がビクンと跳ねる。
まさかの展開にこめかみを抑えながら小さな溜息を零すと真黒は反論の声を上げる。
「仕方ないじゃないですか、真白さんを送るので精一杯だったんですよ。もう一人を送る余裕なんて無いですし、私自身が現界出来たり、この世界の人を動かせたなら、そもそも真白さんに頼みませんよ!ぐすっ。
猫に意識を写して送るので限界だったんですよ〜」
真黒が泣きながら訴えるのが可愛らしく、真白は思わず頭を撫でてしまう。心は泣いているのだろうが、猫の体は撫でられるのが気持ちいいのか、尻尾が嬉しそうに揺れる。
「一度見てみたかっただけだから、それに見ないと出来ないって事でもないだろ?気にするな」
真黒を宥めながら真白は天井を仰ぎ見、心の中でまた小さな溜息を吐いた。
つづく
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