第2話魔人は呆然としている
草原を歩く一人の青年。
背は年齢からみるに平均以上であろうか。纏う衣服は、思春期に発症する特有の病における痛々しい格好で、全身真っ黒の中に血のように赤いラインが入っていた。一番の特徴は、頭髪であり、衣服とは正反対の何色にも染まっていない純白で、側頭部からは魔人族の象徴でもある角が生えている。
そう、
「まさか、自分が魔人族だとは。前も人間だったからそのまま人間だと思っていたのに」
自身が普通の人間だろうと信じて疑っていなかった
「肉体を与える時に言ったじゃないですか、種族は魂によって決まるって」
そう答えるのは真白の頭で延びている黒猫の
「それでも以前人間だったなら、同じ人間になると思うだろ」
真白は不貞腐れ、真黒に文句を言わずには居られないようだった。
「もうその辺で拗ねるのはやめて下さいよ。それに魔人族は人間よりも優性種なんですよ。他の種族と比べても魔力や基礎能力など殆んどの面で他の種族より優れているんですよ」
真黒は頭の上から説明を始めた。
アッシャーに住む種族で最も多いのが人間で、最も弱いのも人間である。人間は魔力の扱いが上手く出来ず、身体能力も高いとは言えない。唯一他の種族より優れているのは知恵である。他種族が想像もしないような事をを考え、自身の弱さを補う力を手に入れ、現在アッシャーで最も繁栄している種族となっている。
次いでエルフとドワーフ。彼らは精霊と人間の混血種と言われており、精霊魔法や錬金術など、自身の力ではない力を操るのを得意としている。
身体能力もエルフは俊敏さ、ドワーフは膂力と優れている。
共に起源が同じ精霊といわれているのに、啀み合い争いが絶えないと言われている。
獣人族は最も魔力の扱いが下手で、最も身体能力の高い種族である。絶望的な魔力制御を有り余る身体能力でカバーし、近接戦闘の場では一騎当千の能力を発揮している。
しかしながら猪突猛進な性格から、簡単に罠にはまったり、魔法や弓を無視して突き進み、的にされるなど単騎での戦いは得意でも大きな戦闘になる程脆くなる種族でもある。それでもアッシャーの主要な種族として名が出るのは、その弱点をして尚強いからである。
魔人族、彼らはこの世界で最も強いといわれている種族である、魔力、身体能力、知力ともに各種族のトップと並び。それでいて他の種族と違い、争いを好まない。そのため少数部族や、他国から逃げてきた難民の保護も行うなどもしている。
文化的にも他の種族と比べて発展しているため妬まれているが、その強さから誰も手出しができないでいる。
そんな説明を真黒から聞きながら歩いていると、街が見えてきた。山に3方囲まれた盆地に建物群があり、中心地には山と見紛うほどの城が聳え立つ。建物群は石積みやレンガ造に見える、4,5階建ての建物が城を中心に放射状に綺麗に配置されていた。
街の入り口には高い尖塔が2本立ち、侵入者がいないか監視しているようだった。尖塔の両脇には塀があるものの、低く簡単に乗り越えられそうなものであった。
そのまま街を視界に入れたまま1時間程歩き、街の入り口である検問所に着いた。
検問所には数人の商人と思しき者たちが衛兵と話していた。
「我々はこれからこの街で商いをしようと思い来たのですが、どうして入れて下さらないのですか?」
どうやら商人はこの街で一儲けしに来たらしいのだが、衛兵に止められ街の中に入れてもらえないようだった。
「この街では、他種族の紹介状をお持ちでない者は入れることができないのです。申し訳ないですが紹介状をお持ちになって再度お越しください」
衛兵は商人に丁重に断りを入れて対処しているようだった。真白は触らぬ神に祟りなしと商人の横を通り過ぎ、別の衛兵に話しかけた。
「すみません街に入りたいのですけど」
そう声をかけると一瞬訝しむものの、すぐに顔を和らげて答えた。
「申し訳ないのですが、他の町での犯罪歴や種族を偽っていないか確認するために、この水晶に手を翳していただけないでしょうか」
そう衛兵は言い懐から手のひら大の透明な球体を取り出した。
衛兵の言い方から暗に貴様は怪しいから調べさせてもらうと言われているようで、良い気はしなかったが、郷に入っては郷に従えというように、その街の決まりであるなら仕方ないと手を翳した。
真白が水晶に手を翳すと水晶の中で小さな炎が灯り揺らめく。炎はそのままだんだんと小さくなり消えていった。
真白は水晶がどうなったらまずいのかわからないため、不安そうに見ていたが衛兵の表情を見るに無事だったようだ。
「ありがとうございます。無事確認できましたのでお入りください」
「いえいえ、こちらこそ。それにしてもわざわざ種族を偽って入るような人がいるのですか?」
真白は疑問に思ったことを軽く言ったつもりだったが、衛兵はそう取らなかったようで表情を険しくして答えた。
「つい先日のことなのですが、魔法により種族を偽り街へと侵入した者がおり、その者が城へと侵入し城主の首を狙った事件があったのです。それからは同じようなことがないようにと、こうして検問の際に調べているのです」
「それは災難でしたね。では、お仕事の方頑張ってください」
真白は衛兵に労いの言葉を掛け門を通ろうとすると、後ろから大きな声が聞こえた。
「どおいうことだ!私たちがダメでなんであんな得体の知れない恰好をした餓鬼を通すんだ!よっぽど私たちの方が善良に見えるだろう!」
案の定喚き散らしているのは、先程衛兵に言い寄っていた商人であった。真白はこうなることが予想できていたのだろう、渋い顔をして足早に去ろうとしたところで商人が声をかけてきた。
「そこのお前!無視して行こうとしてるんじゃない!私が入れないのにお前のような奴が入っていい道理はない」
真白はそのまま無視を決め込むのかと思いきや、立ち止まり商人の方に向き直り呆れ顔で口を開いた。
「街に入る為の規則を守れない人が、街でまともな商売するとは誰も思わないだろうよ。入りたいならちゃんと紹介状持ってきなよ〜」
それ以上話すことはないと後ろ手に手を振り、後ろから聞こえる喚き声を無視して街の中へと歩を進めた。
街の中に入ると真白は驚いた。
よくあるファンタジーの世界と似て、中世の欧州の雰囲気があるものの、綺麗に区間整備された街並みは近代を思わせる程の都市計画だった。街の入口から城まで続くメインストリートは広く、幅2、30メートル程だろうか、両脇には商店が並び人が多く行き交っている。
中には人力車や馬車、見たことのない生き物が引いているものもあった。さらに驚いたのは信号機の概念があった事だろう。機械ではなく手信号であったが、真白が生前住んでいた世界に似たものを感じたようだった。
「思ったより発展しているんだな」
この世界で初めて見た街の感想だった。
「この世界は真白さんが以前住んでいた世界と同時期に創られた世界なので、誤差はあるものの同じように発展しているのですよ」
「それでも科学の面ではあまり進んでいないように思えるな」
周りを見渡しても電線やアンテナ、電子機器は見当たらず、街灯は見えるものの電気で点くようには見えなかった。他にも、蒸気機関や内燃機関の乗り物も見当たらない。
「科学はそれほど発展していません。代わりに魔法による発展を遂げています。あちらに見える街灯も魔法科学により作られたものですね。それに真白さんの住んでいた世界でも、急激に発展をし始めたのは世界ができてから何十億年と経ってからですし」
そんな話をしながら街を散策していると、真白が気付いたように口を開く。
「そういえばこれからどうしたらいいんだ?」
真黒にこの街に向かえばいいと言われ、特に何も考えずに街まで来たものの、この街でやるべき目的も特にない。この旅の目的と言えば争いを止めることだが、どこで何が起きているかもわからないため動きようがなかった。
「この街に来たのは、この世界の常識や戦闘方法を学び、情報収集とお金稼ぎに来ました」
真黒はこれからの事をちゃんと考えていたようで、まず知ることから始めるとのことだった。実際、真白はこの世界の事を全くと言っていいほど知らない。知らないというのはかなりのハンデであり、全ての争いを力のみで解決するということはないだろう。そして、交渉には知識が武器となる。それが全くと言っていいほど足りない真白はこれからこの街でお勉強するというわけである。
「大体の事は理解したが、今無一文なんだが今日の宿とかはどうしたらいいんだ?教会や寺みたいなところがあるなら、そこで泊まれないか頼んでみるんだが」
「察しが良いのですね。今日泊まる場所はこの街にある教会に頼もうかと思います。何かしら教会で仕事をすることで、お金がなくとも泊まることができますので」
そう真黒から説明を受けて道すがら人に場所を訪ね進む。教会は街の中央にある城と検問所の真ん中から少し外れた通りにあり、簡単に見つかった。
目的地に着くと周りとは全く雰囲気の違う建造物が現れる。街の建物の殆んどが石造やレンガ造であるのに対し、教会は木造であった。
屋根のみスレートを使った物だろうが、それ以外は油系塗料にて木目を際立たせ、開口に柱は彫刻により美しく化粧されていた。
中に入ってもそれは変わらず、全て同じ種類の木材を使用された内装は均整が取れ、外界とは異なる神聖な空間と感じさせた。
真白が礼拝堂でキョロキョロと周りを見渡していると修道服を着た女性が近付いてくる。
「ようこそルナームの教会へ。ご用件は何でしょうか?」
修道女は定型文の挨拶を笑顔で掛けてくれた。どこの誰にでも同じ様に挨拶するのだろうが、修道服を大きく凹凸させる豊満な肉体に、腰まで伸びた金糸のように輝く髪、見た者を釘付けにする顔立ちでは声を掛けた瞬間に勘違いしてしまう男どもが後を絶たないだろう。
真白はその修道女の端整な顔立ちに驚くも、顔には出さずに答える。
「旅の途中にこの街に寄ったのですが、少し前に路銀が尽きてしまい宿に泊まる事が出来ず困っておりまして。申し訳ないのですが、一泊だけでも泊まらせて頂けないかと。宿泊の御礼は何も出来ない身でありますが、お手伝い程度の事であれば出来ると思いますので」
真白は適当な理由を述べて頼み込むも、修道女は怪しい者を見るような目でマシロの全身を見る。
真白は先ほど地上に降りたばかりで衣服に汚れもなく、疲れなども見られない。しかも旅に必須の荷物を何一つ持っていない。怪しさ満天な服装をしていれば仕方ないだろう。
「それは大変でしたね。本日は他に同じ様な方もいらっしゃいませんから大丈夫ですよ」
そう言って修道女は返答すると、再び訝しげな目で真白を見る。
「寝床を与えてくれる神と貴女に感謝を。申し遅れました、自分の名は真白と言います。今日一日よろしくお願いします」
見た目に対してまともな事を言うマシロに困惑しながら修道女も自己紹介をする。
「ルナーム教会にて修道女をさせて頂いておりますヘレナと申します。こちらこそよろしくお願いします」
ヘレナは恭しく礼をした。
真白はお互いの自己紹介を終え、旅のお供の一匹を紹介しようとしたところで頭の上に真黒がいない事に気がついた。
「どうかなさいましたか?」
今度はヘレナが不思議そうに真白を見る。
「もう一匹連れの者を紹介しようかと思ったのですが・・・」
周りを見渡してみると礼拝堂の祭壇の手前で奥に置かれた女神像を眺めている真黒がいた。
真白は真黒を呼ぶも耳に届いていないようで反応がない。
真白が近付いても気付いていないようでブツブツと大きいだの小さいだのと独り言を呟いていた。
真白は真黒の首根っこを掴み持ち上げ肩に乗せる。
「これが自分の連れの真黒と言います、ちゃんと躾てありますが、何かしてしまったときは教えてください」
ヘレナは連れが可愛らしい猫だったため、顔を綻ばせるも直ぐに引き締め教会内を案内してくれた。
教会の袖廊を通り外に出ると、教会の中庭に出た。中庭は石を敷き詰め、中央に噴水が設けられており、噴水から少し離れた位置に花壇が囲むように配置されていた。
派手に彩られる事なく、それでいて綺麗に手入れされた中庭には十人程の子供達が走り回っていた。
「この子達は戦争などで親を無くし、身寄りのない子達なのです」
戦時中であれば戦争孤児が生まれてしまう。魔人族はまだ主だって大きな戦争をしていない為この教会で保護している子供達は少ないが、他の種族の国であればまた違う話なのだろう。
真黒は戦争による代償を痛々しい表情で生傷を見るように目を逸らした。
少し重い空気を漂わせながら、中庭を挟んで反対側にある長屋のような建物に着いた。
「こちらがお部屋となりますので。備品等の盗難や破損等の問題が起きましたら、それ相応の覚悟をしておいてくださいね」
身元不明の者を泊めるのだから当然といえる忠告だった。
真白は了承したと頷き、部屋の中へと案内された。部屋は4メートル四方にベッドと机が置かれていた。無料であることを考えれば充分といえる。
「思った以上に良い部屋でよかったです」
部屋の状態が良かったことに真白は安堵した。続いてこれからの事を聞いてみる。
「それで、自分に手伝えることって何かありますか?」
真白は泊めてもらう対価として提示した労働が何になるか聞いてみる。
つづく
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