心の樹 <黒の猫と白の魔人>
@amane1028
第1話始まりは白
「初めまして。私の名前はケテルです」
見渡す限り真っ白く何も見当たらない空間で、さらに際立つ白の髪を腰まで垂らした一人の女性が自己紹介をする。
しかし、自己紹介している相手の姿が見当たらず、誰に自己紹介をしているのかわからない。だが、よくよく見ると女性の前には黄色く光る小さな球が佇んでいた。
ケテルと名乗った女性はその光球に向かって再び話しかける。
「急な召喚に応じて下さり誠にありがとうございます。今回お呼びした理由は天国での生活に飽きてきたとの貴方様のご要望に応えまして、異世界への転生をして頂こうと思いお呼びしました」
ケテルが説明すると、光球が発する光が大きく明滅した。
「ですが、こちらとしても何の理由もなく転生は行えませんので、転生した先で一仕事してほしいのですが問題ないでしょうか」
光球はケテルの言葉を受けて、考え黙り込むように動かなくなった。
そして、意を決したように光球が急に強く光り、ケテルの頼みを受け入れる返事をしているようであった。
ケテルは光球の声が聞こえるのか、光球の返答に感謝の言葉を返し、話を再開した。
「ありがとうございます。もしご依頼が成功した暁には、叶えることが可能な願いであればどのような願いでも叶えて差し上げます」
その言葉を聞いた光球は今までで一番強く光り、そわそわと揺れ動いた。
「まずは、行って頂く世界の説明と依頼についてご説明致しましょうか。
その世界の名はアッシャー。人間やエルフ、ドワーフ、獣人、魔人族が住んでいる所謂ファンタジーな世界です。そして、その世界で問題となっているのが世界中で起こっている争いです。
貴方様が生前過ごされた世界でも様々な争いは有りましたが、最終的には小競り合いがあるものの、多くの国々は平和な日常を得られていたはずです。
しかし、アッシャーでは持っている力に対して文化が発展しておらず、争いは互いを滅ぼし尽くすまで収まらないほど凄惨な状況にまで陥りつつあります。そのため貴方様にはアッシャーで起こっている争いを出来る限り止めて欲しいのです。
一人の力では全ての争いを止める事など出来ないかもしれません。しかし私には貴方様をアッシャーに送る程度のことしかできないのです。どうかお力をお貸しください」
そう言いケテルは頭を下げた。
光球は特に変わらず揺らめくだけであったが、ケテルが顔を上げるとその表情が満面の笑みになっていることからいい返事を貰えたのだろう。
「では、まず肉体を与えましょう。種族や容姿は魂によって決まりますのでご容赦を」
そう言うとケテルは光球に手を翳した。すると次第に光球は大きくなり、目を伏せたくなるほどの眩い光りを放った。
光が治るとそこには一人の青年が立っていた。白い空間とは正反対の黒に血のような赤のラインの入った衣服を纏い、ケテルと同じ純白の髪をした青年が。
青年は閉じていた目を開き、自分の体を確認するように触っていた。
「転生先では既に小さな争いが始まっているのですから、赤ん坊から転生したのでは手遅れになってしまいますので」
そうケテルが説明すると、青年は理解したようで納得の表情をしていた。
青年は更に体の具合を確認する為なのか屈伸や背伸びをし、懐かしい生身の感覚に口元を緩めていた。
確認が終わったのか青年はケテルに向き直り、口を開いた。
「多少違和感があるが問題なさそうだ。ありがとう」
そう青年が感謝の言葉を述べるとケテルは気にするなと目を伏せて答える。
「とりあえず新しく生まれ変わったわけだから、前と同じ名前というのは嫌なんだが、一応生みの親のあなたに名付けてもらいたいのだけどいいだろうか?」
ケテルはそんなこと言われると思っていなかったのか少し驚いたような表情をした後、今までで一番難しい顔をした。
あまりの真剣な表情に青年が冷や汗を垂らし後悔をしてから、10分程経ってケテルが口を開く。
「
少し恥ずかしそうに言うケテルに青年はペットじゃないんだからと、思った以上のネーミングセンスの微妙さに苦笑いだった。
「ま、まあ良い名前なんじゃないかな?自分じゃ特に思いつかないし」
そう青年が感想を言うとケテルは気に入ってもらえたと喜んでいた。そして、青年は真白と名付けられた。
名付けが終わってからは、真白がこれから行う仕事についてケテルに質問をする。
「争いを止めるには多少なりとも武力が必要なわけで、その問題はどうしたらいいかな?」
争いを止めるということは争いに参加するということで、争いの理由にもよるが力尽くに解決という可能性もある。もしそうなった場合のために真白には戦う力が必要になるのだが。
「それには及びません。所謂チートというやつでしょうか。真白様が生前いた世界では、異世界に転生して途轍もない力を得た主人公が暴れ回るという創作物が多くありましたが、私もそれらの創作物が大好きなのです。ですので、それに倣うようにそれなりの能力が付与されております」
そうケテルが主人公最強系の創作物が好物だというカミングアウトに呆れつつも、それなら大丈夫だと納得する。
だが、そうなると一つ問題が発生する。
「大きな力が手に入るのはいいんだが、物語の主人公のように初めから大きな力を操るなんて自分には出来ないし、大き過ぎる力持ってしまうと技術が身に付かないから、出来れば成長を早くするような物の方がいいかな」
これから戦いに行くのに戦い方も分からず、力任せに闘って勝ってしまうようであれば、当然技術を身につけることが出来ず、さらには普段の生活にも支障をきたす可能性もあるのだ。
ケテルは真白に向かって手を翳す。すると真白は淡い光に包まれた。光はすぐに収まった。
「これで能力の方は変更出来ましたので。他に気になることはございますか?」
少し悩むように口を閉ざすも、すぐに口を開く。
「あとは、行く世界がファンタジーなら当然魔法があると思うんだが、どうすればいいか分からないから、教えてもらえるだろうか。それと、争いを止めると言ってもずっと戦っているわけではないだろ?だから、一緒に旅を楽しむ仲間が欲しいな」
真白が言うように魔法は存在し、物によっては習得には独学では無理があると考えた真白の返事は尤もである。ケテルもわかっているのか、それに関してはなんとかすると返事をしたが、最後の願いが不思議でならないようだった。
「魔法に関してはわかりましたが、仲間に関しては何故でしょうか?新たな世界で探すというのも旅の醍醐味ではないでしょうか?」
当然世界中を回って争いを止めるのだから、旅の途中で多くの人との出会いがあるはずで、その中には真白と気が合い一緒に旅をしたいと言う者も現れるだろう。それなのにわざわざケテルに仲間が欲しいと頼んでいる理由が分からなかった。
「何と言うか、自分は寂しがりなんだよ。当然いろんな出会いと別れがあるのは仕方ない。けど、やっぱり別れるのは寂しいから絶対離れない仲間が一人は欲しいと思ってね」
寂しいと言ってはいるが、真白の表情は寂しいというよりは悲しげな表情をしていた。
ケテルもその表情の理由がわかったのだろう、同じように少し暗い表情をしたが、直ぐに明るさを取り戻した。
「わかりました、お仲間の件なんとかしてみましょう!」
そうケテルが勢いよく返事をすると、真白の体がまたしても白い光に包まれる。
「そろそろ時間のようですね。詳しいことは地上に降りたときにお仲間にお尋ねください。それでは真白様のご活躍をお祈りいたします」
ケテルの祈りの言葉を受け取り真白は笑顔で返す。
「行ってきます」
真白の挨拶に驚きつつも同じように笑顔で送り出す。
「行ってらっしゃい」
そして光が全てを呑み込み何も見えなくなった。
† † † † † † † † † † † †
緑の絨毯。その言葉を正に体現する風景が広がる。周りには遮るものは何もなく、遥か先には天を衝こうかというほどの山脈が見える。
そこに一人の青年が立っていた。こんな何もなく見晴らしのいい場所でキョロキョロと周りを伺う様子は怪しいの一言に尽きる。
青年は周りの様子を伺いながら数分が過ぎる。いくら時間が経っても何も起きず、残念そうに顔を落し、独り言ちる。
「仲間を呼んでくれるって言ってたけどいないじゃないか…」
誰かと待ち合わせをしていたのだろうか。待ち合わせ場所にしては全然相応しくない場所なのだが。
「私はここにいますよ」
青年の独り言に対して返事が返ってきたが、再度周りを見渡しても人影はなかった。
「ここですここ」
声は青年の頭の上から聞こえたようで、頭の上を手で触って確認すると1匹の毛玉がいた。
毛玉が青年の頭から飛び降りると、そこには青年の輝くような白い髪とは正反対の真っ黒な毛並みの猫が。
「初めましてですね真白さん」
そう猫が言い放った。猫の返事に真白と呼ばれた青年は固まって動かない。猫は固まって動かない真白を小さく柔らかい前足で突いて遊ぶ。
突かれた真白はハッと魂が戻ってきたように復活し、猫を抱き上げる。
「仲間を頼んだけど何故猫なんだ。しかも喋ってる」
開口一番に突っ込みが入る。
「真白さんが寂しいって言っていましたから愛らしい方が良いかと思いまして。ファンタジーなんて何でもありですよ?これから驚くことなんて山ほどあるんですから、今の内に慣れておきましょう」
猫は可愛いだろうと得意げに胸?を張りドヤ顔である。
「まあ、使い魔みたいなものですよ。それと先程の魔法習得の件ですが、私が魔法の方をお教えしますので、よろしくお願いしますです」
そして猫は真白の頭の上に乗り、だらけ始めた。
真白は一呼吸置いて気持ちを落ち着かせた、ケテルにこの世界はファンタジーな世界だと聞いて覚悟はしていたが、実際目の前に現れると今までの現実と違うせいか固まってしまったが、これからも更に不思議なことが起こるのは猫が言った通りであるので、心と頭の中を整理して受け入れる。
落ち着いたのか真白が口を開く。
「まっ、なるようになるか。これからよろしく頼むよ。
ところで君の名前は何て言うんだ?」
「名前はまだないんですよ、よければ一緒に考えてくれませんか?」
そう猫に言われて考え始めたが、すぐに猫が切り出す。
「真白さんが白色から来てるので、
全くもって微妙である。真白の名前でもそうだが、ネーミングセンスがない。
そして、その猫のネーミングセンスから導き出された疑問を口にする。
「あんたもしかしてケテルか?」
すると猫がびくっと跳ねるのを頭に感じる。どうやら当たりである。
しかし猫の方は白を切るつもりのようで。
「ち、違いますよ!ケテル様に創造していただいたために、多少似通った所があるだけで、一緒に旅がしてみたかったとかではないです!」
という感じでボロが出ていたが猫は気付いていなかったようなので、真白は特に何も言わずに、笑いを抑えながらわかったと答えた。
「真黒、いいんじゃないか?」
そうして猫の名前は真黒という名に決まった。
とりあえず一人と一匹は一番近くにあるという街に向かい歩き始めた。
周りに何もない為、景色は代わり映えしないが、空気は澄んでいて美味しく、歩いていて元気になれる天気だからか、真白の足は軽やかだった。
「ところでその街まであとどのくらいなんだ?」
「たしか20キロ程歩いたらあるはずです」
マグロの返事に真白は少し足を重くしてしまった。
「もう少し街の近くに降ろしてくれてもよかった気がするんだが」
「まあ、いいじゃないですか、こういうのも旅の醍醐味の一つですよ。物語などでは数行で終わってしまう場面でも、現実では何時間も掛かるものなんですよ」
そう真黒は言うものの、実際歩いているのは真白のみで、真黒は頭の上で絶賛寛ぎ中であるので、説得力に欠けてしまう。
それからは文句を言わずに黙々と街へと歩を進める。
2時間程経って一呼吸置いてから再び歩き、真白は街について質問をした。
「今向かってる街はどんな街なんだ?」
「街の名前はエイブラです。規模としては真白さんの感覚で言えば小さ目な街ですね。人口は5万に届かない程度で、そのほとんどが魔人族となっています」
「そうなのか、魔人族って所謂ファンタジー世界の魔族みたいな種族だろ?そんなところに自分みたいな人間が行っても大丈夫か?」
魔族といえば魔王など、悪の権化と言われるような者達を想像してしまい、似たような魔人族も同じと勝手に思い込んでいるのだろう。
「残念ながら王道ファンタジーとは違い、この世界の魔人族は最も良識のある種族ですよ。それと真白さんなら街に入っても特に何も言われませんよ、魔人族ですから」
真黒の言葉に固まる。先程真黒が喋ったときに心の準備をしたというのに。
「魔族なの?」
真黒の言葉が信じられないのか、再度確認する。
「そうですよ?立派な角が生えているじゃないですか」
そう言われ頭を触ると、側頭部に二本の硬い物が生えており、真白は呟く。
「マジでか」
つづく
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