10
それからも何回かあたしから陽一に連絡を取り、あたしたちは居酒屋でお酒を飲んでは、ホテルに行ったり行かなかったりした。行くと陽一はいつも大事そうに、壊れ物を扱うかのようにあたしを抱いた。本当に丁寧に、あたしを扱った。あたしはだんだんと陽一が好きになっていた。でもなかなか陽一は「付き合おう」とは言ってくれなかった。あたしは痺れを切らし、ホテルに行ったときにこう言った。
「あたしたちって付き合ってるの?」
陽一は少し戸惑って、いや・・・とかあの・・・とか言ったのち
「みゆきちゃんがいいっていうなら・・・」と言った。
あたしは、陽一があたしの気持ちを尊重してくれることを嬉しく思った。今までの男の人はそんなことしてくれなかった。あたしがそんな対象じゃなかったのかもしれないが。
兎に角陽一はあたしを第一に考えてくれて、あたしの気持ちを優先してくれていた。陽一があたしにしたリクエストは、最初の映画を観たいっていうのと、遊園地に行きたいってうのくらいだった。あとは全部あたしの言いなりだった。
「じゃあ、付き合おう?」
あたしは自然にそう言った。陽一は戸惑っていた。しかしやがてもじもじとして「うん」と言った。
定期的に会ってセックスしてる時点で、あたしたちは始まっていたのだ。それを判っていたのに敢えて訊いて、陽一に答えを出させたかったが、それも叶わなかった。でもあたしは幸せを感じた。初めてあたしをこんなに大事にしてくれる人に出会った、そう思っていた。
あたしは陽一を部屋へと呼ぶようになった。あの真っ赤なベッドであたしたちは何度も抱き合った。その度に陽一はあたしを大事に扱うのだった。
気がつくとあたしはどっぷり陽一にはまっていた。陽一もあたしのことを好きでいてくれているようだった。
あたしは陽一に心を許した。陽一なら多少のことは許してくれるだろうと思っていた。だからそのうち整形のことも話そうと思っていた。
あたしのね、この美しさはね、人工のものなのよ。本当はこんなに綺麗じゃないの。いもむしみたいな顔なのよ。
いつか笑って、そう言える気がしていた。
あたしはまた吐くのを止められるようになった。粗食だけど、栄養をきちんと考えて食べるようになった。自分の体のことを考えた。陽一が大事にしてくれている、あたし自身のことを考えてのことだった。陽一が愛してくれる、あたし自身を思って。
陽一は優しかった。本当に、あたしをとても大事にしてくれていた。陽一はあたしの一つ下だった。営業をしている。あたしが働く会社の取引先で働いていた。所謂中小企業の社員だった。傍目から見れば陽一はさえない男だ。ずんぐりむっくりとしていて、地味な雰囲気だ。顔だって格好良くないし、目は小さかった。鼻は大きくて、口は小さく、パッと見野暮ったい雰囲気を醸し出していた。
だが陽一は一生懸命仕事をし、一生懸命生きて、一生懸命あたしを愛してくれていた。何事にも一生懸命だったのである。その姿は逞しく、頼りがいがあるものだった。不器用だけれど一生懸命ひとつひとつの物事を丁寧に、着実にこなしていた。あたしに無いものをたくさん持っていた。自分の芯とか、信念とか、目標、そして自分。陽一は自分というものをしっかりと持っていた。あたしには無いものだった。
あたしはどこか羨ましかった。容姿に乏しい陽一でも、こんなにも地に足つけて生きていけるものなのか、と自分の浮き足の軽さを少し恥じた。でもあたしには顔がある。今はそれがあるからこうして生きてゆけている。あたしだって地に足付いてる筈。そう思っていた。
その筈だった。
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