9
お正月。あたしはゴミのように過ごした。また食べては吐く生活が始まってしまっていた。でもお餅を食べた後は苦しくて吐けなかった。おかげであたしは少しだけ太った。
仕事が始まり、なんでもない日常が再び始まった。あたしは受付で愛想笑いを振りまいていた。その所為か、あたしに連絡先を渡す男の人は止むことはなかった。
あたしはある日思い切って、そのうちのひとりに連絡してみた。
どうでもよかったのだ。だからどうでもいい人を、大して選ばずに決めた。どんな顔してたかも覚えてないくらいだった。
あたしとその男性は、会うことになり、待ち合わせてすぐホテルに行った。やっすい、昔からあるようなラブホテルだった。
あたしはそこで、その人に体中舐められて、気持ちが悪かった。相変わらずセックスは楽しくなかった。これの何が楽しくてみんなしてるんだろう。そんな風に考えながらその男の人に抱かれていた。
その人とはそれっきりだった。
だがあたしは同じようなことを何回も繰り返した。連絡先を渡してくる男の人には片っ端から連絡した。そしてホテルに行き、抱かれた。何回か関係が続く人も居たけれど、大体一回きりだった。人形のようにただ抱かれるあたしに、みんな詰まらなさを感じたのだろう。
24になろうとしてたころ、同じように連絡先をくれた男性に、顔も覚えてないのにまた連絡した。待ち合わせにきた男性は、イケメンとは程遠い感じの人で、あたしは、はずれだー、と思ったのだった。
身の程を知らない人だな、とも思った。これまで連絡先をくれた男性は、それなりにいい男だった。自分が声をかけても害はない、そう思っているような男の人ばかりだった。
だけどその人は違った。どこか野暮ったい感じの、ずんぐりむっくりとした男の人だった。
あたしはまるで興味が湧かなかった。
あたしは今回も、一回限りだな、と思いつつその人と寝るつもりだった。
だがその人は、ホテルへは行かなかった。観たい映画を一緒に観てくれないか、とのことだったので、一緒に観ただけだった。そのあとも誘ってきたりはせず、あたしを最寄り駅まで送ってくれて、そして別れた。
あたしは意外に思った。あたしに手を出さないなんて、珍しい男・・・。少しだけ興味が湧いた。
あたしはそのあとも色んな男の人に抱かれた。病気と妊娠だけ気をつけて、あとはどうでもいいやと思っていた。たくさんの男の人に抱かれた方が、箔がつくとさえ思っていた。そんな浅はかな考えで、あたしの男性遍歴は大いに汚くなっていった。でも付き合おうという男の人は居なかった。
そんな中、またあの野暮ったい人が会社に来て、メモをあたしに渡した。「また会いたいです」そうメモには書いてあった。新鮮だった。書いてあった電話番号に電話をし、あたしたちはまた会うことになった。今度は休みの日だった。あたしと遊園地に行きたいというからだ。あたしはたまにはそういうのもいいかなと思い、一緒に遊園地に行くことになった。
遊園地でその人と過ごす時間はとても楽しかった。久しぶりに、本当に久しぶりに心から楽しんだような気がした。その人の名は陽一といった。
陽一はその夜もあたしを誘ってはこなかった。そして最寄り駅まで送ってくれて、あたしたちはまた別れた。
あたしはやきもきした。
こんなにちやほやされるあたしを黙って駅まで送って、部屋に来ようともしないなんて、あの男どうかしてる。
そう思った。
あたしは陽一の連絡先を携帯のメモリに入れた。今度はこっちから連絡してやる。
そしてあたしは遊園地に行った次の週末、陽一に連絡をした。陽一はびっくりしているようだった。あたしが「お酒飲みたいの」というと、付き合うよ、と返事が返ってきた。あたしたちは仕事帰り待ち合わせて、普通の居酒屋に行った。そこでした取り止めのない会話は、なぜかとても楽しかった。
陽一は、優しくて、意外に気が利く男の人だった。あたしの飲み物がなくなると「みゆきちゃん、次何飲む?」と店員さんを呼んでくれたりした。「おつまみ足りてる?」そう言ってはメニューを渡してくれたりした。陽一は一滴も飲んでいなかった。
「飲まないの?」
あたしがそう訊くと
「実は飲めないんだ」
と恥ずかしそうに言った。
この人、自分がお酒飲めないのに、お酒飲みたいなんていうあたしに付き合ってくれたの?なんで?疑問が湧いた。
「お酒飲めないのになんで付き合うなんて言ったの?断ればよかったじゃない」
あたしは陽一には何でも言えた。すると陽一は「みゆきちゃんと過ごせるならなんでもいいよ」と言った。
「じゃあさ」
お酒の回ったあたしは言った。
「このあとホテル行こ」
陽一は黙った。
他の男の人なら二つ返事でOKな筈なのに。
「でも・・・」
「でもなによ?」
「酔っ払ってる女性にそういうことするのはよくないよ・・・」
陽一はもじもじとそう言った。
「あたしがいいって言ってるんだからいいじゃない」
あたしはそう言うと、店員さんを呼んで「お会計」と伝えた。「ありがとうーございまーす」と店員さんは元気に言った。あたしがお財布を出してお会計をしようとすると、陽一は「あっ、みゆきちゃん、いいよ」と言ったが、あたしは「じゃあこのあとホテル代出して」と言って陽一を黙らせ、お会計を済ませた。
お店を出てからあたしは陽一の腕に絡みついた。陽一はぎこちなく歩いた。ホテル街まではすぐだった。適当なホテルに入って部屋へ入った。
「シャワー浴びるね」
あたしはそういって先にシャワーを浴びた。
浴び終えると、いつか杉崎さんに笑われたのを思い出しつつ、バスローブで部屋に戻った。陽一はそれをみてパッと目を逸らし俯いた。
「あなたも入って?」
「いやでもやっぱり」
「いいから入って」
あたしは強い口調でそう言った。仕方なさそうに陽一はシャワーを浴びて、そしてバスローブで出てきた。先に横になっていたあたしの傍に座ると「本当にいいの?」と訊いてきた。
「ここまできてシャワーまで浴びて今更やめてよ」
あたしは起き上がって陽一の首に手を回し、キスをした。暫くあたしが一方的にキスをしていたが、やがて陽一はスイッチが入ったかのようにそれに応え、陽一がリードし始めた。
陽一は丁寧に丁寧にあたしを抱いた。慈しむように大事にあたしを抱いた。あたしは初めて自然に声が出た。
あ、セックスって気持ちいいかも、そう思った。それはあたしが回数を重ねた所為なのか、相手が陽一だった所為なのかは判らない。兎に角あたしはセックスって悪くない、そう思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます