8
12月に入ってすぐクリスマスになった。あたしは杉崎さんとデートする予定だったので、その日はおしゃれして仕事に向かった。仕事は順調だった。知らない男の人から連絡先を書かれたメモを渡されたりしていた。あたしはそれを、ゴミ箱に捨てた。あたしには杉崎さんが居るんだもの。心の中はほくほくしていた。その夜杉崎さんは時間を作ってくれた。久しぶりのデートだった。杉崎さんは仕事が忙しく、最近なかなか時間を作ってもらえてなかった。
一緒にイタリアンレストランでディナーを食べた。おしゃれなお店だった。あたしはプレゼントにカフスを買った。杉崎さんは何をくれるんだろう?ひょっとしたら指輪かな?なんて思ってた。
デザートを食べ終わってから、あたしは
「杉崎さん、これ、あたしからです」
そう言ってカフスをプレゼントした。杉崎さんはありがとうと言ってそれを受け取った。その時だった、お店が急に暗くなり、隣の席のカップルが照明で照らされた。それを見ていると、カップルの男性の方が「僕と、結婚してください!」と言って指輪を差し出した。女性の方はびっくりしていた。そして女性は泣いて「喜んで」といい、お店全体で拍手が巻き起こった。
サプライズプロポーズだったのだ。クリスマスの日に。
「いいなぁ・・・」
あたしは拍手しながらついそう言ってしまった。杉崎さんにプレッシャーかけてしまったかと思ってパッと彼を見ると、杉崎さんは真顔で拍手していた。
「みゆきちゃんさぁ」
杉崎さんがそういうので身を縮めた。「はい?」あたしがそう言うと、杉崎さんは一瞬考え込んだけれど、やがて口を開いた。
「趣味とか、なんなの?」
「え?」
あたしはぽかんとした。急になんでそんなことを聞くのだろう。わけが判らなかった。そして思い当たる趣味といえば、整形のビフォーアフターを見ることが浮かび、それを咄嗟に頭の中で消した。するとそれ以外に興味を持ってすることが自分にはないことが判り、言葉に詰まった。「えっと・・・」
「ないでしょ?」
遮るように杉崎さんが言った。「俺みゆきちゃんにプレゼント何がいいか考えたんだけど、全然判らなかったよ」そう続けた。
「俺みゆきちゃんのかわいいところが気に入って付き合い始めて、追々中身を知ろうと思ってたんだけど、未だに判らないよ」
杉崎さんは少しむっとしながらそう言った。あたしは胸がざわざわした。
「みゆきちゃんってなんなわけ?」
得体の知れないものに話しかけるように、杉崎さんは言った。「俺には判らない」そしてきっぱりとそう言った。
「結局プレゼントは選べなかった。でも逆に言えば俺たちそこまでの仲だったんだよ」
え?ちょっと待って、ちょっと待って杉崎さ・・・
「もう別れよう」
その言葉を聞いてしまってあたしの気持ちは真っ暗になった。さきほど落ちた、店内の照明みたいになった。
「ごめんね、クリスマスなのに」
杉崎さんは少しだけ申し訳なさそうにそう言った。
あたしは何も言えなかった。いきなり突きつけられた現実を、理解しようとしたけれど、出来ていないようだった。ただただ絶望感だけを感じていた。
「だからこれも、もらえない」
そう言って杉崎さんは先ほどあたしが渡したプレゼントをテーブルに置いた。
「みゆきちゃんにとって、俺も多分わけ判んない男だったと思う。でもそれはお互い様だよ」
言い訳を言うかのように杉崎さんはそう言った。
あたしのなかでの杉崎さん・・・。
あたしはぼんやりした頭で考えた。確かによく判らなかった。杉崎さんは、イケメンで、お金持ちで、仕事をバリバリこなす人・・・それくらいしか判らなかった。
「行こう、送るよ」
そう言って杉崎さんが席を立つので、あたしも立つしかなくて、テーブルの上の、丁寧にラッピングされたカフスが入った紙袋をを手にした。
車の中ではお互い無言だった。あたしは泣かなかった。泣くまでの気持ちの整理がついていなかった。
部屋の前に停めた車から、あたしは無言で降りた。
そして最後に
「今まで、ありがとうございました」
そういって深々と頭を下げた。
「・・・寒いから早く入りな。それじゃあね」
杉崎さんはそう言ったので、あたしは車のドアを閉めた。すぐに車は発車した。低いエンジンの音が聞こえなくなるまで、あたしはそこに立ち尽くした。
あたしは、結局顔だけで選ばれてたんだ。あたしの中身なんて見つかる筈がない。だってないんだもの。でもあたしだって杉崎さんの中身まで知ろうとしなかった。優しいところと、顔が好きだった。杉崎さんの言うとおり、あたしたちはそれまでの仲だったのだ。あたしにもあたしの中身が判らなかった。杉崎さんに判る筈なんてなかった。
あたしたちはお互いのうわべだけを好きになって、それで終わった。それだけだった。喧嘩も一度もしなかったし、あたしは最後まで敬語だった。結局部屋に杉崎さんが来たのは、この前送ってもらったとき一度だけで、真っ赤なベッドカバーも彼が見ることはなかった。
あたしはその夜、その真っ赤なベッドの中で、ひとりしくしくと泣いた。
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