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杉崎さんとお付き合いするようになってから8ヶ月ほど経った。杉崎さんのお誕生日が来た。季節は冬になろうとしていた。
お誕生日のその日も杉崎さんは自宅マンションでわたしを抱いた。「愛してるよ」とまた言った。あたしはだいぶセックスにも慣れてきていて、演技で喘いだり出来るようになっていた。あくまで演技だったけれど。でもそれで杉崎さんも喜んでいるようだったし、それでよかった。セックスはあたしにとって奉仕だった。それ以上でもそれ以下でもなかった。”してもらってる”という感想は特に持てなかった。
あたしは杉崎さんにはネクタイをあげた。いつもおしゃれにスーツを着こなしている彼に何をあげたらよいか判らなくて結局安直なものにしてしまった。それでも杉崎さんは喜んでくれてるみたいだった、ように思えた。あたしには男の人の気持ちはいまいちまだ判らない。何せ初めての彼氏なのだ。あたしにはまだハードルが高い。
「ありがとう。今度ご馳走するね」杉崎さんはそう言った。「ご馳走ならいつもしてもらってます」あたしは照れて答えた。
本当にそうである。杉崎さんはいつもご馳走してくれていた。
そこであたしは、あっ!手料理振舞えばよかった!と気づいた。慌てて「いや、今度はあたしがご馳走します、手料理」と付け加えた。杉崎さんは少し驚いて「ほんと?ありがとう」と言った。
これで家庭的なところをアピールしていい奥さんになれると思ってもらいたかった。杉崎さんは26になった。あと1年か2年くらい交際を温めてゴールインかな、なんて勝手に思っていた。幸せだった。
手料理は次の週の土曜日、杉崎さんのうちで振舞った。あたしは自分の部屋には決して彼を入れなかった。誰も入れなかった。美人に似つかわしくない地味な部屋だったからだ。整形で顔はコーディネイトしてもらったけど、自分で自分の部屋をコーディネイト出来るほどあたしは意識が高くなかった。どういう部屋が自分につりあっているのか、いまいち判っていなかった。
メニューは手羽先の煮物ときんぴらごぼう、ほうれん草のおひたしと卵焼きにした。「こんな食べきれないよ」と杉崎さんは笑ったが、全部食べてくれた。あたしは満足だった。「おいしい」と言って食べる杉崎さんをうっとりと見つめた。まるで新婚生活のようで、くすぐったかった。毎晩こんな風に彼の帰りをお料理作って待ってるのもいいかな、と思った。
その晩も杉崎さんはあたしを抱いて、あたしはそのまま彼の家に泊まることにした。翌朝のんびりして、杉崎さんが送り届けてくれることになった。あたしは駅まででいいと言ったけれど、今回杉崎さんは部屋まで送ると言ってきかなかった。あたしが断り続けていると、杉崎さんは少しキレた。
「何で駄目なの?今まで一度も部屋に入れてもらったことないぜ」
立腹する杉崎さんを前にあたしは萎縮した。
「汚いの?ゴミ屋敷?」そう杉崎さんが言ったので、あたしは「違います!」と慌てて言った。
「じゃあなんで」
「・・・部屋が、地味なんです」
あたしはついに観念した。杉崎さんは少し呆れて、「なんだぁ」と言った。
「男と一緒に住んでるのかと思った」。
「そんなことないっ」
あたしはまたも慌てていい、「じゃあ、どうぞ・・・来てください」と言ってしまった。そういうしかなかった。ここで断ったらあたしが他の男の人と住んでると思われかねない、そう思ったからだった。
あたしの部屋はいつも整頓されていた。その日も例外ではなかった。畳の部屋。7畳一間でベッドとテーブルとパソコンデスクがあるだけの、なんでもない部屋だった。ラグも敷いてなかった。男の人の部屋みたいな部屋だった。
杉崎さんは「部屋のマンションの前で車を停め、2階にあるあたしの部屋へと着いてきた。「おじゃましまーす」と玄関に入った。「へえ・・・」と杉崎さんは部屋を見渡し、「確かに地味だね」そう言って笑った。
あたしは顔がカアッと熱くなるのを感じた。恥ずかしかったのだ。杉崎さんは部屋にはあがらなかった。「じゃあね」急に興味がなくなったかのようにそういうと、「家で仕事しなきゃだから」と言って手を振り去っていった。あたしはそれを見送ると、すぐさまパソコンの電源を入れ、ネットでベッドカバーを検索し始めた。今のベッドは薄ピンクで、本当に地味だった。これさえ変えればもうちょっとましになるのでは、と思ったのだった。あたしは真っ赤なベッドカバーセットを一式買うと、心を落ち着けた。これで次杉崎さんが部屋に来たとき恥ずかしくないだろう、そう思った。
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