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 あたしが初めて杉崎さんに抱かれてから3週間ほど経ったことだろうか。杉崎さんの友人の誕生日パーティーが行われた。その前日杉崎さんはあたしを表参道に連れて行き、パーティードレスを買ってくれた。パンプスも買ってくれた。どれも細くて美人なあたしに似合っているように思えた。


 それを着て待ち合わせ場所に行くと、杉崎さんはいつもよりちょっとおしゃれなスーツで現れた。 杉崎さんの車に乗り込んで友達の家へ行く途中、車内で杉崎さんは「すごく似合うよ」と言ってくれた。深い緑色の膝丈のパーティードレスに、同じ色のパンプスだった。「みゆきちゃん色が白いからそういう色よく似合う」杉崎さんはもう一度そう言った。あたしは満足だった。 


 友達の家は六本木ヒルズの高層ビルの上の方にあった。お金持ちなんだな、と思った。玄関を入ると広いリビングがあって、そこでパーティーは行われていた。音楽が鳴っていた。「おうっ、杉崎」そういうと2~3人の男性が寄ってきた。「彼女?」と、あたしを興味深げに見た。あたしは微笑んでいた。

「みゆきちゃん。かわいいだろ?」

 そう杉崎さんがあたしを紹介したので、あたしは笑って「はじめまして」と言った。その笑顔には自信があった。「かぁわいいじゃーん」男性陣がそういうと杉崎さんは「だろ?」と誇らしげに言った。それを見てあたしは心から嬉しかった。あたしは自慢できる女になったんだ。あたしが彼女だと、こんなにも誇らしいんだ。


 あたしはパーティなんて馴染みがなかったが、とても楽しかった。美味しいお酒を飲んで、カナッペを食べて、ちやほやされて、とても楽しかった。

 「なんか飲む?」あたしのグラスが空になると、すぐ近くに居た男性は飲み物を持ってきてくれたし、あたしのことに興味津々なようだった。杉崎さんは彼の友人と話していてあたしは一人だったので、色んな男性が話しかけてきた。「杉崎の彼女だぞ」そうさっきの男性陣の一人から窘められて「まじか」と残念そうにしてくれた。あたしはご機嫌だった。美人だと、美人だっていうだけで、こんなにもちやほやされるものなのか。本当に世の中顔なんだね。くっだらねえ。でもそんな世の中で、あたしは勝ち組となった。これからは謳歌するのみ。あたしはまさに謳歌していた。


 杉崎さんは帰り車だから、あまり飲んではいないようだった。代わりにあたしが酔っ払ってしまった。「家まで送るよ」杉崎さんはそう言ってくれたが、あたしの部屋は美人には似つかわしくなかったので、部屋に来られることを頑なに拒んでいた。なのでその日も最寄り駅まででいいと言い、渋々駅で降ろしてもらい、歩いて部屋へ帰った。


 部屋は整形する前と同じ部屋だったので、とても質素だった。


 ・・・あたしも六本木ヒルズに住みたいなー。あんな賑やかな生活してみたい。


 そう思いながら、顔を洗ってメイクを落とした。すっぴんでもあたしは美人だった。目はパッチリとしているし、鼻はスッと高かった。もうこの頃腫れはだいぶ引いていて、鼻は細くなってきていた。


 あたしは手術以来吐いていなかった。鼻にギブスをしていて吐けなかったのをきっかけに、吐くのを止めていた。その代わりあれだけ食べていたスイーツを食べるのを止めて、質素な食生活を送っていた。おかげで体重が戻ることはなかった。何よりあたしの心は満たされていたので、食べて吐くなんてことをしなくても平気だったのである。

 以前は、あたしは今のままでは駄目だという強い思いから吐いていた。痩せなくちゃ、という思いから吐いていた。でも今は痩せているし、美人にもなれたし、そんな必要なかったのだ。あたしは生まれて初めて自分に満足していた。右手の吐きダコも徐々に消え、吐きダコがあっても美しかった手は、元の更に美しい手に戻りつつあった。

 白魚のような手、とよく褒められたものだった。「みゆきちゃんは手だけは綺麗」そう言われた。悔しい思いもした。でも今では顔も変わった。顔だって綺麗なのだ。そして痩せている。イケメンでお金持ちの彼氏も居る。そこそこ大きな会社で受付嬢をしている。あたしに足りないものなんて、ないように感じていた。



 その次の週の土曜日も、その次の次の週の土曜日も、杉崎さんはあたしと自分の友人を合わせ、「かわいいだろ?」とあたしを自慢した。「おまえどこで見つけたんだよこんなかわいいこ」そういわれる杉崎さんは嬉しそうで、あたしも嬉しかった。愛されてるのかも、と感じた。このままうまくいって、杉崎さんとゴールインするのも悪くないなと思い始めていた。


 あたしにはこれといって趣味がなかったが、杉崎さんがダーツやらビリヤードやら教えてくれた。しかしあたしはどちらも上達せず、結局趣味には繋がらなかった。あたしの趣味は、整形のビフォーアフターの画像をみることだけだった。こんな趣味、口が裂けても誰にも言えない、そう思いつつ、あたしは症例写真をじっくりと見るのだった。

 あの女の人のことが思い出された。症例写真で見つけたときは衝撃的だった。元の顔なんて、あたしの元の顔より不細工だった。それなのにあんなに綺麗になれるなんて、やっぱり整形は神だな、と思った。あたしだってほら、こんなに美人になれたんだし。今ならあの人と肩を並べられる気がしていた。それどころか、症例写真の元の顔を見てから、あたしはあの人に勝ったような気さえしていた。あたしは目と鼻をやっただけ。あの人は顔全部をいじっていた。あの人も綺麗な手をしていた。あの人もまた、手に見合った女になりたいと願って整形したのだろうか。理由はどうであれ、あの人もあたしも、整形で美を手に入れ、第二の人生を歩んでいることには変わりなかった。同じ種類の人間。それが憧れのあの人とあたしを結びつけるようで、あたしは嬉しかった。

 


 杉崎さんはあの日を境にあたしを見境なく抱いた。その度にあたしは痛い思いをしていたけれど、だんだんとそれもましになってきていた。決して気持ちよくはないけれど、痛みは取れてきていたのだ。人間って慣れる生き物なのだな、とつくづく思った。

 あたしを抱くとき、たまに杉崎さんは「愛してる」とか「好きだよ」とか言ってきた。あたしはそれを鵜呑みにした。愛されてるんだ、好かれてるんだ、と嬉しく思った。あたしはそれだけでよかった。人に好かれるということは、こういうことなんだと思っていた。あたしも好き、あたしも愛してるって思った。愛してるっていうことは、いまいちどういうことか判らなかったけれど、そう思った。

 あたしは次第に杉崎さんと結婚したいと思い始めていた。こんなに愛してくれて、あたしのことを自慢までしてくれて、この人と一緒になって幸せになれないわけがない、と。あたしは年頃の女性と同じほどには結婚願望があった。なので自然にそういう流れで杉崎さんとの結婚を夢見るようになっていた。

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