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約1カ月後。
あたしは手術を受けた。目と鼻と同時にやってもらった。
手術が終わって、鏡を見ると、目は腫れているが二重のラインがあり、ややパッチリとした目のあたしがいた。鼻はギブスをつけられているので判らなかった。痛みは不思議となかった。
サングラスをして帽子を目深にかぶって家に帰り、早速鏡をみた。まるで欧米人のような二重のラインだった。ただし傷はあかく、痛々しかった。しかしそこから窺い知れるほどあたしの顔は激変していた。目が違うとこんなにも違うのか・・・。
抜糸は1週間後だった。それまでギブスは取れない。あたしは自分の鼻がどんなふうになったのか、気になって気になってしかたがなかった。1週間、ろくに外に出なかった。その間ほぼ一日を自分の顔をしげしげと見ることに費やした。
あたしには想像もできなかった。自分の顔が、どうのようになっているのか。自分の顔が、変わっているのだ。その初めての感覚に、あたしは打ち震えた。あたしは顔を変えたのだ。その事実があたしをそうさせた。まだ実感はしょうじき湧かなかった。しかし鏡を見るとそこには手術が終わった目があった。あたしは何度も鏡を見て、その事実を確認した。あたしは、顔を、変えたのだ。
抜糸の日、あたしは再びサングラスに、目深に帽子をかぶってクリニックへと向かった。今日でギブスが取れる。ようやく鼻がどうなったか見られるのだ。あたしはクリニックに着き、待合ロビーでまた症例写真を見ていた。あたしもこれの仲間入りできるのかな、なんて考えていた。
あるページであたしの手が止まった。思考も止まった。ある症例写真に目が釘付けになった。
それは明らかに”あの人”だった。朝いつも会っていた、あの綺麗な女の人だった。部分的な写真や、目線を隠してある写真などだったけれども、あの人であることは明白だった。あたしは毎朝あの人を凝視していたのだ。あの人みたいになりたいと、目に焼き付けていたのだ。そんなあたしにはすぐ判る写真だった。
・・・あの人、整形だったんだ・・・。
あたしはどこかがっかりし、どこか納得したような気持ちだった。衝撃は受けていた。あたしが心底憧れたあの人は、整形だったのだ。ぱっちりとした二重の目も、すっと通った綺麗な鼻も、それどころか骨格も歯もあごもあの人はいじっていた。ビフォーの写真はあの人とは似ても似つかぬ人だった。
あたしはじっとその写真を見つめた。ビフォーの写真も、あの人の面影は確かにあった。しかし面影しかなかった。変貌っぷりはすごかった。あの人もまた、あたしのように顔を変え、人生を新たなものにしたのだなと、妙に親近感が湧いてきた。
しかし整形美人に憧れて整形するあたしもあたしだな、と思った。同じ穴の狢、そんな気がした。あたしもあなたみたいに、誰かに憧れられる、そんな女になれるかな。
あたしの番号が呼ばれ、いよいよギブスを取り、抜糸をすることになった。あたしは横になり、目を閉じた。ぷちん、ぷちんという抜糸の感覚が終わると、目の釣りが和らいだ気がした。ギブスも丁寧に取られ、あたしの鼻は1週間ぶりに空気に触れた。それは新鮮な感覚だった。
それらが終わると鏡を渡された。恐る恐る見てみると、鼻の形は整い、まだまだ腫れているものの、随分と印象が違って見えた。目の腫れもだいぶ引いて、あたしの目は本当にぱっちりとなっていた。憧れていた二重に、なっていた。
「まだね、ご覧になってわかると思いますけど、腫れています。鼻っ柱もまだ太いけど、どんどん細くなっていきます。鼻全体今より一回り細くなるくらいですね。経過見せに来てください」
医師はそう言った。鼻がもっと細くなるのか。待ち遠しかった。確かに今のあたしの鼻は、形はよいものの太い印象があった。しっかりしているというか。これが細くなったら、また印象は変わってくるだろう、そんな感じだった。
しかし。
あたしは手に入れたのだ。理想の顔を手に入れたのだ。目も鼻もまだ腫れているものの、あたしの顔の印象はとてもよくなっていた。明らかに美人になっていた。華があった。こんなに腫れているのにも関わらず華があるのだ。腫れが引いたときのことを考えるとあたしの心は躍った。23年間苦しめられてきた顔が、たった1週間でこんなに変わるなんて、整形は素晴らしい。簡単に人生がやり直せられるではないか。やってよかった。心からそう思った。あたしの人生、やっと始まった。そんな気がしていた。
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