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ある日の休み美容外科クリニックにカウンセリングの予約を取った。ついに整形に着手することにしたのである。あたしは再度ビフォーアフターの画像をいくつもチェックし、矢張りあたしは切開法と鼻中隔延長法が自分がやりたいものと一致すると認識した。当日なるべくこぎれいな格好で行こうと思った。美容整形外科クリニックに出向くのである。もさっとした格好では舐められると思ったのだ。あたしは買ったばかりのワンピースにパンプスを合わせて出かけた。あの人みたいにこつこつ歩く自分に満足した。
ビルに着くと、震える足でエレベーターを昇った。階につくまで、果てしなく長く感じた。6階に着き、ロビーにつくと、あたしは受付で名前を名乗った。すると問診票を書くように言われ、今日はどこが気になってきたか、丸をし、詳しく書く欄があったので、あたしは希望を書いた。待ち時間あたしはバインダーに閉じてある、その医院のビフォーアフターを見た。ネットで見たものは、殆ど見尽くしてしまったので、ネットに載ってないそれらの症例はあたしの興味を深くひいた。それらを食い入るように眺めていると「35番様」と番号を呼ばれた。
問診表を眺めている50代くらいの男性医師が椅子に座っていた。いかにもベテランと言う感じで、マスクをしていたが顔は整っていた。この人も整形しているのだろうか、とあたしは思った。
問診表に基づき、カウンセリングが始まった。
「目を二重にして鼻を高くしたいんですね?鼻中隔延長法をご希望ということで」
「はい」
「目はどんな感じにしたいですか?」
「幅広二重にして、パッチリさせてたいです。切開法がいいです」
「なるほど。ダウンタイムがかなりありますけど大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「鼻中隔延長法もかなりのダウンタイムがあります。通常プロテーゼを入れて高さを出しますが、それだけだとアップノーズになってしまったりするのが気になっているところでしょうか?」
「その通りです。軟骨で少し下向きに鼻をむかせたいです」
「なるほど」
このあと切開法のメリットとデメリット、鼻中隔延長のメリットとデメリットをそれぞれたっぷり説明された。全部知っていることだった。あたしは調べつくしていたのである。
「それぞれリスクがある手術です」
医師は言った。
「埋没法やプロテーゼなら戻したいと思えば戻せますが、こちらはそうはいきません。一生元には戻りません。それでもいいんですね?」
「はい」
願ったりかなったりだった。
そして詳しい手術の説明をされ、では金額は事務が出しますから、となり、退席した。
一度ロビーで待たされてもう一度「35番様」と呼ばれ、さっきとは違う部屋に通されると、お金の話になった。
「切開法が両目で20万円、鼻中隔延長が85万円になりますが、如何なされますか?」
女性がそう電卓をはじいた。目が飛び出る金額、というわけでもなかった。予想はついていたのだ。そしてあたしには貯金がある。
「それでお願いします」
あたしの胸は高鳴った。ついに、ついに決めたのだ。
【あなたの美は約束されました!】
あるいつかのテレビ番組の決め台詞が頭の中で鳴り響いた。あたしは快諾し、誓約書にサインした。22歳の秋のことだった。20歳を過ぎると人は自由だ。その選択が間違っていても正しくてもそれは自己責任になる。あたしは自由と美を手に入れた喜びを味わっていた。何でもかんでも親の承諾が要る子供ではないのだ。すべて自分の意思とお金でどうにかできる歳なのだ。あたしは心から嬉しかった。自分の人生、自分で決めて、変えてゆける、その喜びに、心をときめかせていた。
これで”あの人”に近付ける。これでこの手に見合った自分になれる。そんな思いが駆け巡った。あたしはクリニックからの帰り道、電車の中で手を見つめた。今ではすっかり吐きダコが出来てしまいそれだけは醜かったが、形は相変わらず綺麗だった。吐きダコがアクセントとなり、形の美しさは際立っているかのようにも見えた。あたしはうっとりとした。その手は以前よりも痩せて、骨ばっていて、美しさが増していた。指は細く、指輪も似合いそうだった。
その次の日、あたしは辞表を提出した。あたしは会社を辞めるというのに浮き足立っていた。わたしの過去ともこれでさらばだ。
理由を聞かれ、「体調不良で」と言ったら、上司は何かを察したらしく「お大事にね」といった。あたしが最近痩せていることを、体調不良と紐づけたようだった。デスクに置いてあった私物全部をゴミ箱に捨てて、あたしは会社を後にした。
それからの1ヶ月間あたしは食べて吐いて食べて吐いてを繰り返すだけの毎日だった。体重は48kgになった。食べたもの全部を吐くのではない。きちんとおにぎりを食べたりして、それは吐かなかった。栄養はちゃんと摂っていたのである。だから体重の減りは穏やかだった。あたしはそれでよかった。もう急激な体重の変化は望んでいなかった。今後は徐々に落としていけたらと思っていた。吐きながら。
あたしは自分のしていること、やろうとしていることに疑問など感じては居なかった。
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