最初で最後の人

 私のこの眼は。額にある、この瞳は。私の〝悲しい〟という感情が、心で膨れて膨れて耐えきれず、はちけた時に開くのです。

 この世の全てを呪う〝マガイモノ〟。化け物の瞳と呼ばれる忌まわしきもの。

 周りだけでなく、私自身も厭うこの瞳を、あの人だけが認めてくれたのです。生まれを呪い、他人を恐れ、暗闇の中でただ泣くだけだった私を受け入れてくれたのです。誰もが恐れる瞳を前にして、あの人だけが笑ってくれたのです。温かな手で触れてくれたのです。

 あの人がいたから、私は生きていられたのでしょう。あの人がいなければ、私はとうに死んでいたのでしょう。


「――生きて、ください」


 あの日、腕の中で微睡むあの人の呼吸は、次第にか細くなっていきました。その身体から流れ出る血液が増えるほど、あの人の温もりは遠退いていきました。

 ひたひたと迫る死神の足音だけが、やけにはっきりと聞こえていました。

 

「お願いですから」


 私はあの人にすがり付いて、そう言いました。叶うことはないのだと理解していても、願わずにはいられなかったのです。あの人は私の希望で、生きる支えでしたから。失うことを考えたくなかったのです。

 けれどもあの人は。薄く目を開いたあの人は、私の言葉にそっと首を振りました。それは別れの挨拶でした。「ごめんね」と、あの人の唇が小さく動いたことは覚えています。

 それからあの人は、俯く私の頬に、すっかり凍えてしまった手を添えると、開きかけていた額の瞳に口付けを落として言いました。

「その目に映る最後のものが、僕であったら良いのに」と。

 

 こうして、私の額にある三つ目の瞳に呪いをかけて、あの人はいきました。誰の手も届かない遠い遠いところへ。神様のお膝元へと逝ってしまいました。

 二度と開かぬ私の瞳。そこに映った最初で最後のあの人は――初めて愛したあの人は、私を置いて独りで旅立ってしまいました。


 初めて映したあの人の、それはそれは美しい最期の笑顔を、私は生涯忘れないことでしょう。忘れられないことでしょう。




***

2017.5.12 独りワンライ


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