××に愛された人

 宙を泳ぐ魚。それを追う猫。周りを跳ねる兎。駆け回る犬。骨だけの彼らを照らす、不規則に揺らぐ光。

 それらを瞼を下ろすことで遮って、私は今日も独り踞る。


「この子は××に愛されている」


 そう遺した母は、私を産んですぐに死んだ。その母が可愛がっていた兎は、野良猫にやられた。父が連れてきた犬は病気で死んだ。私が拾った猫は知らぬ間にいなくなった。

 その頃から、私を見る父の目に怯えが混ざるようになった。私が触れることを異常に恐れるようになった。


 そんな父は私の成人したその日に首を括った。両親の死後、養ってくれていた人はある日突然焼け死んだ。彼の飼っていた魚も日に日に減っていった。私を飼ってくれた人は湖に身を投げた。

 ここでようやく私が関わる生き物は、どれも死んでしまうのだと知った。僅かな縁が結ばれてしまえば死んでしまうらしい。


 荷物を届けに来てくれた人は轢かれて死んだ。役所の人は空を飛んだ。噂を聞きつけ近付いてきた何処ぞの記者は、階段から突き落とされたらしい。その彼の命を奪った者も、既にこの世にいないだろう。

 この頃からだ。私の周りに骨となった生き物が見えるようになったのは。


 彼らは常に私を見つめている。部屋の中を動き回っては、私に情を向ける。従者が主人に向けるような、信者が神に向けるようなそれが、嫌で嫌でたまらなくて。

 何度死を乞うたか忘れた。けれど、今はただ緩やかに時を過ごすのみに留めている。自らを傷付けることに躊躇いはなかったが、私があちら側に近付く度に周りの骨が増えると気付いてからは、急ぐことを止めた。

 どうやら私を愛した何者かは、私を生かすために他人の命を奪うらしい。


「愛して、なんて頼んでないのに」


 ぽかりと開いた瞼が虚空を捉える。

 骨だけの生き物に囲まれた女は、笑っているような泣いているような諦めているような不可思議な表情を浮かべていた。




***

2017.3.23 独りワンライ


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