怪物の後悔


 月のいっとう美しい夜。窓際の席に腰掛けた彼は、日に焼けてしまった本の頁をめくりながら口を開いた。

 心地好く響く声で語られたのは、ある怪物の話。ひどく身勝手で、同時に哀れなヒトの話だった。


「それは、元は一人の人間だった」


 平凡な夫婦の間に生まれて、平凡な人生を送っていたある日、病に侵されて命を落とした人間だった。

 ただ、その時の彼には恋人がいてね。二人は深く愛し合っていたから、彼はもちろん、彼女もひどく悲しんだ。

 だからだろうか。生者の思いに縛られた彼はすぐには天へと昇れず、しばらくこの世をさ迷うことになってしまった。

 それでも初めのうちは、まだ良かったのかもしれない。家族も恋人も悲しんでいてくれたから。彼のことを思い出して泣いてくれたから。

 けれど、時が経つにつれて彼らが泣くことは少なくなった。墓の前へ来て話をすることも、一年に一度になった。

 それは彼らが前を向くようになったということの表れで、本来なら喜ぶことなのだろうけれど、彼はそう思えなかった。忘れられてしまったようで寂しかったんだ。

 だから、僕は呼んでしまった。

 呼ぶだけじゃ足りなくて、声の届かないことがもどかしくて、結局こちらへ引きずり込んだ。自分がこれほど寂しいのだから相手もそうだろうって、そう思い込んだ末に愛しい人を同じ存在にしてしまった。

 そうなったら二人とも地獄行き。そこで待っているのは罪に応じた重い罰。

 そのことに気付いたのは――二度と彼女に会うことが出来なくなったということに気付いたのは、後戻り出来なくなってからだったんだ。


「まったくどうしようもない話。どうしようもない男だろう?」


 笑って良いよと此方を向いた彼の足先。そこに収まっていた影が大きく伸びて、悲しげに笑った。




***


2017.3.1 独りワンライ


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