物言わぬ骸に問う
「私はまだ死ねない。死んではならない。やるべきことがあるのだ。果たさねばならない役割があるのだ」
故に私は、死ぬわけにはいかない。
そう言ってワタシを突き飛ばした彼は、そのまま歩きだした。本来存在する筈のなかった道を作り出したかと思うと、神々が慌てふためくのを横目に前へ前へと進んでいった。
その姿は、かつて一度だけ目にしたことのある英雄によく似ていた。蠢く闇と対峙した時に見せた怯まぬその視線は、歴戦の勇士と同じものだった。
彼は、彼の言った役割とやらを果たすまで止まらないのだろうと感じた。加えて、彼ならやり遂げるのだろうとも思った。
だから、彼の亡骸を前にしてワタシは分からなくなった。
彼の背中に見たものは何だったのだろうか。死ねないと叫んでいた彼の喉を塞いでしまったのは何だったのだろう。
進もうとしていた道はどうしようもなく苦しく厳しいものであったのだろうけれど、彼が耐えられない程ではなかった筈だ。
しかし、彼は耐えられなかった。
誰も何も分からないまま、彼は死を望むようになった。破滅を望んだ。
そして誰も止められなかった。
「アナタは、何を成し遂げたかったの? 一度掴んだ栄光だけでは満足できなかったの? アナタの叫びはそうも軽いものだったの?」
床に転がる骸は答えない。焼けた喉では声など出せるはずもなく、ただ虚ろな瞳で世界を眺めるだけ。
自ら命を絶った人間を運ぶことは許されない。初めて彼の前に姿を現した時、素直にこの手を取っていたのなら。
その終わりも綺麗なものであったろうに。
「馬鹿ね。馬鹿だわ」
断ち切る筈だった絹糸。手のひらに残ったそれの欠片を叩き落とし、鎌を担ぎ直した少女は片手で十字を切った。
***
2017.2.15 独りワンライ
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