第4話 僅かな幸せへの羽音
4月も、残り2週間となった。私は、今も、神星の制服屋の研究室の地下体育館で100メートルを2秒の速走りに慣れる為、彼が開発した速さ調整が出来るリモコン操作靴により、日々、足を鍛え続けています。最終目標は、400メートルを8秒で速走り出来る様になる事。それは、今後、私が走る度に、調子が悪くなり、周囲に心配をかけさせない様にする為。今後、もし200メートル走以上を要求された時、すぐ対応出来る様にする為。これは、全て、幽霊の願いを叶える為に、仕方なくやっている事。・・とはいえ、そう簡単に、足が速走りに対応出来る訳ではなく、へとへとで筋肉痛ばかり。現時点では、漸く、100メートルを2秒が可能になりそうな段階です。
「よ!頑張ってる?」
「1周位なら、どうにかなりそう。」
「でもさ、男子の体育の授業のウォーミングアップは、グランド3周。つまり、300メートルを走らされるんでしょ?」
「うん。でも、もうそろそろ学校行かないとマズイかなと思うの。だから、先生に、まだ体調が回復し切れてないから、暫く、1周にさせて下さいって言う。部活は、休んで、ここで鍛練する。」
「それが良いかもね。じゃあ、明日から学校行く?」
「うん。また、私んちで待ち合わせて、一緒に行こう。」
「OK。じゃあ、これが、今日のノートね。」
「1時間目は・・ゲ!数学だったっけ・・。今日のノートは・・え?真癒君?最後の最後で?」
「彼、凄く喜んでた。やっと、強の役に立てるって。」
真癒君のノートを開くと、手紙が入っていた。
「勇飛へ。体は、動ける様になったかい?君がいつ戻って来るのか、楽しみに待っています。昼休みの図書委員の仕事も、君がいないと、淋しいよ。俺、少しでも君の力なりたくて、和村に、君の好きな具を聞いて、毎日、おにぎりを作り、学校に持参するんだけど、今迄、一度もおにぎり当番になれた事がなくて。今日、念願が叶い、1時間目の授業ノートもおにぎり当番も、僕が出来る事になり、幸せを感じているよ。僕のおにぎりは、カレー味の鶏の唐揚げにぎりだよ。僕のおにぎりが、少しでも、君のエネルギーとなります様に。ノート、丁寧に書いているつもりだけど、見辛かったら、ごめんな。勇飛。早く帰って来いよ。ずっと、待ってるからな。」
私、読みながら、涙が出ちゃった。真癒君の字は、ソフトなタッチで、彼の優しい人柄が反映されてる。ノートは、要点に蛍光ペンが引いてあるし、図も綺麗に描いてあり、とても分かり易い。私の好きな具を園に聞いてくれたというのも嬉しいの。
「前、強のファンの女子が作った鶏肉の細切れおにぎり、美味しかったんでしょ?今回は、それ以上に期待出来るね。」
「うん。早速、食べようかな。」
私は、園からおにぎりを貰い、食べました。
「ハマるー!1つだけじゃ、物足りないよ。」
「それ、明日、本人の前で言いなよ。絶対に喜ぶよ。」
「・・何か・・恐い。」
「何が?」
「暫く、学校に行かなかったから、真癒君、私の事、抱きしめてくるかも。」
「確かにね。強がいなくて、相当淋しがってる訳だし、覚悟しといた方が良いかも。・・ていうか、刄魔さんにも気をつけて。彼女も、真癒君と同じく、相当淋しがってたから、しつこく追い掛けられるかも・・。」
「ゲ!・・幸せに浸り過ぎて、姫音の事、すっかり忘れてた。やっぱ・・行くのやめようかな・・なんて・・。」
「絶対来てよね。私さ、強がいない間、ずっと一人で、屋上で食べてたんだからね。」
「マッヒー達と食べなかったの?」
「お昼は、私と強だけの秘密の時間なんだからね。」
「私と二人の時間を大切にしてくれて、ありがとね。」
「本当にそう思ってるなら、明日、絶対来る事!返事は?」
「はーい!行きまーす!」
「じゃあ、明日の朝7時30分に、強んちで待ち合わせましょう。」
「了解・・て、何でそんなに早いの?」
「実は、先週から、1時間目は、必ず、体育祭の練習をやってるの。強が体を鍛える事に集中出来る様、敢えて言わなかったの。」
「もう、誰が何に出るのか決まったの?」
「決まったけど、その話は、明日、真癒君から聞いて。彼に、早めに来る様に、電話しとくから。強に凄く会いたがってたしね。ちゃんと、二人切りにしてあげるから。どの道、私は、吹奏楽の朝練があるしね。」
「ここで言ってくれれば良いじゃない。」
「二人だけの愛の時間を大切になさい。じゃあ、明日の朝ね。バイバイ。」
「ちょっとー。真癒君を呼ばなくて良いからね。絶対やめてよ。」
言葉では、そう言ったものの、本当は、久々に、真癒君に会えるのが、とても嬉しいの。
翌朝、園と待ち合わせ、7時45分に、校門に到着。
「強は、教室に行って。真癒君が待ってる筈だから。私は、音楽室に行くから。」
「分かった。ペット頑張ってね。」
「アリガト。また後でね。」
靴箱の所で園と別れた後、教室に向かった。どうしよう・・凄く緊張する。真癒君と二人切りになるなんて・・。園が、愛の時間なんて言うから・・。
教室に着くと、前も後ろも、扉が閉まっていた。そっと、後ろの扉を開けると、体操着に着替えた真癒君が立っていた。
「勇飛!」
真癒君は、涙ぐんでいた。
「おっす、輝。・・ていうか、久々の登校なのに、嬉しくないのか?」
「逆だよ。嬉しくて、涙が出そうなんだ。お帰り、勇飛。」
「ただいま、輝。昨日は、ノートとカレー味の唐揚げにぎりをサンキュー。ノートは、スッゲー見やすかったし、唐揚げにぎりも美味かった。また、食べてー。・・つーか、1つだけじゃ足りない。もっと食べたかったぜ。」
「喜んでもらえて嬉しい。あんなので良ければ、毎日持参するよ。幾つが良い?」
「そうだなー・・20個・・なんてな。大食いかって話だよな。」
「良いよ。明日から、20個作って来る。」
「あ・・いや・・冗談だから。もう、復帰したしな。」
「俺は、また作りたい。君の喜ぶ顔が見たいから。」
「気持ちだけ、有り難く頂戴する。」
すると、真癒君は、涙した。
「おいおい、どうしたんだよ。俺、気に障る事言ったか?」
「気持ちだけなんて嫌だ。気に入ってもらえたなら、もっと食べて欲しい。」
「おにぎりの事だけで拗ねるなんて、輝にも、可愛いとこ、あんだな。」
真癒君は、赤面した。
「でも、本当に、気持ちだけでいいからな。」
すると、今度は、私を強く抱きしめてきた。私は、嬉しさと緊張で、ドキドキ。
「おい、何すんだよ。やめろよ。突然、誰かが入って来たらどうすんだよ。」
「やめて欲しかったら、僕の望みを叶えさせて。」
「そんな交換条件有り得ねーだろ。今すぐやめろ。」
・・とか言いつつ、本当は、ずっとこのままでいたいと思ってるの。幸せな気持ちに浸りたいから。
「嫌だ。やめない。君が、僕の願いを聞き入れてくれない限り、ずっと、このままだからな。」
今、ここに居るのが女姿の私だったら、このまま私を離さないでなんて言うかも・・なんて・・大胆かな。
「分かった。明日から毎日、カレー唐揚げにぎりを20個作って、持参してくれ。お昼に食うから。」
漸く、真癒君は、私を離した。
「楽しみに待ってて。気合いを入れて作るから。」
「唐揚げ、自分で作ってんの?」
「ああ。俺も、鶏の唐揚げ好きだからさ、小5の時から、家に帰ると、自分で作り、おやつ代わりに食べてたんだ。」
「そっか。でも、無理すんなよ。勉強があんだから。」
「無理は、してないよ。俺の作ったおにぎりを美味しそうに笑顔で食べてる姿が見たいんだ。それが、俺のエネルギーになるから。」
唐揚げを手作りする時間があるって事は、きっと、授業中に、習った事を、完全にインプットしていて、家では、何もやらなくても大丈夫って感じなのかな?真癒君は、きっと、頭が良いんだよね。羨ましい。
「そういえばさ、俺、休んでたから、体育祭で、自分が何に出るのか聞いてないんだけど、教えてくれないか?」
「まず、全校の生徒が出る大玉送り。後は、玉入れと1年生のみの100メートルリレー。君は、アンカーに決まったよ。」
アンカーか・・。プレッシャーだよ。不本意だけど仕方ない。100メートルを2秒で走るのは、私だけだから、勝手に期待をかけられる訳よね。
「ところで、女子ならまだしも、何で、男の俺が玉入れなんだよ。男女混合なのか?」
「ああ。混合だよ。」
「・・ていうか、何で綱引きとか騎馬戦じゃないんだよ。」
「勇飛が小さい玉を持って、ポーンって上に投げる姿を想像したら、見たくなって、俺が選択したんだ。」
「男子なのに、女子っぽいってギャップが面白いからか?」
「俺も、一緒に参加する。少しでも長く一緒に居たいから。」
「まあ、輝も参加ってんなら良いけどな。園達は、何に参加すんだ?」
「マッヒーと刄魔は、俺達と同じ。マッヒーは、玉を投げ入れるのが楽しいからだって。刄魔は、君が誰かに奪われないか監視するって。」
「姫音は、大袈裟だな。俺は、誰のもんでも無いのに。で、園は?」
「騎馬戦だって。相手チームのはち巻きを、一つでも多く取ってやると、意気込んでた。」
「そっか。あ、そうだ。今の内に言っとくけど、部活の方は、まだ復帰しない。まだ、完全に体調が回復し切れた訳じゃないからな。」
「分かった。体を大事にな。」
「サンキュー。」
その時、教室の扉をドンドン叩く音がした。
「誰かいるの?入って良い?」
この声、もしかして、マッヒー?私が扉を開けると、やはり、彼だった。
「強?」
「久しぶりだな。ノートに、俺の好きなイノカイザーも描いてくれてサンキューな。」
「猪の突進パワーで早く元気になってもらいたかったからさ。」
「おかげさまで、少しは、元気になった。それにしても、珍しいな。マッヒーがこんなに早く来るなんて。」
「園から聞いたと思うけど、先週から、1時間目に、学校全体で、体育祭の練習をする事になったろ?どうせ、朝、着替えんなら、早めに来て、着替えてから、ゆっくり教室を一人占めしようと思ってさ。」
「分かる。この広い教室に一人しか居ないという開放感がたまんないんだよな。」
「そうそう。ところで、強と真癒は?」
「一人占めじゃなくて、二人占めってとこだな。輝が、俺にスゲー会いたがってるってんで、園が、輝を気遣い、誰も居ない時に、俺と二人で話が出来る様にと、輝に電話したって訳さ。」
「勇飛は、俺に会いたくなかったのかい?」
「友人に会いたくないと思う奴が、何処に居んだよ。」
「俺、本当は、勇飛から、直接電話してもらいたかった。君の声が聞きたくてたまらなかったから。」
「お?何だ何だ?二人は、恋人か?」
「な訳ねーだろ。俺らは、男同士だぞ。な、輝。」
真癒君は、赤面し、何も話さなかった。
「お!否定しない。・・て事は、やはり・・。」
「おい、輝。ちゃんと否定しろ。」
そういえば、以前、私の事を、友として愛しては駄目かと聞いて来たけど、実は、友というのは、口実で、同性愛者?いやいや、そんな訳ない。私を見てると、女だと錯覚する事があるってだけよね。真癒君の発する一言一言は、私を幸せにしてくれる。私の声が聞きたくてたまらなかったから、私から直接電話して欲しかっただなんて。でも、直接の電話は、無理よ。実際の私は女子で、真癒君の事を、男子として意識するから、緊張してしまう。だから、番号を1つも押せないと思う。
真癒君は、暫く、赤面し、ボーっとしていたので、私とマッヒーは、その間に、体操着に着替えた。次第に、教室に、他の生徒達が入って来た。まず、男子達。私に寄って来て、復帰を喜び、一人一人からおにぎりを1つずつ貰った。次に、私のファンクラブの女子達。彼女達も復帰を喜びはしたが、一人の女子が私の腕をグイッと引っ張り、抱きしめて来て、大好きなんて言い出すから、ズルイって話になり、次は自分の番だと揉め事になっている。なので今回は、特別に、全員、私を抱いて良いなんて言ってしまい、出席番号順に、女子達に抱きしめられる事に・・て、何やってんの、私。逃げる事も出来たでしょ。私らしくないぞ。私の復帰を折角喜んでくれているのに、無視するのは、可哀相だから?あーん。もう、自分がよく分からない。・・ていうか、マッヒーは、私を止めないの?真癒君は、別の世界に行ってるし・・。今日は、全てがおかしい。
いよいよ1時間目。吹奏楽部が『星条旗』を演奏し、それに乗り、行進するの。背の順では、私・マッヒー・真癒君なの。 行進しながら、真癒君の事が気になっている私。
「なあ、輝は、まだ夢の中なのか?マッヒーが、恋人なんて言うから、おかしくなっちまっただろ。いつもだったら、女子のファン達が俺に触れようとした時点で、君達に渡さないって、俺の事を守るだろ。」
「ここまで長く、自分の世界に居るってのは、初めて見たよ。いつまで、そのままなんだろうな?」
「マッヒーも、今日は、何で黙ってた?」
「強の復帰を望んでたのは、皆同じだからと思い、仕方なく黙ってた。」
「おいおい。仕方なくじゃないだろ。いつも通り、強は、君達には、渡さないって言ってくれんの、待ってたんだからな。」
「ゴメン。今日は、許して。これからは、いつも通りだから。」
「もう、絶交してやる。・・なんてな。冗談。」
「驚かすなよ。本当に絶交されるかと思った。」
大玉送りの練習になり、皆、手を上げて玉を待ち構えているにも関わらず、真癒君は、まだボーっとして、何も動かないの。
「輝。大玉来んぞ。手、上げろよ。」
「駄目だ、こりゃ。」
結局、真癒君の所で、玉は、転げ落ちてしまったわ。
「勇飛・・好き・・。」
「今日の真癒は、完全に壊れたな。」
嬉しい。例え、想像の世界に浸ってるんだとしても、真癒君に好きと言ってもらえるのが、とても嬉しいの。
2時間目終了後の10分休み。姫音が、涙ながら私に抱き着いて来た。
「勇飛君・・勇飛君。遅かったじゃない。」
「済まない。この通り、帰って来たんだから、許してくれよ。」
「許せる訳ないじゃない。私は、一度も、ノートとおにぎり当番になれなかったのよ。」
そっち?体の心配は、してくれないの?
「今日も、あなたが休みだと思い、おかかにぎりを作ったの。」
「マジで?俺、おかか大好きなんだ。貰って良いか?」
「勿論よ。あなたの為に作ったんだもの。待ってて。持って来るわ。」
姫音は、私を離し、鞄から、おにぎりを取り出した。
「はい。」
「サンキュー。昼に、食わせてもらう。」
「喜んでもらえて、嬉しい。」
「刄魔さん、誤解しないで。」
「和村さん。私の邪魔をする気?」
「今日は、クラスの皆からおにぎりを受け取ってるのよ。ただし、広君と真癒君を除くけど。」
「勇飛君、私のおにぎり、食べてくれるわよね。」
「勿論。好きなモンは、遠慮なく頂戴する。」
「ああ、何て幸せなのかしら。きっと、今迄、1度も受け取ってもらえなかった分、喜びが大きいのかも。ウフッ。これで、勇飛君は、私だけの親友になるのよ。おーっほっほっほ。」
「言葉間違ってない?恋人じゃないの?」
頬に両手を当て、赤面する姫音。
「違うわ。」
「刄魔って、分かりやすいよな。・・ていうか、それどころじゃないんだ。刄魔。協力してくれないか?」
「何をよ。」
「朝っぱらから、真癒がおかしいんだよ。ほら、いつもなら、刄魔が、強は自分のモノだとか言ったら、いや、俺のだって返して来るだろ。」
「それに、真癒君は、今日、おにぎりを持って来てない筈だから、正常なら、俺が持って来てない事を良い事に、強の心を奪おうとしてるなと、相当悔しがる筈よ。」
「そういえば、そうね。らしくないわ。」
姫音は、真癒君の前に行った。
「ちょっと、アンタ。私のライバルなんでしょ?アンタが腑抜けじゃ、つまんないのよ。いつも通り、勇飛は俺のだって言いなさいよ。いつまでもこのままなら、本当に、勇飛君を、私だけの親友にするから。アンタには、渡さないから。」
姫音は、真癒君の頬を、おもいっきり叩いた。
「イタッ。何するんだ。まさか、刄魔、君か?」
「知らないわ。あなたが、いつまでもボーっとしてるから、しっかりしろと、神が罰を与えたのよ。」
「嘘だな。絶対に君だ。」
「今日、勇飛君に、おかかにぎりを渡したわ。」
「何だって?」
「残念だったわね。アンタ、今日は、持参してないんでしょ?」
「ああ、確かに、今日は、持参しなかった。だが、明日以降、毎日、おにぎりを20個作り、持参すると約束した。」
「何ですって。じゃあ、私もおかかにぎりを毎日20個作り、持参するわ。さっき、勇飛君は、好きな物なら遠慮なく貰うと言ってくれたもの。ね、勇飛君。私も、明日から、おにぎり20個持参して良いわよね?」
食べれない訳ではないけどね。好きな物なら、バクバク食べれるしね。・・とはいえ、限度はあるけど。
「俺は、構わないぜ。二人のおにぎり、毎日楽しみにしてっからな。」
「勇飛、俺の方が、絶対美味しいから。」
「いいえ。私の方が美味しいに決まってるわ。」
真癒君が我に返ってくれて良かった。今回は、姫音に感謝ね。
昼食の時間。いつも通り、屋上に向かおうと、私と園が階段を上っていたら、後ろから声がした。
「二人共やめろよ。昼食は、園と二人だけで過ごしたいから、誰にも邪魔されたくないって、強が言ってたろ。」
「駄目よ。私は、自分の作ったおにぎりを美味しいと言ってもらえるか気になるんだもの。」
「俺は、刄魔が、勇飛に何をするか分からないから、監視する。」
「今日、おにぎりを持って来なかったのが、悔やまれるんでしょ。ついて来るなら、眺めていなさい。私が勇飛君とラブラブラブになる所を。」
「絶対に阻止する。」
「おい。二人に聞こえるだろ。静かに歩こうぜ。」
静かも何も、とっくに聞こえてるんですけど。とりあえず、知らぬフリをし、屋上まで行った。
「さっきから、騒がしいなー、園。」
「そうね。私達二人の時間を邪魔しようとするのは、誰かしら?」
「おい、ずっとついて来たのは、知ってるぞ。姿現せよ。」
マッヒー・真癒君・姫音が現れた。
「や・・やあ、強。」
「あなた達、強と私の貴重な時間を奪う気?」
「僕は、止めたんだよ。でも、そこの二人が・・。」
「お騒がせしてごめんなさい。本当は、私一人でお邪魔する筈だったんだけど、真癒君が、私と勇飛君で二人になるのが許せないらしく、ついて来ちゃったの。」
「当たり前だろ。中学に入学し、一番最初に、勇飛に話し掛けたのは、俺だ。」
「話し掛けた順番なんて、関係ないわ。勇飛君の心を奪ったもの勝ちよ。」
「あのさ、お腹空いてるから、昼食にさせてくんないか?」
「ごめんな。今日だけ、一緒させてもらって良い?」
「しょうがないなー。今日だけだぞ。」
「広君は、良いけど、他の二人が・・。」
落ち着いて食べられない事は、確実ね。
結局、私を挟み、左に真癒君で、右に姫音が座った。
「まず、最初に、私のおかかにぎりを食べて。」
「ああ、分かった。」
ラップを取った矢先、姫音は、突然、おにぎりを私から奪った。
「何すんだよ。食べろっつったの、姫音だろ?」
「ええ、そうよ。私が、食べさせてあげる。」
「ちょっと、強は、赤ちゃんじゃないのよ。ハズい事しないで。」
「やってみたかったの。さあ、口を開けて。はい、あーん。」
「俺だってやりたい。」
「は?輝、それ、正気か?」
「ああ、正気だよ。他の誰より先に、俺がやりたい。」
「真癒君、大丈夫?我に返ったのは、良いけど、かえって、おかしくなったんじゃない?」
真癒君は、園の言葉などお構いなしに、手を当て、私の口を隠した。うわー・・真癒君の手が、私の顔に触れてるー。どうしよう。凄く緊張するんですけどー。
「どうだ。これで、勇飛の口に、おにぎりは、入れられない。」
「そうね。それなら、あなたをどけるだけよ。」
「ちょっと、強が困ってるじゃない。幼稚な喧嘩して、何が楽しいの。」
「どうやら、真癒と刄魔にとっては、重要な喧嘩らしいな。止めたくても、僕には、止められない。」
今日は、朝から抱きしめられたり、顔に手を触れられたり、今日は、何で、こんなに幸せ続きなの?でも、これ以上のドキドキには、耐えられないわ。私は、真癒君の腕を掴み、私の顔から離した。
「姫音。君の望む様にしろよ。」
「何で認めるんだい?俺の事は、どうでも良いのかい?」
「明日は、輝の相手してやるから。」
「本当?約束だよ。」
「ああ、約束だ。」
ちょっと、私。正気なの?今、自分が何を言ったか分かってる?真癒君がおにぎりを手に持ち、男姿の私の口の前まで持って来て、私が口を開け、真癒君は、あーんと言いながら、私の口の中におにぎりを入れる。これは、あまりにも怪しく、危険過ぎる事よ。なのに、明日が待ち遠しいの。私自身が、危険人物ね。
「勇飛君。口を開けて。はい、あーん。」
姫音は、私の口の中に、おにぎりを入れた。
「・・うん。美味しい。」
「褒めてもらえて、嬉しいわ。」
「明日は、俺が優先だ。」
「駄目よ。じゃんけんで勝った方が優先よ。」
「二人で、勝手にやってなさいって感じね。」
「強、あんな約束して良かったのか?男同士だぞ。」
「良いんじゃね?もう、どうにでもなれって感じだ。」
後は、クラスの他の生徒達から貰ったおにぎりを食べた。
翌朝も、7時45分に、校門に到着。もしかしたら、また、真癒君に会えるんじゃないかと期待しているの。二人だけの空間で、幸せに浸りたいの。でも、昨日は、園が電話したから、早く来ただけだよね。今日は、いつも通りの登校かなと思い、教室に着いたら、また、前後の扉が閉まっていた。もしかしてと嬉しくなり、扉を開けた瞬間、「真癒君。来てくれたのね。」
と、素の私が出てしまった。
「いつもの様に、輝と呼んでくれないのかい?」
と笑顔の真癒君。
「あ、いや、その、これは・・。」
「女の子口調の君も、とても可愛いよ。」
「・・変人だと思わないのか?」
「俺は、いつもと、また違った勇飛が見られて嬉しい。」
良かった。一瞬、キモいって、嫌われるかと思った。
「俺、勇飛と二人になれる時間を大切にしたいんだ。誰にも邪魔されず、君と二人で居たい。」
「輝・・。」
「勇飛。昨日の昼休みの約束、覚えてるかい?」
「ああ。今日の昼休みな。」
「今、したい。」
「は?まだ、朝だぞ。」
「1つだけだから。終わったら、後の19個を渡すよ。」
「・・ていうか、何で今なんだ?姫音は、じゃんけんって言ってたろ?怒らすと、恐いぞ。」
「構うもんか。昨日、目の前で、刄魔が、勇飛の口に、おにぎりを入れている姿を見て、嫉妬してしまったんだ。本当は、俺がやりたかったって。」
「なら、尚更、姫音の前でやるべきなんじゃねーの?」
「刄魔は、どうでも良い。俺は、自分の作ったおにぎりを、君が美味しそうに食べる姿を、独占したいんだ。」
どうしよう・・心の準備が、まだ出来てないよ。とりあえず、深呼吸。
「・・良いぞ。」
「本当に、良いのかい?」
「時間が、あまり無いだろ?早くしないと、皆、来ちまうぞ。」
真癒君は、おにぎりを手に持ち、私の口の前に持って来た。
「勇飛。口を開けて。」
わぁー・・真癒君が、凄い間近に居るー。ドキドキし過ぎて、口を開けられないよー。
「勇飛。唐揚げが、早く、君に食べてと言ってるよ。」
そんな事を言われたら、食べたくなり、口を開けるしかなくなるじゃない。真癒君は、人の心をくすぐるのが得意なんだから。仕方ないわ。この緊張がずっと続き過ぎると、失神してしまうかもしれないし、早く終わらせなきゃ。私が口を開けると、「僕を食べてくれるんだね。嬉しい。必ず、君の力になるからね。」と言い、おにぎりを、私の口に入れた。
「どう?美味しい?」
「うん。美味し過ぎ。」
「まだ食べるかい?」
「輝。1つ食べたら、後19個をくれる約束だろ。」
「そうだったね。」
真癒君から、残り19個のカレー唐揚げおにぎりを貰った。
「もう、二度とこんな事すんなよ。これから、毎日、このおにぎりを20個持って来てくれんだから、それで十分。」
「勇飛。正直に答えて。俺と刄魔のおにぎり、どっちが美味しかった?」
「どっちも好きだから、美味しく感じた。でも、敢えて順位を付けるなら、唐揚げだな。鶏肉が1番好きってのもあるが、唐揚げのころもがカレー味になってるって事に惹かれた。1度食べると、まだ食べたいと思わせられた。」
すると、真癒君は、笑顔ながら涙した。
「おい、どうしたんだよ。」
「俺の作った物が1番だと言われ、とても嬉しいんだ。」
食べ物でなくても、真癒君は、私の1番だよ。あなたは、私の前では、涙も笑顔も見せてくれる。私だけの特権だと思っても良い?
1時間目の体育祭の練習。昨日は、大玉送りで、玉を落としていた真癒君が、今日は、落とさず、後ろに玉を送っていた。
「真癒、今日は、好調だな。何かあったの?」
「普通に戻っただけだろ。」
「普通じゃないよ。今の僕は、スーパーハッピーだから。」
「そうだな。いつも以上に、明るい表情してるもんな。でも、刄魔が、今の真癒の表情を見たら、知らぬ内に、強を独占したと疑うだろうな。」
「輝。今日も、昼は、来いよ。俺、心配なんだよ。もし、約束を破ったら、姫音が、輝に、危害を加えてくんじゃないかって。」
「勇飛が、俺の事を心配してくれるなんて、とても幸せだよ。」
「ご・・誤解すんなよ。あくまで、友としての心配だからな。」
「じゃあ、お昼は、一緒させてもらうけど、ジャンケンでは、敢えて負けるよ。」
「それも怪しまれると、僕は思うけど。」
「でも、1回なら、大丈夫だろ。輝に勝つ事が目的なんだから。2日連続であんな事が出来るんだぞ。スッゲー喜ぶだろう。」
「強。今日も、あんな事許すのか?」
「仕方ないだろ。姫音と輝の約束なんだから。」
屋上で昼食の時間。園は、また姫音が来るのかと嫌そうな顔をした。
「さあ、勝負よ。真癒君。まあ、私が勝つに決まってるけど。」
「いや、勝つのは、俺だ。」
「行くわよ。じゃんけんぽん。」
真癒君、敢えて負けると言ってたけど、結局、あいこになっちゃった。
「やるじゃない。」
「君こそ。」
「もう一度行くわよ。じゃんけんぽん。」
え?また、あいこ?
「しつこいわね。」
「俺は、早く勝負を決めたいんだけど。」
「私だってそうよ。今度こそ、決めるわよ。じゃんけんぽん。」
一体、どうなってるの?何で3回連続、あいこなの?
「ちょっと。何で、決まらないのよ。」
「俺が聞きたい。」
敢えて負けようとするのは、難しいみたい。
3回目の勝負から10分経過したけど、今だに、勝負は、ついてないみたい。私は、真癒君から貰ったおにぎりを食べながら、二人の勝負を見守っていた。
「いつまで続くんだ?まあ、良いけどな。正直、あんな事は、もう、ごめんだからな。」
「そうね。このままの状態で、昼食時間が潰れれば良いのよ。」
「でも、真癒が可哀相だな。刄魔に巻き込まれて。いつ、昼食食べれんだよ。」
結局、昼食の30分、ずっと、2人は、あいこを繰り返していた。
「輝。もう、昼休みだぞ。今日の図書委員休んで、昼食にしろ。」
「え?もう、そんな時間?待って。俺も行く。」
「仕方ないわ。今日の勝負は、明日に持ち越しね。」
「もう、やめなさいよ。また、同じ事が繰り返されるだけよ。そんなんじゃ、真癒君が、お昼を食べられず、迷惑するのよ。」
「俺は、大丈夫。刄魔。明日も、勝負しよう。明日は、俺が勝つから。」
「頼むから、もう、勝負しないでくれ。その代わり、刄魔も輝も、これからずっと、俺と一緒に昼食で良いから。」
「ちょっと、強。折角の私達だけの時間なのよ。」
「あんな事をずっと続けられんの、嫌だからな。二人共、俺の傍に居たいだけなんだろ?なら、一緒に食べれば良いだろ。」
姫音は、私に抱き着いた。
「本当?本当に?私、昼食の時間を、勇飛君と過ごして良いの?」
「ああ。その代わり、あんな事は、二度とすんなよ。約束出来るか?」
「分かった。じゃんけん勝負もやめるわ。私、今、とても幸せよ。」
「じゃあね、強。彼女は、私が連れてくから。図書委員頑張って。」
「何で、あなたと戻らなきゃならないのよ。」
「私達も、吹奏楽の自主練に行かなきゃ。」
「自主練なんだから、行こうが行くまいが、自由じゃない」
「フルートの腕を磨いて、強、に上手だと褒められたくないの?」
赤面する姫音。
「勇飛君。待ってて。必ず、私の美しいフルートの音色に酔わせてみせるわ。」
「ああ、楽しみにしてる。」
「じゃあね。」
姫音は、スーパーダッシュで行ってしまった。園も、音楽室へ向かった。
「あの、僕は?」
「マッヒーも、一緒に食べような。輝の事、頼む。」
「俺は、大丈夫。図書委員は、ちゃんとやるから。」
「何も食べてないだろ?後で調子悪くなるぞ。」
「一つ抜く位、大した事ないよ。」
「今日は、俺一人で行く。じゃあな。ちゃんと食べろよ。」
私が去ろうとすると、真癒君が、私の腕を掴んだ。
「俺を、一人にしないで。少しでも長く、君の傍に居たいから、一緒の委員になったんだ。君が居なければ、意味が無いんだ。」
真癒君は、どうして、嬉しい事ばかり言うの?ときめいちゃうよ。
「分かった。じゃあ、これを食べてから行けよ。」
私は、真癒君から貰ったおにぎりの内、2つを、彼に返した。
「駄目だよ。食べられない。君に食べてもらう為にあげたんだ。」
「朝に1個食べたろ。昼には、11個食べた。半分は、行ったろ?喜ばないのか?それだけ、輝の作ったおにぎりにハマってるって事。とにかく、時間がない。軽く食べられるもんは、今、これしかない。食べないと、力が出ないぞ。っつーか、食べなかったら、ついて来んの禁止だからな。」
「・・分かった。」
輝は、おにぎりを2つ食べ、私と共に、図書室へ行った。今日も、私と真癒君は、返却本の片付けを担当した。10冊たまったら、一人5冊持ち、片付けに行くんだけど、私が、残りの3冊の内の1冊を、棚に入れようと、本を持った時、私の手の甲に、真癒君の手のひらが触れ、ドキドキ。
「輝。何してんだ。」
「勇飛の手、温かい。ずっと、触れていたい。」
「他の生徒達が居るんだぞ。ほら、早く、次の本を持ちに行けよ。」
「君の触れる物は、僕の物だよ。」
どうしよう・・何で、こんなにときめかされるの?
「さあ、一緒に片付けよう。」
一緒にって・・まさか、真癒君の手に触れられたまま、本を動かすという事?無理よ。普通に動かせない。緊張するよー。でも、このまま触れられていたい。
「しょうがないな。1回だけだぞ。」
私は、真癒君の手に触れられたまま、ゆっくりと本を動かし、本棚に入れた。
「終わったぞ。手を離せよ。」
真癒君は、私の手を離すと、悲しそうな顔をした。私に、もっと触れていたいと思ってくれたのかな?もし、そうなら、とても嬉しい。
6時間目は、校庭での体育。最初のウォーミングアップランニングでは、まだ体調が回復し切っていないという口実で、1周にさせてもらったの。通常は、3周なんだけど。男子は皆、久々に私の走りが見れると喜んでいたわ。さあ、いよいよスタート。真癒君は、心配そうな顔で私を見ていたけど、私は、笑顔を返した。大丈夫よ。見てて。1周なら、へっちゃらよ。
走り開始と同時に、私の腕に書かれている赤文字のMが金色に光り、超速で走れる様になるの。気持ちに、多少の余裕が出来たからか、周りの声が、はっきり聞こえる様になったの。女子達は、強様素敵と叫んでいる。「勇飛君、私の為だけに走って。」と姫音の声。走ってる私がハズいじゃない。
「強、ファイト。」と園の声。親友に応援されると嬉しい。
走ってると、自分の足が、複数あるのではないかと思ってしまう。神星の所で、速度調整靴を履き、鍛えてるおかげか、多少は、足が軽くなった様な気がする。1周が終わったところで、先生が2秒だと言った。え?ただのウォーミングアップなのに、タイムを測ってたの?後で、何で測ったのか聞いてみたら、体育祭の100メートルで、折角アンカーに選らばれたのに、休んでる間に、体力が衰え過ぎて、タイムが落ちるのではないかと心配だったけど、タイムを測り、何も変化はなく、安心したそう。期待してるとも言われたわ。
他の皆が3周走り終わった後、授業中だというのに、突然、胴上げされたわ。真癒君とマッヒーを除く男子達に。体育祭ではないのに、気が早いんだから。男子達は、私が居れば、このクラスは、間違いなく100メートルリレーで1位だと喜んでいた。
胴上げ終了後、今度は、真癒君とマッヒーがやって来た。
「強。すっかり人気者だな。ていうか、倒れなくなったな。休んでる間に、隠れて鍛えてるとか?」
「体が動かなかったんだぞ。鍛えられる訳がないだろ。」
私が休んでいた間に、ひそかに目や足を鍛えた事は、誰にも内緒よ。
「勇飛。今日は、何事も無くて、安心した。」
「不思議な事に、1周だけなら、無理なく走れるようになったんだ。俺自身、正直、驚いてる。」
放課後は、神星の制服屋の地下の体育館で、速さ調整が出来るリモコン操作靴で、ひたすら、足を鍛えているの。神星の特別操作により、女子の姿に戻った状態で。
「じゃあ、今日は、1周10秒から始めるか?」
「お願い。」
10秒だったら、4周でも大丈夫なんだけどね。まだまだ修業が足りないわね。早い秒数を設定されればされる程、足がつってしまうのよね。
「痛っ!痛たたた!」
「今日は、ここまでにした方が良いな。」
「1周7秒までなら、3周まで走れる様になったけど。」
「なあ、真癒ってさ、絶対、お前に気があるよな。」
「恋ではなく、親愛友ってとこ。」
「なあ、もう、キスされたのか?」
「ちょっと・・何て嫌らしい事を言うのよ。」
「顔が真っ赤だぞ。」
「学校では、男同士なのよ。有り得ないから。」
制服屋を出て5分後、真癒君に会った。ああ、もう。神星がキスなんて言うから、余計に緊張しちゃうじゃない。でも、女姿の私の事なんて、覚えてないよね。たった1度しか会ってないもの。
「3月に、お会いしましたね。」
ウソ!覚えていてくれたの?
「顔が赤いですよ。大丈夫ですか?」
だって、あなたにキスされる自分を想像してしまうんだもの。
「大丈夫です。どうぞ、お気になさらず。」
すると、真癒君の手が、私のおでこに触れた。どうしよう。ドキドキし過ぎて、心臓が破裂しそう。
「熱があります。絶対大丈夫でないですよ。この近くに、僕の家がありますから、休んで行って下さい。」
「本当に大丈夫です。風邪ではないので。失礼します。」
私は、走り、真癒君から逃げた。もう、私の馬鹿。今度会ったら、3月の時は、私を背負い、家まで送ってくれて有難うと言うって決めてたじゃない。
翌日の昼食時間。今日から真癒君・マッヒー・姫音も一緒に昼食なの。
「うーん、僕のゴールデンウイークはね、遊園地のヒーローショーを見に行く事かな。」
「広君は、今だに、ヒーローものが好きなんだ。」
「あら、なんてダサい趣味なのかしら。私は、小学時代の友人と、京都・奈良に行くの。」
「君こそ、寺ばかり見るんだろ?僕は、つまらないと思うけど。」
「何ですってー!」
「いつもは、和村との争いなのに、今日は、広となんて、珍しいな。ところで、勇飛のゴールデンウイークは?」
「俺は、園と出掛けんだ。」
「そうか・・。」
「何々?何か、浮かぬ顔してんじゃない。何なら、強を譲ろうか?」
「何言ってんだ。フザケんな。」
「あ、強。顔が赤くなってる。いっそ、真癒君とデートすれば?」
「しない。」
私がそういうと、真癒君は、更に、浮かぬ顔をした。私、また、顔が赤くなってた?昨日、真癒君から逃げちゃったけど、きっと、嫌われたよね。それでも良い。想い続けられるだけで幸せだから。
待ちに待ったゴールデンウイーク。学ランを身に纏い、男子に変身するまでは、女として生まれたのだから、女である事が当たり前だと思ってた。でも、今は、女の子として生まれた事を、幸せに感じてるの。今日は、園とゲーセンに行くの。いつも通り、私の家で待ち合わせよ。
「強。相変わらず、Tシャツに、Gパンに、ポニーテールね。ま、そこが強らしくて良いけどね。しかも、Tシャツ全体に大きな猫柄。可愛いよ。」
「有難う。」
「今日さ、ゲーセン行った後、プラネタリウム見に行く予定だったじゃん。予定を変更しない?」
「良いけど、何処に行くの?」
「それは、秘密。」
「何よー。勿体振らないでよね。」
「ゴールデンウイーク最高の思い出になる事、間違いなしよ。楽しみになさい。」
「おもいっきり笑顔ね。何か気持ち悪いし、怪しいわ。悪い事が起こる訳じゃないわよね。」
「何でそうなるのよ。折角のゴールデンウイークなのに。最高という言葉を信じなさい。」
プラネタリウムの他に、最高の事なんて、あるのかしら?
ゲーセンでは、まず、もぐら叩きをやったわ。
「えいっえいっ。もう、こっちも?え?あっちも?速いなー。もぐら共。」
「頑張れ、強。反射神経を鍛える為の訓練だ!」
次は、キャラクターにボールをぶつけると、カードが出て来るゲー厶。お金を入れるとボールが3つ出て来るの。3回中3回全て、左右に動くキャラクターにボールを当てなければ、カードが出て来ないの。園は、あっさりとカードゲット。
「このゲー厶、スカッとすんのよね。」
「そーじマンの敵、何でもサボローぜマンを退治するんだもんね。で?何のカードが出たの?」
「そーじマンの想い人、菊菜ちゃん。」
「艶やかなストレート髪で笑顔は、ダイヤモンドなんだよね。」
私も挑戦。
「このそーじマンが、お前を倒す。」
「かっちょいー!」
1球毎に、そーじマンの技を唱えています。
「クリーンタイフーン!」
私もボールを3回当てたけど、出て来たカードが、サボローぜマンで、ショック。
「折角、そーじマンの技を唱え続け、退治した筈なのに、何でこうなるの?」
「家の壁に貼ってさ、ストレスが溜まった時に、おもいっきり、それをパンチしたら?」
「良いね、それ。よーし、これからは、お前をパンチしまくってやるー!」
「その意気だ!」
次に、クレーンゲームをやったわ。2回やってみたけど、上手く行かず。
「くっそー!リーゼントキャットめー!私が嫌いなんかー?」
「園。ガラスをドンドンやっても、出て来ないよ。」
「強、諦めちゃ駄目!もしかしたら、不具合が生じ、出て来るかもしれないじゃん。強だって、ちょんまげあざらしが欲しかったんでしょ?悔しくない?ほら、一緒にやるやる!」
私は、周りの冷ややかな視線が気になり、やらなかったけど・・。
次は、プリクラ。撮った後、加工するのが楽しいの。
「園のは、縞模様のカチューシャ。私は、青のベレー帽。」
「髭を付けたら、面白いかも。サングラスも付けよう。黄色の縁が強。紫の縁は、私ね。」
プリントされたものを見て、私と園は、笑った。
「アハハハ!ヤダ!これ、サンタの髭じゃない。私、ベレー帽サングラスおじさん?可愛い猫のTシャツ着て、ポニーテールまでしてるのに。」
「私だって、ツインテールカチューシャサングラスおじさんだよ。アハハハ!」
楽しい時間は、あっという間に過ぎ、正午に。
「園、お昼は、何処にする?」
「ちょっと待って。お手洗いに行かせて。」
10分経過。
「お待たせー。」
・・え?どういう事?何が起こってるの?私、夢でも見てるの?ここに居る筈がない。今日は、園と遊びに来たのよ。どうして、真癒君が居るの?
「こちらが、例の彼氏募集中の友人。今は、別の中学だけど。もし良かったら、まずは、友達からって事で、仲良くしてあげてよ。じゃあ、私は、これで?」
「え?ちょっ・・一人にしないでよ。」
「ファイト!」
サプライズのつもり?どうしよう。気まずい。しかも、何で、彼氏募集って事になってるのよ。
「また、会ったね。」
「ど・・どうも。」
「こうして、3回も会えるという事は、縁があるのかもね。」
「は・・はあ・・。」
実は、学校で毎日会ってるけど。でも、学ランを着ていない時は、他人の記憶の中に、男としての私の記憶は、無いんだよね。
「俺は、真癒輝野。君は?」
どうしよう。本名を言っても、問題は無いんだけど、今は、男女として会ってる訳だし、女の子っぽい名前がいいな。
「スズメです。」
は?何で鳥の名前?肉好きだから?違う違う。決して違う。スズメは、小さくて、可愛らしいもの。
「とても可愛い名前だね。」
「・・それは・・どうも・・。」
「俺の事は、輝で良いよ。」
「いえ、そんな。急に呼び捨てなんて・・。」
「苗字で呼ばれると、自分が遠い存在に思われてるのかなって、悲しくなるんだ。だから、輝と呼んで欲しい。それから、これからは、丁寧語は、やめよう。僕らは、同級生なんだから。」
学校では、呼び捨てで、輝と呼んでるわ。でも、それは、私が男だからこそ平気で出来た事なの。
「ごめんなさい。失礼な気がして、言えません。」
「スズメ。」
どうしよう。心臓がバクバクする。
「スズメ。俺の名前を呼んで。」
「輝・・君・・。」
女として真癒君の下の名前を呼ばせてもらうのは、緊張するよ。
「もう一度、呼んで。」
「輝君。」
すると、真癒君は、笑顔になった。
「嬉しいよ、スズメ。」
あなたの笑顔は、私の全てを包み、癒してくれる。
「あの、これから、どうするの?」
「とりあえず、お昼にしよう。スズメは、何が食べたい?」
「輝君は?」
「俺は、何でも大丈夫だよ。」
「私、肉が好きなの。それでも良い?」
「うん、良いよ。」
私と輝君は、食べ放題の店へ。私は、味噌味の唐揚げを30個も取った。
「凄い食べるね。」
私、女らしさのヒトカケラもないよね。服装は、色気が無いし、食べる事に関しては、爆食だしね。
「じゃあ、食べようか。頂きます。」
「頂きます。」
私は、食べ始めると止まらず、唐揚げばかり見て、バクバク食べた。人目など、お構いなく。
気付くと、いつの間にか、30個完食していた。私は、大満足なんだけど、輝君は、ひいたよね。
「スズメは、鶏の唐揚げが大好きなんだね。夢中で食べてたよ。」
「・・ごめんね。見苦しい姿を見せちゃって。」
「面白いものを見せてもらえて、楽しかったよ。全然、見苦しくなんか無いよ。スズメは、スズメらしくいてくれれば良い。」
「食べ方だけじゃないの。TシャツにGパンだなんて、女の子っぽさが感じられないし・・。」
「何も気にする事無いよ。スズメは、スズメの着たい服を着て、堂々としていれば良い。俺は、カッコイイと思うよ。ありのままのスズメを見ている事が、僕の幸せだから。」
「・・有難う。」
輝君は、心の清らかな人。そんなあなたに、いつも救われているの。
食事の後、南都タワーに行ったの。展望台へ行くエレベーターを待っている間、私は、体がブルブル震えていた。
「どうしたの?寒い?」
「こういう所のエレベーターって、きっと、外が見えるのよね。恐怖なの。そういうの。」
「高所恐怖症?」
「展望台なら大丈夫だから、安心して。」
エレベーター到着。外の見えない普通のエレベーターであります様に。
展望台に到着。
「普通のエレベーターで良かった。」
「俺も安心した。エレベーターに乗る前、体が、随分震えていたから、もし、外の見えるエレベーターだったら、体調が悪くなるんじゃないかと心配だったから。」
いつでも、自分より人の心配なのね。そんなあなたに、初めて会った時から、心を惹かれていたの。
「あれが熊田川なんだね。花火大会で有名だよね。」
「TVで毎年見てるわ。一度位は、生で見てみたいと思うけど。」
「かなりの混雑だから、なかなか電車に乗れなくて、帰りが遅くなってしまうよね。」
「私ね、小学時代、熊田川で、水上バスに乗った事があるの。」
「どうだった?」
「沈んだりしないかって心配で頭がいっぱいで、涙ぐんでた。ただ、無事に家に帰れる様にと祈り続けてた。だから、あまり、景色を見れていないの。」
「今も、恐怖かい?」
「うん。」
「じゃあ、今度は、僕と一緒に乗ろう。」
「輝君。今の話、聞いてた?」
「もし、沈んだら、俺が、君を背中に乗せて泳ぐよ。」
「浦島太郎の亀のつもり?」
「スズメさん、助けてくれたお礼に、龍宮城へご案内致します。」
「アハハハ。輝君、面白い。」
「そうかな?」
輝君は、赤面ながら、とても可愛らしい笑顔を見せてくれた。
「俺は、川というと、小学時代、毛摩川に行ったんだけど、生でアザラシを見たのが印象に残ってる。」
「知ってる。ケマちゃんでしょ。一時期、TVでやってたよね。いいなー。生で見たんだ。」
「円らな瞳が可愛らしくて、見取れてた。」
「ケマちゃん、何処に行ったんだろうね。」
「何処かで、無事に生きていてくれたら、嬉しい。」
「今度は、熊田川に現れたりして。花火を見るアザラシというのも、可愛らしいと思わない?」
「想像しただけで、癒されるよ。」
最後に、展望台内の写真撮影サービスの所で、写真を撮ってもらったの。輝君がデジカメを持ってて、それで、撮ってもらったの。
帰り道。
「聞いても良い?今日の事は、いつから計画してたの?」
「ゴールデンウィーク前、学校で、君の友人に、何処も行かないなら、彼氏募集中の友が居るから、会ってくれないかって言われたんだ。」
「誰かも分からないのに、承諾したの?」
「もしかしたら、君に会えるんじゃないかって、思ったから。そしたら、本当に、会えた。」
「ごめんね。彼氏募集中だなんて、園が考えた嘘だから。」
「その嘘が、俺と君を会わせてくれた。だから、君の友人には、感謝してる。」
輝君の素敵な言葉に感動し、涙ぐむ私でした。
輝君が、私の自宅まで送ってくれました。
「わざわざ送ってくれて、有難う。帰る方向が全然違うのに、ごめんね。」
「俺が好きでしている事だから、謝らないで。」
「それから、ずっと、伝えたかった事があるの。3月の時、体調不良で倒れそうになった私を背負い、家まで送ってくれて、有難う。本当に、助かったよ。」
輝君は、赤面した。
「君の役に立てて、とても幸せだよ。」
「今日は、どうも有難う。じゃあね。」
「待って。」
輝君は、私の腕を掴んだ。
「また、会いたい。このまま君との関係を、終わらせたくない。俺と、友達になって欲しい。」
どうしよう、幸せ過ぎる。遂に、女の子として、輝君とお付き合い出来るのね。
「私で良ければ・・。」
「嬉しい。」
輝君は、笑顔を見せてくれた。
「スズメは、パソコンでメールはやる?」
「メールなら、やるよ。」
「メールのやり取りをしよう。これ、俺のメアドだから。」
輝君は、メアドが書いてある紙を私にくれた。
「俺、今日の写真をパソコンに取り込んで、メールに添付して送るから。楽しみに待ってて。」
「うん。楽しみにしてる。」
「これから、宜しくね。」
「こちらこそ。じゃあ、また。」
「うん。また会おうね。」
お互いに、手を振り合った。
「輝君、もう帰って良いよ。」
「君が家に入るまで、ここに居る。」
「もう、輝君ってば。」
たったの半日だったけど、本来の女の子としての幸せを取り戻せた気がしました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます