第3話 モテ過ぎは、窮屈だなー

「何かの間違いじゃねーの?」

「真癒を疑うなら、先生に聞いてみろよ。」

先生に、タイムを聞いてみたら、確かに、2秒だと言っていた。

「ほ・・本当だったんだな・・。」

「皆、驚いてたよ。俺達もだけど。」

「・・正直、まだ、信じ難い。」

「100メートルを2秒って事は、50メートルを1秒だろ?ってか、強、絶叫してたよな。」

「そうなんだよ。ジェットコースターにでも乗ってんじゃないかって位、スゲー恐かったんだぞ。」

幽霊の奴、どれだけ走りで1位になりたい執念が深いのよ。

「絶叫してたのに、凄い速く走ったってギャップがまた、可愛らしいな。」

「輝。俺の事からかってる?」

「違うよ。見てて癒されるし、楽しくなるんだ。昼休み、俺に、勇飛の走りを伝受してよ。」

「・・いや・・それは無理。」

「何で?僕も教わりたいんだけど。」

幽霊が私を操ってるだなんて、言える訳ないじゃない。


体育が終わると、女子達が私に寄って来て、さっきの走りに見とれたと言ったの。もう。あんな醜態見られたくなかったのに。しかも、握手を求めて来たの。だけど、園が、「彼、私の親友なの。あなた達にあげない。」と言い、私の腕を掴み、引っ張って進んでくれたの。

「園、有難な。助かった。」

「これじゃあ、ファンクラブが結成されてもおかしくないわね。」


昼食の時間になると、クラスの女子達が私と食べたいと言い、寄って来ながらも、私を巡り、争いが激しい。

「強、今の内。」

私と園は、屋上へ行った。

「誰も居なくて良かった。正直、無理に男口調で話すのって、辛いもの。」

「よく辛抱したね、強。」

「もう、限界よ。」

「強が走ってる時、女子は、皆、強に釘付けだったの。だから、皆、先生に、授業に集中しろって怒られてた。・・てか、凄いね。あれが、幽霊の執念なのね。恐ろしい。」

「でしょ。私の体を何だと思ってんのよ。」

「でもさ、これなら、リレーのアンカーに選ばれる事、間違いないよね。」

「ヤダ、そんなの。目立つじゃん。」

「目立つも何も、100メートルを2秒で走るんでしょ?あっという間じゃん。」

「2秒ってのが、余計に目立つの。」


昼休み、教室に戻ると、女子達が皆、勇飛様と叫びながら、私の所に走って来るので、逃げようとしたら、幽霊の執念のせいか、再び、絶叫で、速走りをさせられた。

「うわぁー、助けてー。誰か止めてー。」

階段も速走り状態で、落ちて大怪我するんじゃないかと不安だったわ。辿り着いたのは、中学の隣の公園。私、上履きのまま、校門の外に出てしまったのね。でも、ここなら安心。昼休みに、校門の外に出る生徒は、おそらく居ないと思うし。

「甘いわ、勇飛君。」

後ろを向いたら、見知らぬ女子が立っていた。同じ中学の制服を来ている。

「誰?」

「入学して、まだ日が浅いし、顔も名前も分からないかもしれないけど、刃魔姫音よ。姫音と呼んで。」

「同じクラス?」

「ええ。あなたの1つ前の班よ。」

「どうして、ここに?」

「学校は、騒がしく、落ち着ける場所がないでしょ。だから、外に出たと予想して来てみたら、案の定だったわ。」

・・ていうか、幽霊に操られて、たまたま校外に出ただけなんだけど。

「俺に、何の用?」

「今日の体育の授業で、あなたの走りを見て、驚きと共に、カッコイイと感じたの。あんなに、瞬間で走れるなんて、通常有り得ないもの。私、そういう特殊能力を持つ人に、心を惹かれるの。早速だけど、私と付き合ってくれない?」

はぁー?何?それ。それって、恋愛対象って事?言っとくけど、私も、本当は、女子なんだからね。

「悪い。君も他の女子と同じで、ファンの一人なんだろ?俺、ワーワー騒がれんの好きじゃない。」

「騒ぐつもりは、無いわ。私も、騒がしいのは、嫌なの。だから、落ち着いて、一対一で、あなたと話したくて、ここに来たの。まずは、友達から始めて、行く行くは、恋愛対象として見てもらえたら、嬉しいわ。」

申し訳無いけど、あなたの事を、恋愛対象として見るのは、一生無理だからね。

「友達としてなら、付き合うぜ。」

「本当?とても嬉しい。」

姫音は、急に、私の体に、ぴとっとくっついた。うう、寒気がする。

「おい、何やってんだ。離れろ。俺達は、ただの友達だろ?」

「嫌。離れたくない。勇飛君の体は、温かくて、気持ち良いんだもの。」

やめてー!・・とその時、チャイムの音がしたので、私は、姫音を突き放し、再び、幽霊の執念の力により、速走りさせられた。

「勇飛君。待ってー。」

教室に戻ると、すぐに、女子達が寄って来て、握手してだのサインしてだのとワーワー騒ぐ為、頭が痛かったんだけど、すぐに、先生が来てくれて、何とか収まって、良かった。


帰りには、これ読んでと、女子達が、レターの山を置いて行った。

「勇飛君。校門の所まで、一緒に帰りましょう。」

「姫音、悪い。他に、約束してる人がいるから。」

「構わないわ。あなたが一緒なら。」

今日は、園・真癒君・マッヒー・姫音と一緒に帰る事に。

「早速、ラブレターを貰うなんて、強、モテモテだな。羨ましい。僕も、ラブレター貰ってみたいな。」

「はぁ?全然良くない。落ち着いて学校生活送れないだろ。」

「勇飛。昼休み、何処に居たの?」

「私と勇飛君の二人きりで、愛を育んでたのよね。」

「でたらめ言うな。友達になっただけだろ?」

「刄魔さん。強を困らせないで。もし、強に何かしたら、ただじゃ置かないから。」

「あら、あなたも勇飛君に恋をしてるのね。」

「いいえ。私と強は、小学時代からの大親友よ。」

「じゃあ、私が勇飛君を、奪って良いわよね。」

「アンタに、強は、渡さない。私が彼を守るんだから。」

「勇飛は、本当に、モテモテだな。」


園は、今日も、私の家に寄ってくれた。自分の部屋に入り、扉を閉めて、元の姿に戻ると、園は、溜め息をついた。

「漸く、ほっとしたよ。それにしても、何なの?あの刄魔って女。強引過ぎない?強。無理して、彼女と友達になんなくて良いんだからね。」

「本当は、関わりたくない。でも、友達になろうとなるまいと、しつこく付き纏って来ると思うし・・。」

「確かに・・厄介よね。そういえば、貰ったレターは、どうするの?」

「興味なし。後で、シュレッダーかけるわ。」


翌日の朝、靴箱を見ると、レターの山で溢れていた。

「良いなー。モテモテで。昨日の帰りも貰ってたよね。僕もラブレター欲しいなあ。」

「マッヒー宛てじゃないけど、自由に持ってけよ。俺、正直、迷惑してるから。モテる気持ちを味わいたいんだろ?」

「マジ?じゃあ、幾つか持ってくな。」

「・・ていうか、これじゃあ、隣の真癒君にも大迷惑よね。靴が出し辛いし。」

「おはよう。」

「輝、悪い。すぐに、片付けるから。」

「何?ラブレター?昨日、女子達が、勇飛の事で騒いでたもんな。俺にも中身見せて。」

すると、そこに、姫音がやって来た。

「どうでも良い騒ぎね。勇飛君は、私だけのスーパーボーイなんだから。」

その一言で、皆、私を囲んだ。

「あのさ、僕の友を横取りしようとするのやめてくれる?」

「友って・・。彼、本当に、あなたを友と思ってるのかしら。入学して、まだ日が浅いのに。」

「私はね、小学時代から彼を知ってるの。残念ながら、彼は、あなたがお望みのスーパーボーイじゃないの。もし、超速だけで彼を好んでるなら、今すぐ付き合いをあきらめて。後に、彼が傷付くだけよ。」

「ええ、確かに、今は、そうよ。でも、これから、彼の色々な面を知りたいわ。」

「俺、勇飛の超速には、驚かされたよ。でも、そんな事より、彼が、入学式に出る前、あがり、皆の前で倒れた事に、男の割に、こんなにあがるんだって、可愛らしくて、心を惹かれた。まるで、女の子みたいで・・。君は、傍観してたよな。生理的に受け入れられないって事だろ?そんな君に、彼を渡したくない。俺が勇飛を守るから。」

「あなた、キモ過ぎ。勇飛君の事、本当に、女の子みたいに思ってるのね。でも、彼は、男なのよ。女の子と思われて接される勇飛君が迷惑よ。ね、勇飛君。」

ああ、もう。頼むから、私の事で争わないでー。私、どうしたら良いか分からないじゃない。

「真癒君と広君は、強と一緒に、先に、教室に行ってて。私は、レターの片付けするから。」

「オッケー。強の守りは、僕らに任せて。じゃ、行こう。強。」

「・・ああ・・。」

おそらく、教室に行ったら、ファンの女子達に狙われるから、二人を一緒させたんだろうけど・・。


教室に入ると、女子達が私に向かい、走って来た。同じクラスの女子は、ファンクラブを結成したらしく、皆、白い『強LOVE』と書かれた鉢巻きをしていた。皆、私を強様と呼び、手紙を読んでくれたかと言って来た。そしたら、勇飛君とマッヒーが、私ファンの女子達の前に立ちはだかった。

「強の所に行くなら、僕らを倒してから行くんだな。」

「俺達は、君達以上に勇飛のファンだ。だから、彼を奪われたくない。」

二人共、カッコイイ事言うな。逆に、私が二人のファンになっちゃうよ。

女子達は、私達のモノだと諦めずに訴え続け、それに負けず、真癒君やマッヒーも自分達のモノだと訴え、喧嘩状態に。もしかしたら、真癒君とマッヒーは、敢えて喧嘩になる状況を作り、私を教室に入り易くさせてくれてるのかなと思い、喧嘩の隙に、教室に入った。


昼食の時間になり、またしても、女子達がやって来て、弁当作ったから食べてくれと、私の机の上に置いて行った。おかげで、机は、弁当の山である。更に、姫音がやって来た。

「勇飛君。あなたの為に、お弁当作ったの。食べてもらえないかしら。」

「見ての通り、俺の机は、弁当の山だ。こんなに持って来られても食べらんないっつーの。そもそも、俺は、自分の弁当しか食べないからな。」

すると、姫音は、自分の席に戻り、大きな紙袋を持って来た。

「これに入れて持って帰って。」

ただしつこいだけかと思いきや、気が利く所もあるのね。

「サンキュー。助かるよ。」

「こうなると思ってたもの。私が袋に詰めるから、食べに行って。」

「・・あ・・じゃあ、後は、宜しく。」


私は、園と、屋上へ。

「ところで、靴箱のレターの山は、どうなったの?」

「それが、刄魔さんが、破いちゃったのよ。強には、私が居るんだから、こんなのいらない筈だって言って。」

「まあ、逆に助かったかも。荷物になるし。」

「マッヒーが少し持ってったから、後で、それ見ようよ。実は、興味あるんだ。どんな内容なのか。」

「貰った弁当どうしよう。」

「ああ、女子達から貰った奴ね。夕飯にしたら?強んち、お父さんが大食いでしょ。食べて3時間しか経たないのに、お腹空くんでしょ。」

「・・まあ、確かに、そうだけど・・。」

「私も持ってくよ。夕飯作る手間が省けんじゃん。」

「有難う。助かるよ。そうだ。真癒君とマッヒーにも頼んでみようかな。」

「特に、マッヒーは、喜びそうだよね。モテ気分を味わいたいから、ファンレターを少し持ってった訳だし。」

「そういえばさ、ファンレターとか弁当の山について、学ランの中の幽霊は、喜ぶのかな。」

「自分の事の様に喜ぶんじゃない?自分に好意を持ってくれてるんだって。でも、レターとかだけじゃ、刺激が足りないよね。面と向かい、愛の告白されたり、デートとかキスされるとか・・。」

「キ・・キス!?」

私は、一瞬、元の姿の私が、真癒君にキスされるのを想像し、赤面してしまった。

「あ、もしかして、今、真癒君の事を思い浮かべたでしょ。」

「ち・・違う違う。何言ってんの。そんな訳ないじゃん。彼は、ただの恩人だから。」

「えー?怪しー。本当は、真癒君の事、好きなんじゃないのー?」

「もう、しつこいなー。違うって言ってんじゃん。」

でも、気になってはいるけど。


昼休み、クラスの男子に、校庭を2周走ろうと誘われた。は?200メートル?有り得ない。授業で、1周100メートルを、幽霊の力により、2秒で走り、目まいがしたってのに、1周増えたら、目まいどころか、走り終わったら、倒れちゃうよ。私は、断ったんだけど、話を聞いてた女子達が、見たいと騒ぎ出した。更に、マッヒーも私の超速を、また見たいと言い出したの。本当は、嫌なんだけど、超速で走る機会を少しでも増やせば、幽霊の呪縛から開放されるのが早くなるのではないかという期待もあり、仕方なく、誘いを受け入れた。ただし、マッヒーと真癒君にも参加して貰うという条件付きで。


昼休み、校庭は、見物人だらけだった。何故かというと、クラスの男子が知り合いの放送委員の先輩に頼み込み、校内放送で、100メートルを2秒で走る奇跡の男子を目撃せよなんて宣伝させたからである。

「勇飛。大丈夫?無理するなよ。」

「平気って言うと、嘘になるけど、ここまで来たら、やるしかないだろ。」

「強と走れるなんて、ワクワクするよ。今度は、一緒に横に並んで走れるんだから。強の速さを、間近で味わえるのは、嬉しい。」

走るのは、私・真癒君・マッヒーを含む、クラスの男子の一部。全員で一斉に走り、1位の人のタイムが何秒かを測るらしい。強様ファイトと叫ぶ私ファンの女子達。

「勇飛君。私の愛のパワーを送るわ。」と叫ぶ姫音。

いよいよスタート!同時に、幽霊の1位になりたい執念パワーが働き、一瞬で皆を抜き去った。

「スッゲー!気配もなく、あっという間に抜かされたよ。強の姿見えないよ。僕ら、まだ、これから2周目もあるってのに。」

私は、ただただ速いのが恐くて、「誰かー、助けてー。私を止めてー。」と涙ぐみながら叫んでしまった。更に、2周も速走りの為、1周走った時より、更に、目まいが酷かった。2周終わり、ゴールに着いた時は、吐き気がし、倒れた。


気が付いたら、私は、保健室のベットに、横になっていた。入学式の日と同じ様に、真癒君が横に居てくれてるのかなと期待してたけど、誰も居なかった。授業中なのかな?


10分位経ち、保健室の扉が開く音がした。そして、直後、ベットの手前のカーテンが開いた。

「強、体調どう?」

園が来てくれた。

「少しは、回復したかも。」

「無理し過ぎ。だって、超速で2周だよ。」

「俺、何秒だった?」

「ジャスト4秒。これなら、間違いなく、オリンピック出場確定よね。・・ていうか、余裕で、世界新記録だよね。」

「今、何時?真癒君とマッヒーは、ここに来るの?」

「もう帰りよ。今日は、5時間目で終了でしょ。だから、強の鞄、持って来たよ。後、5時間目の英語のノートを貸すから、家で写しなよ。明日は、英語無いし。私達、まだ、部活も入ってないから、早く帰れて良いよね。」

「本当だな。・・てか、いっそ、毎日4時間目までで帰れたら、遊び時間が増えて、どれだけ嬉しい事か。英語のノート、サンキュー。有難く、写させてもらうよ。そういえば、弁当の山を入れた紙袋は?」

「今、真癒君とマッヒーが、紙袋を持って、全校生に弁当を配ってるとこ。」

「大丈夫なのか?知らない人達に、勝手に、弁当を押し付けて。」

「私も、正直、心配。それにしても、昼休み、強は、校庭や教室の窓から、全校生に注目されてたよね。まるで、体育祭みたいに。ウチのクラスの強ファンクラブの女子は、『ゴーゴー!レッツゴー!』って叫んでたし、姫音は、『スーパーボーイ勇飛!再び、ミラクルを起こして』なんて叫んでた。そんなお騒がせな彼女達を含め、学校中の生徒が、強の走りに、釘付けだったよ。」

「皆、騙されてんのに。本当の俺は、凄いゆっくり走んのに。」

「これから、益々モテて大変ね。でもさ、これだけ注目されるって、貴重な体験だし、青春の大切な1ページになるよね。学ランに居る幽霊が、走りで1位になる執念を抱くキャラで良かったじゃん。これから、強の護衛を強化しないとね。」

「それ、僕も賛成。」

「俺も。」

「マッヒーも輝も、いつの間に来てたんだよ。・・ていうか、弁当配り、どうなった?」

「良いもの見せてもらったから、そのお礼として受け取るという派。これを食べれば、勇飛の様に、速く走れ、モテるかもと喜ぶ派。まるで、本当に、自分に作って貰ったかの様に、モテ気分を味わいたい派の3種で、あっという間に、全部なくなったよ。」

「それは、良かった。これで、持って帰る手間が省けて助かるぜ。」

「ねえ、マッヒー。今朝の強へのラブレター、幾つか持ってったでしょ。見せてよ。」

「OK!僕も、早く見たくてうずうずしてたんだよ。」

マッヒーは、レターを3通持って来たみたい。

「この封筒、シール貼りまくってる。しかも、全部漫画の付録のシールじゃない。ね、強。」

「月刊少女漫画『シュシュ』の『とろける青春』だろ。こっちは、『真愛なる剣君』だよな。」

「勇飛、少女漫画読むんだ。また、新たな可愛さ発見。」

しまったー。つい、夢中になり、今、自分が男である事を忘れてた。恥ずかしー。

「あ・・いや、小学低学年の頃の話だぞ。」

本当は、今も読んでるんだけど・・。

「何何?一瞬でどこへ消えたのかと思ったら、いつの間にかゴールに居た。あなたを走りの神様として、尊敬します。今度は、400メートルを走る姿を見てみたいですだってさ。神様だなんて、強、凄いよ。羨ましい。僕も、1度で良いから、神様と呼ばれてみたい。」

「もしかしたら、いつか、勇飛の銅像が作られ、学校に置かれるかもしれないな。」

「超速記念みたいな?良いじゃん。それ。」

「どこが良いんだよ、園。ハズ過ぎだろ。」

「銅像効果で、強みたいになりたいと、陸上部入部者増加なんてな。」

「マッヒーまで、何言ってんだ。」

次の手紙は、シールを貼りまくってはいないものの、封筒が漫画の付録だった。

「これも『シュシュ』のじゃん。確か、『ラブオブミラクル』よね。今度、アニメ映画化されるんだよね。」

「そうそう。公開されたら、一緒に行こうな。園。」

「何何?僕、興味あるんだけど。いつ公開なの?」

「今年の8月。それより、レターの中身は?」

「走っているというより、テレポートしている感じで、夢でも見ているのかと思いました。強様、あなたは、間違いなく、オリンピック選手の器です。もし、将来、オリンピックに出場されましたら、絶対に行きますだって。勇飛は、オリンピックに興味無いの?」

「全く無し。」

いや、だから、私の実力じゃないし。

「3つ目ね。度胆を抜かれました。一瞬にして、私の心を奪い去りました。あなたは、走りの英雄です。私、8月2日が誕生日なんです。その時は、運動場貸し切りで、私の為だけに走って下さいね。何周走って貰うかは、私が指定しますだって。・・ていうか、わざわざ自分の誕生日言って、強に無理矢理走らせるなんて、図々しくない?私、強の大親友として、絶対許せない。」

「それにしても、大胆な考えだね。運動場を貸し切るだなんて。あ、ちなみに、僕の誕生日は、9月23日ね。」

「広。君も、勇飛に無理走りさせるつもりなのかい?」


翌日、校門に着くと、突然、パーンという音がしたから、驚いて、目を閉じたの。その間、頭に、何か乗っかったみたい。目を開けてみたら、クラッカーを持った男子が、10人立っていた。どうやら、陸上部の先輩方らしく、私をスカウトしに来たらしい。おめでとうから始まり、今日から私が陸上部だなんて言って来たの。・・ていうか、良いのかしら?学校にクラッカーなんて持って来て。そんな中、マッヒー登場。

「どーもどーも。僕も陸上部に入部予定なんで、宜しく。」

今し方まで、笑顔だった部員達が、急に普通の表情に戻り、校内に去った。

「もう。何なのさ。僕を無視するなんて。」

「来てくれて、助かった。クラッカーされて、大迷惑だったんだ。」

「強。僕、本当に羨ましいよ。君は、モテ過ぎだし。」

「言っておくが、そうなりたくてなってんじゃないからな。それより、クラッカーのゴミを片付けないと。他の生徒達に迷惑かかるからな。」

「私も手伝うわ。」

「姫音。」

「やるだけやって片付けないなんて、腹立たしい。私、ちり取りと箒を持って来るわ。」

「サンキュー、姫音。」

良いとこあるじゃん。

「何なの?この紙屑。」

「あれ?そういえば、今更だけど、強と園、今日は、別登校なんだね。」

「いつもは、強んちで待ち合わせてんだけど、今日は、私が寝坊しちゃったから、先に行っててもらったの。」

「おはよう。どうしたの?皆で集まって。」

「輝、下見てくれよ。これ、皆、クラッカーのゴミだぜ。今、姫音が、掃除道具取りに行ってくれてる。」

姫音が戻り、私達5人は、校門掃除をした。

「やっと片付いたぜ。皆、済まない。俺のせいで。」

「何言ってんの。悪いのは、陸上部員達じゃない。強は、何も悪くない。」

「有り難な、園。」

「和村さんの言う通りよ。そいつら、私が叩きのめしてやるわ。」

「いや・・しなくて良い。」

今日の5時間目、体育館で、各委員会の任命式を行ったついでに、部活紹介が行われる事になっている。


5時間目、体育館で任命式が終わり、いよいよ、部活紹介へ。陸上部の紹介になった時、私は、突然、舞台上へ連れて行かれた。彼の様な奇跡のランナーになりたくば、入部すべしと 語る先輩。すると、体育館中がわぁーっと、騒音になった。あちこちで、絶対入部するって男子達の声がした。また、女子達は、強様の走りを絶対に見に行くと言っていた。


帰り、教室で暫く残り、いつもの4人で会話した。

「園は、部活どうすんだ?部活動は、強制だろ?・・てか、部によっては、今日から見学会だろ?」

「私は、吹奏楽かな。小学の時、ブラバンやってたから、その延長線って事で。」

「強。僕と一緒に、陸上部頑張ろうな。あ・・でも、強は、頑張る必要無いのか。」

私は、不本意で入部するんだからね。学ランの中の幽霊の為に。本当は、私も吹奏楽に入部したかったんだから。私も、小学の頃、園と一緒に、ブラバンでトランペット吹いてたんだから。

「そういえば、輝は、どうすんだ?」

「俺も、陸上部に入ろうかな。一人で別の部に行くより、仲の良い友と一緒の方が楽しいと思うし。」

「へぇー・・。」

「何?和村。」

「本当はさ、強に気があんじゃないの?」

赤面する真癒君。

「違うよ。女の子じゃないんだから。」

「そんな事言って、強の事、可愛いって言いまくってる癖に。実は、既に、女の子だと思ってんでしょ。」

「和村、しつこいぞ。」

「本当に、しつこいわね。」

「姫音。どうした?」

「和村さん。真癒君に、勇飛君を奪わせる様な事を言わないで。」

「姫音。今朝は、校門の掃除手伝ってくれて、サンキューな。」

姫音は、赤面した。

「勇飛君の役に立てて幸いよ。」

「ふーん。あなた、本当に、強に気がある様ね。」

「和村さん。白々しいにも程があるわ。前に言ったわよね。勇飛君は、私のモノだって。」

「ハイハイ。そうでしたねー。」

「まあ、何なの?その嫌味!」

「姫音、落ち着けよ。ところで、姫音は、何部に入んだ?」

「吹奏楽よ。今日から、仮入部期間なのよね。」

「うそ、そうなの?行かなきゃ・・って、何でアンタが吹奏楽なのよ。別の部に行きなさいよ。」

「そういうあなたこそ。」

「姫音は、何の楽器吹くんだ?」

「フルートよ。」

「お嬢様って感じだな。」

姫音は、再び赤面。

「そ・・そう?私、お嬢様に見える?」

「ちょっと!自惚れるんじゃないわよ。あんたのどこが、お嬢様なのよ。ただの騒音娘じゃない。」

「何ですって!」

「園も姫音も喧嘩してる場合かよ。そろそろ、部活行く時間じゃないのか?」

「アリガト。強。こんな奴と話してたら、部活に遅れる。じゃあね、強。また明日。」

「おう、またな。」

園は、走り去った。

「ちょっとー!こんな奴とは、何よ。待ちなさいよー!」

姫音も、園の後を追い、走り去った。

「園の言う通り、僕も、騒音娘にしか思えないんだけど。」

「刄魔は、随分、声が大きいからな。」

「俺らは、明日からだよな。走りたくねー。」

「強、何言ってんのさ。あれだけ速く走れるんだから、その能力を、部活で役に立てなきゃ、勿体ないよ。な、真癒。」

「・・あまり、無理しないようにな。」

真癒君。いつも、優しく接してくれて、有難う。あなたが傍に居てくれるなら、嫌な事でも、我慢出来そうな気がする。


翌日の放課後。いよいよ、陸上部の初日。私の体がまだ、超速走りに慣れてないのに、また走らねばならないなんて、最悪。校庭に出ると、同じクラスの、私のファンクラブの女子達が強様と叫びながら、笑顔で手を振っていた。その他、多くの生徒が、陸上部を見に来ていた。更に、今日は、吹奏楽部がないとの事で、園と姫音も来るの。

「勇飛君。あなたの奇跡の走りが見られるなんて、嬉しいわ。」

「ちょっと。言葉を慎みなさい。かえって、強の体に、負担がかかるだけなんだから。あんたは、さっさと家に帰って、勉強しなさいよ。」

「あーら。私、頭良いから、授業中に覚えてしまうの。だから、復習なんてしなくて大丈夫なの。」

「自画自賛なんてー。クーッ、生意気ー。」

「あら、事実を言ったまでよ。あなたこそ、さっさと帰った方が良いんじゃない?大親友に見られるのは、余計に緊張し、かえって、体の負担になるんじゃないかしら。」

「私は、速走りする度に、強が調子悪くなるのが心配なだけよ。あなたは、全然心配してないじゃない。あなた、本当に、強の友人なの?」

「何ですってー。」

「二人共、その辺にしとけよ。勇飛が困るだろ。」

真癒君、有難う。おかげで、心が救われたよ。


私が姿を現すと、先輩方が私の所に走って来て、ようこそ陸上部へと一斉に声を掛け、一人一人から握手された。先輩方・・申し訳ないけど、私の手に触れたところで、超速には、なれませんからね。それにしても、私が、部の宣伝に出させられた効果なのか、一年は、全クラスの男子を合わせて40人集まったみたい。先輩方は、この異常な数に、驚いていた。私も、正直、驚いているわ。私の中での勝手なイメージだと、男子って、サッカー部かバスケ部が入部希望者が多いって感じなのよね。とりあえず、一年全員の自己紹介となったけど、真癒君とマッヒーを除き、皆、言う事は同じで、私の速走りに憧れて入部したのだそう。皆、自己紹介後、必ず、私に握手を求めるの。先程、先輩方と握手した事もあるし、仕方なく、一人一人と握手したわ。


いよいよ部活開始。まず、ラジオ体操第2からスタート。この学校では、授業でもラジオ体操をやるのです。

「僕、ラジオ体操、全然覚えられない。ラジオ体操なんてさ、運動会の時だけ第1をやるって感じだったし。」

「そういえば、授業でラジオ体操第2のテストやるって言ってたよな。まだ、ついて行くだけで必死だよ。」


私もマッヒーも、ラジオ体操だけでブルーになりつつ、体操の次は、校外の決められたコースを、2周ランニング。このランニングは、競走ではなく、先頭から3年・2年・1年という感じで、2列で走るそうで、最初から最後まで、それを崩さないという条件です。・・ていうか、私は、大丈夫なのかな?通常、男子中学生の魂は、学ランの中に居て、体操着になっている間は、私の腕に記された赤文字のMの中に、移動しているの。おかげで、体育の授業で走る時は、勝手に速走りさせられ、体調が悪くなり、大迷惑。幽霊の奴、ちゃんと、話聞いてたわよね。頼むから、速走りさせないでよ。さあ、校外ランニング開始!幽霊は、ちゃんと話を聞いていた様で、今回は、何事もなく済んでいます。ちなみに、私は、真癒君の隣です。

「勇飛。良かったな。普通に走れて。」

「アリガトな。いつもこうだと良いんだけど。」

「小学までは、普通だったのかい?」

「ああ。中学になってから、急に、超速能力がついちまってさ。輝。一緒に入部してくれて、サンキューな。輝が傍に居てくれると、心が落ち着くよ。」

「俺に、勇飛の体を正常に戻す能力があれば良いのに。」

真癒君・・私の事、そこまで真剣に考えてくれてたんだ。とても嬉しい。

「気持ちだけ、有難く頂戴するよ。」

暫く経ち、2周目に突入。私の体は、クタクタである。

「校庭の2周ならまだしも、校外は、走る距離が長いから、疲れるぜ。」

「無理するなよ。どうしても調子が悪ければ、俺から先輩に頼んで、俺達だけ遅らせてもらうから。」

「大丈夫。後1周だろ。輝が、俺の心配してくれてると思うだけで、元気が出て来る。」

「・・なら、良いけど。」

不思議な事に、真癒君が私を心配し、声を掛けてくれた事で、気が楽になり、それまで疲れていたのが嘘みたい。走るのが、少し楽しくなったかも。


学校に戻ると、陸上部を見学に来た人達が皆、私に向かい、お帰りと叫んだ。

「強。どうやら、大丈夫だったみたいね。安心した。」

「園、サンキュ。俺も、最初、どうなるかと心配だった。」

「何の心配なの?」

「・・あ・・いや・・姫音は、気にしなくて大丈夫だからな。」

「そう言われると、益々気になるじゃない。」

次は、一年生の力試しという事で、二人ずつの競走で、100メートルを走る事になった。私・マッヒー・真癒君は、他のクラスの人と走る事になった。

「僕、強と走りたかったよ。強に、一瞬で抜かされる快感を間近で味わいたいからさ。」

「あのなー、俺は、別に、抜きたい訳じゃなく、体が勝手に動いちまうんだよ。」

最初に、真癒君が走ったんだけど、10秒4で、良いタイムだと先輩に褒められていた。一方、マッヒーは、13秒12で、頑張りが足りないと言われ、涙ぐんでいた。

「僕、ショックだよ。あんな言い方ないよ。」

「マッヒー。気にすんなよ。何を言われようと、自分らしく堂々と走れば良い。マッヒーは、マッヒーなりに頑張ってんだから。」

私が励ましたら、マッヒーの目から、涙が出た。

「ごめん。俺、気に障る様な事言った?」

「全然。嬉し涙だから。サンキュー、強。」

いよいよ私の番。走る前に、一緒に走る人から、私と走れて幸運だと言われた。そして、部活見学者達から、また奇跡を起こしてくれと叫ばれた。私のファンクラブの人達は、レッツゴーと叫んだ。姫音は、マイスーパーランナーと叫ばれ・・って、頼むから、皆、静かにしててー。私の体が、幽霊に操られるんだからー!さあ、いよいよスタート!よーい、ドン!私の体は、幽霊の1位になりたいという執念の力により、一瞬で怪物と化す。まるで、ジェットコースターのごとく。超速の為、途中で転ぶのではないかと心配・・なんて心の余裕はない。でも、恐怖感で溢れている。景色がはっきりとは見えない。どこを走っているのか分からなくなるプラス、速過ぎて、目がグルグル回る。だから、助けてと叫ばずにはいられない。そして、いつの間にかゴールに着き、動きが止まると、体がかなり疲労し、やはり、倒れてしまう。ああ・・毎回こんなんじゃ、体がもたない。・・ていうか、大袈裟な話、命落とすかも!?


またしても、保健室で目覚めた私。私の目の前には、3年の部長が居た。今回は、彼が、私を抱き抱えて運んだらしい。その際、見学者達は、女子なら分かるが、同姓を抱き抱えるなんてキモいとブーイングだったらしい。彼は、私の体を心配するどころか、私が逸材だと喜び、これからも、この調子で宜しくと笑顔で言った。・・は!?私がどれだけ調子が悪いか知ってて、笑顔!?少し位、私の体の心配してよね。

部長が去った後、今度は、一緒に走った、他クラスの生徒がやって来た。まるで、テレポートでもしたかの様に、一瞬で消えてしまうなんて、どんな技を使ったんだと言い、目を輝かせていた。私は、元々の体質だとごまかした。最後は、自分も私の様になりたいから、これから猛特訓すると言い、私と握手した。まあ、頑張ってよ。でも、私の様には、なり様がないけど・・。何度も言う様に、これは、幽霊の執念の力によるものだから。

次に、真癒君・マッヒー・園・姫音がやって来た。

「何でアンタまで来るのよ。」

「良いじゃない。私は、勇飛君の友達だもの。」

「姫音、来てくれてサンキューな。」

「勇飛君。何て優しいの。心のど狭い和村さんとは、大違いね。」

「何ですってー!」

「まあまあ、喧嘩する程仲が良いって言うだろ?」

「広君。それは、人それぞれよ。喧嘩する時点で、腐った関係になってる事もあるの。」

「同感よ。私達、そもそも、出会うべきではなかったわね。」

「ええ、そうね。」

「二人共、とりあえず落ち着けよ。俺の体を労ってくれないか?」

「・・ごめんなさい。つい、争いに夢中になってしまって。勇飛君。お疲れ様。あなたの走りは、何度見ても、惚れるわ。」

「そう・・。」

「足、大丈夫なの?」

「聞けよ、園。とにかく、つる。足がジンジンする。」

「僕が揉もうか?」

「いや、放っておいてくれ。」

「勇飛。いつも、君の走りを見ている事しか出来なくて、ごめんな。俺が、もっと速く走れたら、君を止める事が出来たかもしれないのに。」

「輝、いつも俺の事を気遣かってくれて、サンキューな。スゲー嬉しい。」

「勇飛君。私には、言ってくれないの?」

「アンタ、超図々しい。そもそも、強の事、何も気遣かってないじゃない。」

「あら、あなた達は、強に、マイナーな事ばかりしか言わないのね。あれだけ速く走る才能があるのよ。応援すべきじゃない。」

「あのねー、強は、なりたくてそんな体になったんじゃないの。これには、理由があるの。」

「園。」

「・・あ・・ごめん。つい・・。」

「え?理由?何々?僕に教えてよ。」

「俺にも、教えてくれ。勇飛の体の事を知れば、少しでも勇飛の事を救えるかもしれない。」

「あー、ゴホン!園。話しながら夢でも見てたか?」

「え・・ええ。そうみたい。広君も真癒君も気にしないで。ただの夢だから。」

「なんだ。そうだったのか。」

真癒君の方は、無言で、腑に落ちない表情をしていた。


帰宅し、私の部屋の扉を閉め、女子の姿に戻った私。園も一緒です。

「Tシャツとジーパンにポニーテール姿、強らしいよね。カッコイイよ。」

「有難う。園。」

「強。さっきは、ごめんね。秘密厳守なのに、口がすべりそうになって。」

「姫音と喧嘩ばかりして、頭に来てたんだから、仕方ないよ。」

「強は、優しいね。そういえばさ、真癒君、強の事、凄く心配してたね。」

「真癒君は、困っている人は、放っておけない人だから。私が特別って訳じゃないよ。園に、春休みの話しをしたでしょ。あの時は、ただの普通の女子だった私だけど、急に体調不良になったところを、真癒君に助けてもらった。」

「真癒君は、まだ、強の正体を知らないから、別人を助けたって事になるもんね。・・ねえ、神星さんに頼んで、設定を追加してもらったら?真癒君にも、強が自分の正体を白状した後、元の姿に戻った時、真癒君の中に春休みの記憶が蘇るの。私、やっぱり、真癒君は、強に気があると思うの。だから、学ラン着て変身した男子と春休みに助けた女の子が同一人物だと分かればきっと、嬉しがると思うの。早めに正体を明かして、真癒君とデートを重ねて、愛を育むの。そうすれば、幽霊の方の恋愛経験をしたいって願望が叶い、強が女子として普通の生活が送れる日も、近くなる思うの。」

「・・実は、もう、言ってあるんだ。」

「じゃあ、今すぐにでも、正体を明かそうよ。私、強と真癒君には、幸せになってもらいたいの。」

「嘘ついてるんだよ。正体明かしたら、何でずっと嘘ついてたんだって、嫌われるよ。それに、幽霊は、男子なんだから、もしかしたら、女子との恋愛を望んでるのかもしれないし。」

「やってみなくちゃ分からないじゃない。このままだと、強も真癒君も苦しいだけだよ。」

いつも思ってる。普通の女の子として中学に通い、真癒君に、春休みに初めて出会い、体調不良だった私をおぶさり、家に送り届けてくれたあの日からずっと好きだったと告白出来たら、どれ程幸せだろうと・・。抱きしめられたり、キスされたり、普通の恋人らしい事が出来る様になれるのは、いつになるんだろう。


翌日。昼休みは、図書室当番。カウンターで本の貸出や返却の手続きをして、返却された本は、図書委員が元の場所に戻すの。昨日の放課後、部活の前に委員会があり、今日は、私と真癒君と他2人が担当する事に。カウンター2名と返却本を棚に戻す担当2名。私は、棚に戻す担当になったわ。何か、今、真癒君と会話したい気分じゃないの。真癒君には、これ以上、私の事で、心配をかけさせたくないんだ。今日は、1度も彼と会話してないの。やっぱり、昨日、保健室で、園が、私が速走りになったのには、理由があると言ってた事が気になってるのかな。真癒君と距離を置こうと、本戻し担当になった私だけど、何と、真癒君も、私と同じ担当を申し出たの。暫く、関わりたくなかったのに・・。返却本が10冊たまったところで、私と真癒君で半分ずつ持ち、本棚へ。たった5冊とはいえ、それぞれ、戻す場所が離れている為、本を片付けるのに時間がかかり、まだ2冊しか片付いていない。次の片付け場所を探しに行く最中、横から手が伸び、残り3冊の内2冊がなくなった。真癒君が、手伝ってくれた。その後も、10冊たまる毎に、真癒君の片付けが終わると、私の片付け分を手伝ってくれた。早いね。そして、有難う。


昼休み終了のチャイムが鳴り、教室に戻ろうとしていたら、突然、腕をグイッと引っ張られた。真癒君!?

「おい、輝。何すんだよ。もう、5時間目始まんぞ。どこ行く気だよ。おい、ちょっと!」

真癒君は、無言で私の腕を引っ張ったまま、屋上に来た。

「一体、何のつもりだよ。」

真癒君が私の方を振り向くと、真顔で怒鳴った。

「夢?何が夢だよ。深刻な問題だろ?走る度に調子悪くなって倒れるなんて。こんな事をずっと繰り返していたら、いずれ、重い病気になるかもしれない。なのに、軽く夢とか言うなよ。本当は、速走りになった理由があるんだろ?教えろよ。」

「ただの体質だから大丈夫だって。」

「大丈夫なもんか。ふざけんな。軽い気持ちでいられると、こっちが迷惑なんだよ。」

真癒君。分かってるよ。あなたが、どれ程、私の体調を心配してくれているか・・。でも、ごめんなさい。今、ここで、あなたに、正体を明かしたくない。折角、友達になれたのに、私が男だと偽っている事を知られ、嫌われたくないの。

「・・ごめん・・言えない。・・ごめんな。」

ううん。この時点で嫌われるよね。迷惑をかけてるのは、事実だもん。でも、真癒君には、感謝してる。彼が居なければ、男として中学生活を送る事が出来なかったのだから。さようなら、真癒君。今迄、どうも有難う。私の目から涙がこぼれた。真癒君は、突然、私を抱きしめた。

「謝らなくてはならないのは、俺の方だよ。言いたくない事を言わせようとするなんて、どうかしてた。それから、迷惑だなんて言って、ごめんな。そんな事、思ってないよ。余程、言いたくない事情があるなら、言わなくて良い。ただ、心配させて欲しいんだ。俺の大切な親友だから。君に、嫌われたくない。これからも、引き続き、俺と仲良くして欲しい。嫌かい?」

嫌われるかと思ってた。でも、真癒君は、私を許してくれた。彼は、どれ程、器が大きいのだろう。

「俺で良いのか?」

「君でないと駄目なんだ。」

それ、女子の私に、言って欲しい。・・て、それよか、ヤバ過ぎだよ。この状況。男が男を抱きしめるなんて。そりゃ、実際の私は、女よ。でも、今は、男なの。顔も声も全く別人なの。私、寒気がして来た。・・ていうか、真癒君は、同姓愛者なの?

「何してんだよ。俺ら、男同士だろ?俺の事、女だと思ってる?」

「・・は!ごめん!」

真癒君は、私を離した。

「何か、勇飛の涙を見ていたら、君の事が愛しくなってしまって。」

「言っとくが、俺は、女じゃないからな。」

「友として愛しては、駄目なのかい?」

友として愛す?そんな事、今迄生きて来て、一度も聞いた事がない。親友の園とだって、愛しいだなんて、言い合った事は無い。抱き合った事も無い。

「あのさ、今は、俺らしか居ないけど、もし、他の人達に見られてたら、同姓愛者の変態に思われるからな。」

「・・そうだよな。」

真癒君は、悲しい顔をした。男としての私を抱きしめるかしないかって、そんなに深刻な問題なの?

「俺、悔しかった。部活で勇飛が倒れた時、本当は、俺が、君を保健室に連れて行きたかったのに、先輩に取られたから。それもあり、カーッとなってしまったんだ。」

私を想い、先輩に嫉妬してくれたんだ。とても嬉しい。

「気持ちは、有難く頂戴する。」

「今後、君が何度倒れようと、絶対に、俺が保健室に連れて行くから。君を、誰にも奪われたくない。君のファンクラブの人達にも、刄魔にも。」

「園には?」

「・・和村なら、我慢するよ。君の小学時代からの親友なんだから。」

「それなら、安心だ。」

「勇飛。これからも、引き続き、俺と仲良くしてくれるかい?」

「当たり前だろ。俺達、ダチだからな。」

「勇飛・・。」

真癒君の目から、涙がこぼれた。

「おいおい、急に、どうしたんだ。俺、気に障る様な事、言ったか?」

「違うよ。嬉しいんだ。勇飛が、俺の事をダチだって言ってくれて。」

「輝は、汚れがなく、清らかだよな。だから、綺麗な涙が出せるんだな。」

「全然清らかじゃない。嫉妬するんだから。」

「でも、俺を想っての事だろ?そういう嫉妬なら、美しいと思う。」

真癒君は、更に、涙した。

「勇飛は、優しいな。有難う。君の一言で、心が洗われたよ。俺、勇飛に出会えて良かった。」

「俺も、輝に出会えて良かった。」

真癒君は、私に笑顔を見せてくれた。嬉しくて、私も笑顔になった。


学校帰り、神星の制服屋に行った。

「よー!久しぶりだな。何の用だ?」

「アンタに、頼み事があるの。超速になる度に、体の疲労感が酷いの。目まいや吐き気もして、倒れてしまうの。このままじゃ、私の体がどうかなってしまうし、走る度に周囲に心配をかけてしまう。だから、超速に慣れる様に、体を鍛えたいの。」

「そう来ると思った。だから、用意したぞ。とりあえず、中に入れ。」

私は、制服屋の奥の、神星の研究ルームへ進んだ。すると、椅子と靴が置いてあった。

「なーんだ。ただの椅子と靴じゃない。」

「チッチッチ!ただの!?とんでもない。椅子の目的は、目まい解消。靴の目的は、速走りに慣れる為のもの。」

「じゃあ、早速、使用法を教えてくれる?」

「その前に、学ラン脱がないとな。」

「は?何で?」

「走るとなると、幽霊の意志の力が発動されちまうだろ?君の目的は、幽霊の意志の力に対応出来る様にする為の体作りだろ?つまり、元の姿じゃないと、やる意味ないよな。」

「でも、自分の部屋じゃないのに、元に戻れるの?」

「この学ランを作ったのは、俺だぞ。不可能は無い。幽霊を一旦、眠らせる。」

「幽霊って、一睡もしないの?」

「さあな。俺は、そこまでは、知らん。ただ、奴は、俺んとこに来てから、一睡もしてない。生前に抱いた願いが叶うまで、休みはしないと言ってな。」

「余程、執念深いのね。」

「だから、万一に備え、学ランの中に、強制睡眠機能を内蔵した。俺がコンピューターのボタンを1つ押せば、7時間眠る様になっている。」

「眠っている間なら、学ランを着たままでも、元に戻れるのね?」

「いや、学ランは、脱がないと駄目だがな。」

私は、店の中の試着室で学ランを脱ぎ、Tシャツとジーパン姿の少女に戻り、再び、神星の研究室へ。

「それで、どうするの?」

「まずは、椅子だな。走るより前に、どんなに速い動きにも堪えられる目を作らないとな。安全ベルト付け忘れんなよ。」

私は、椅子に座った。

「この椅子は、俺のリモコン操作により、自動でグルグル回る。速さも調整出来る。」

「早速お願い。」

ゆっくりから始まり、少しずつ速度を速めて貰ったけれど、短時間で目まいが怒り、吐き気がしてしまうの。

「まずは、これに慣れないと、走りには、進めないな。確か、体育祭は、5月中旬だったよな。」

「そうよ。」

「今月は、今後、学校を休め。土日祝もここに来い。」

「は?仮病使えって言うの?嫌よ、そんなの。それに、中間テストだってあるのよ。遅れる分、勉強するの大変なんだからね。」

「じゃあ、このままで良いのか?周囲に心配かけ続けるだけでなく、君の体調も悪化し続ける。もしかしたら、入院生活になるかもしれないぞ。」

「縁起でもない事を言わないでよ。」

「1日ずっと鍛えろとは、言わん。塵も積もれば山となると言うだろ?時間を決めて、毎日鍛え続けんだよ。それに、君は、今や、学校のスターだろ?」

「スターっていうか・・まあ、速走りにより、急激に、ファンが増えたけど・・。」

「なら、君にノートを貸す者も沢山居るだろうし、勉強は、安心だな。」

「あのねー、勉強に費やす時間の問題なの。アンタがさっき言ってた、塵も積もれば山となるって奴よ。」

「まあ、体鍛えたり、勉強したり、メリハリつけてやろうぜ。」


学校帰りに、元の姿で帰るなんて、小学校以来、久々。良い気持ちで歩きながら、園の家に行った。

「・・そういう事情なら、仕方ないよ。協力する。毎日、ノート貸すから、写して。」

「有難う。」

「でも、勉強時間は、ちゃんと取れるの?」

「体を鍛えるとはいえ、急激に多くではなく、毎日、何時間って決めてやるわ。だから大丈夫。」

「頑張ってとしか言えなくて、ごめんね。」

「謝らないでよ。園の一言が励みになるんだから。」

「それなら良いけど。そういえば、5時間目、強も真癒君も居なかったけど、どこで何してたの?」

「真癒君に、突然、屋上に連れてかれて、怒られちゃった。」

「やっぱ、昨日、私が、強の速走りには、理由があるって言った事が原因?」

「園のせいじゃないよ。幽霊のせいだもん。何かさ、私を保健室に連れてった先輩に嫉妬してたみたい。本当は、自分が連れて行きたかったって。」

「素敵。それって、真癒君に愛されてるって事じゃん。」

「ねえ、変な質問して良い?園は、私の事、愛してる?」

「何?急に。本当に、変な質問ね。」

「真癒君がね、友として愛しては駄目か?って言ったの。」

「へえ。彼、面白い事言うね。恋人なら分かるけど、友達に愛ねー・・。好きって表現ならまだしも・・。」

「でしょ?」

「もしかして、同姓愛の可能性有りかも。」

「やだ、やめてよ。・・そういえば、真癒君、私の事、抱きしめたの。思い出すだけで、寒気がする。だって、男の私をだよ。」

「その内、キスされんじゃん?」

「からかうのも程々にして。」

会話後、今日の5時間のノートを写させてもらった。


翌日から、4月末まで学校を休む事にした私。急に、体が動けなくなり、立つ事も出来なくなったので、暫く休むという事で。毎日、神星の所に通い、目まいと吐き気解消の為、回転椅子に座り、少しずつ速さを上げて目を慣れさせた。おかげで、2秒でも目が回らなくなったし、吐き気も起こらなくなった。今度は、靴の番。

「今度は、実際に、速走りに慣れさせる為の訓練だ。この靴も、俺のリモコン操作により、速さを調整出来る様になっている。こっちに来い。」

私は、地下へ案内された。

「体育館?」

「そうだ。1周100メートル。椅子の時と同じ要領で、少しずつ速くし、1周2秒の速さに足を慣れさせる。慣れたら、その状態で、1周ずつ増やし、最終的には、4周走れる様、慣れさせる。授業のウォーミングアップで、3周位走んだろ?それに、今後、陸上部の大会で、 400メートル走りを期待される可能性もあるだろ?」

「はいはい。仕方なくやったりますよ。幽霊の為に。」

椅子の時と同じ要領とはいえ、足を慣らす方が時間かかるのよね。筋肉痛になるし。そんな中、園がやって来た。園には、授業ノートを持って来てもらう関係があるので、神星に許可を得て、研究室の場所を教えたの。

「いつものとこに居ないから、捜すのに手間取ったよ。」

「ゴメン。今日から、走りの訓練をする事になって、急に、場所が変わったの。」

「そっか・・。目の方は、大丈夫?」

「おかげさまで、2秒回りで目まいも吐き気もしなくなったわ。」

「良かった。このまま順調に行けば、4月末迄に、速走りに慣れそうね。」

「・・だと良いけど・・。昨日の分のノート返すね。」

「はい。これが今日のノート。それから、鶏肉おにぎり2つ。」

授業ノートは、時間毎に、別の人のノートなの。誰が私にノートを貸すかと、クラス中が喧嘩状態であった為、毎日、昼休みにくじ引きが行われるらしいわ。毎日、1時間目のノートは、必ず、園・真癒君・マッヒー・姫音の内の誰かになるという条件で、他の人達とは、別に、くじ引きをするの。1の番号くじを引いた人が、その日の1時間目のノート貸しになるの。不正が無い様、園達は、ただ、くじを引くだけ。くじは、ファンクラブの女子が管理し、くじ引きの直前に、必ずゴチャゴチャかき混ぜるの。他の人達は、2から6の番号のくじをひいたら、私にノートを貸す権利が与えられるの。

「今日の1時間目は、英語。今日は、マッヒーのノートね。マッヒーさ、ノートに落書きで絵を描いてて、吹き出しまで書いてあるから、見てて楽しいのよね。」

「自分なりに、勉強を楽しもうとしてるのね。」

「分かる、それ。何かさ、ただ字だけ書いてあるのだと、飽きるんだよね。絵が描いてあると、漫画読んでるみたいで、楽しくなるの。」

「真癒君も刄魔さんも、何で自分じゃないんだって、悔しがってた。」

「そういえば、今のところ、園かマッヒーのノートしか見てないもんね。」

「特に、あの二人は、強を自分のモノにしたいと、独占欲にかられてるのよね。強が見やすい様に、上手にまとめ、ノートで強の心を掴もうとしてるのよ。」

「・・恐い。独占欲にかられると、どんなノートになるのか・・。」

「刄魔さんの場合、ラブレター落書きしそう。勇飛君、好きですって。」

「・・やだ・・想像したくない。ノートまでしつこいのは、勘弁よ。」

「2時間目は、体育だから、無し。3時間目から5時間目ね。今回は、3・4が男子ね。」

「お、珍しいね。いつも、女子しか、くじに当たってないもんね。どれどれ・・マッヒーと同じで、キャラクター作って、吹き出し書いてるね。・・ていうか、これ、悪魔?名前は、ゾボータだって。人に見せるノートに、マイナーなキャラ描くって、どうよ。」

「そういえば、将来、漫画家になりたいって言ってた。」

一方、おにぎりも、クラス全員でくじ引きし、翌日の担当が決まる。今日は、ファンの女子が作った、鶏肉おにぎり。

「美味しい。お米は、もちもちしてるし、肉最高!」

「エネルギー充電バッチリ?」

「うん。元気が出て来た。」

「じゃあ、私は、これで帰るね。」

「いつもアリガトね。」

「私には、この位しか出来ないからさ。」

「早く、2秒走りが平気で出来る様になりたい。」

「頑張れ!応援してる!」

「おうよ!」

燃えて来た!!幽霊!あんたのお望み通り、最速で走ってやるから、楽しみにしてなさい!

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