第3話 未来脚本との出会い

「大倉ちゃん、こっち、こっち」


ここは、荻窪駅近くの喫茶店。


私の名前を呼んで、手招きしている人物こそ、今日の打ち合わせの相手であり、私の憧れの人。


「あ…遅れてしまって申し訳ありません…」


「あ。気にしないでいいよ。昨日も泊まりだったんでしょ?毎日ご苦労様です」


その爽やかな笑顔を見るだけで、私は生きていける気がする。


浅野さんとの打ち合わせは決まって、この喫茶店になっている。


荻窪駅の近くに浅野さんの所属するスタジオがある。


彼は、業界では有名なCGクリエイター。


とても忙しい方なのに、いつもこうして時間を合わせてくれる。


すごく優しくて紳士的で…メガネと黒髪がとても似合う爽やかなイケメン…


文句の付けどころのない本当に素敵な男性だ。


「仕事熱心なのはいいけどさ、少しは休み取りなよ?倒れちゃうよ?」


「そうですね…でも、体力の続く限りは、作業してくださっている皆さんのために動きまわりますよ!」


「はははっ。大倉ちゃんらしいね」


…もう、その笑顔は反則です…。




月に何度かの幸せな時間…


浅野さんとの打ち合わせが終わり、会社に戻ると、


「お疲れ~。浅野さんどうだった?大丈夫そう?」


こちらも爽やかな優しい笑顔で出迎えてくれたのは、私の直属の上司、岡田さん。


「はい!今回も引き受けて頂けるそうです!」


「そりゃよかったね。大倉さんの仕事だから、受けてくれるんだよ、きっと」


本当に、あの神田というセクハラ男とは違い、岡田さんは本当に優しい。


私の好きな仕事を任せてくれて、とてもやりがいがある。ある意味、丸投げすぎなところはあるけど、そこも憎めない。


浅野さんを紹介してくれたのも、岡田さんだ。


「あ~でも、浅野さん、来月は結構忙しいみたいですね」


「そうだろうね~来月は結婚式があるから準備で忙しいみたいだよ?」


「…へ?」


私の思考は一旦停止した。


今…なんと…?


「…結婚式…ですか…?」


「あれ?浅野さんから聞いてないの?来月結婚するんだよ、浅野さん」


「そうなんですか!?」


「そうそう。もう7年くらい付き合ってたらしいけど、彼女が30歳になるから、それで決めたって言ってたなぁ」


…彼女…私と同じ年…え…


「そうなんですね…」


「大倉さんにも、余興の準備手伝ってほしいって言ってたよ」


「…そうですか。わかりました!今度会ったら聞いておきます」


「おう!よろしく!」


私は精一杯の作り笑いでその場を後にした。




確かに…あんなに素敵な男性に、彼女がいない方が不自然だけど…


なんとなく、長く付き合っている彼女がいそうな雰囲気はあったけど…


現実を突きつけられると、やっぱり辛い…


少しでも期待していた自分がバカみたいに思えてくる。




「…今年のクリスマスは…浅野さんと一緒に過ごしたかったよ…」




フラフラした足取りで、席に着くと、なにやら周りが騒がしい。


「かえってきた!」


私を見つけるなり、指をさしてくるセクハラ・神田。


なんなの…こんな時に絡んでくるのはやめて欲しい…




「大倉ちゃん、会社のカードキー知らない?」


「カードキーですか?あのドアの?」


「違う違う!このビルのカードキー」


「…さぁ?触ったこともないので…どうかしたんですか?」


「なくなったのよ。保管してあったやつが」


「え?!いつからですか?」


「それが分からないんだよね~。連日泊まっているのは、大倉ちゃんだけだから、何か知っていると思って」


「いや…私は知らないです」


「かなりの大事だから、明日、社長から事情聴取されるって」


「私がですか?」


「そう」


「なんでですか!?」


「だって、大倉ちゃんしか、泊まってないから」


「それは…私はただ、仕事をしていただけで…カードキーなんて触ってないのに…」


「徹夜するほどの仕事があるのかも分からないし、単に仕事が遅いだけならもっと時間配分を考えて仕事しないとね。ほら、企画部の子たちは定時であがっているでしょ?」


「それは…仕事量が全然違うからじゃないですか!」


「とくかく、その連日の徹夜作業の件も含めて、色々と聞きたいらしいから、明日は遅刻しないようにね」




「…納得いかない…」




私は、この仕事が好きで、一生懸命に仕事をしているだけだ。


クライアントとの打ち合わせ


クリエイターの手配


作業の発注


状況の確認


納期に間に合わせるためのスケジュール管理


各書類の作成


日々の報告書


などなど…その他社内の雑用も含めて、一生懸命やっているだけだ…。




それなのに…認められていなかったってこと…?


私が必死になって納品した作品について、誰一人評価していないってこと?


浅野さんなど、名だたるクリエイターさんに作業してもらっているのに…?


なんなんだこの会社…


毎日メールの返事を返しているだけの仕事量で、定時で帰る方が評価が高いってどういうことなんだろう…




一瞬でやる気をなくした私は、仕事を残したまま帰宅した。




「はぁ…やってられんわ…」


溜息をつきつつ、駅を歩く。


「お客様にお知らせ致します。只今、人身事故が発生しました…」


…早く帰りたいのに…こんな時に限って…本当に…ついてない。


「…電車が動かないんじゃ仕方ないか…」


イライラするのを抑えて、駅ナカにある本屋に立ち寄った。


すると、そこには…


「…未来脚本…?」


気になるタイトルの本を見つけた。


なんとなく手に取り、中身を見てみる。


そこには…


「書いた脚本通りの未来がやってくる…」


自分の書いた脚本通りに、未来を動かしていくことが出来る。という内容だった。


「…脚本かぁ…おもしろそうだなぁ」


元々、文章を書くのが好きな私は、興味を惹かれて、その本を買うことにした。




帰宅し、さっそく本に目を通す。




『仕事も恋愛も、自分が思い描いた通りに動き出す』




今の仕事は好きだけど、もっと自分に出来ることがあるんじゃないだろうか


恋愛も全然うまくいかないし…


「おもしろそう!実践してみよう!」




本を読みながら『未来脚本』を書いてみることにした。






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