子ども部屋

 あなたはドアを開けました。その部屋はどうにもがらんとしていて、もう一枚のドアとたった一つの家具しか無い六畳ほどの殺風景な場所でしたが、壁紙は何かのマスコットキャラクターのイラストで彩られ、これまでの部屋と違ってBGMが流れていました(ベートーヴェン、ピアノソナタ第八番「悲愴」第二楽章のオルゴールアレンジです)。


 唯一の家具はベビーベッドで、そこには水色の毛布に包まったものが置いてあります。ものから声は聞こえず、呼吸も感じられず、しろくまの形をしたベビーピローはわずかに赤黒く汚れています。もっともその汚れに気付いたのは、あなたが水色の毛布をよけてからのことで、包まっていたものはブロック状の生肉でした。腐ってはいませんでしたが、悪趣味なのは確かです。


 あなたはため息を漏らしながら部屋の壁紙のマスコットキャラクターを見ます。オルゴールは鳴り止んでいました。キャラクターはあなたの目を見ますが、あなたの目はキャラクターが誰なのかを判断できませんでした。ネズミなのかイヌなのかネコなのかウシなのかブタなのかサルなのかヒトなのか分からないのは、そういえばあなたが暴いた生肉にも同じことが言えます。


 あなたは咳払いをして、もう一度深いため息を漏らします。あのブロック状の生肉がネズミだろうがイヌだろうがネコだろうかウシだろうがブタだろうがサルだろうがヒトだろうが、既に息絶えた生き物の一部であることには違いないので、泣いたり唸ったり動いたりすることはありません。つまり、ここもまた無人の部屋の一つですから、安心しながら次のドアノブに手をかけることができたと言えます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る