寝室(二人の)

 あなたはドアを開けました。目に入ったのはキングサイズのベッド、その次に大きなタンス、もうひとつの大きなタンス、ドレッサー、クローゼット、もう一枚のドア、そういえばベッドサイドには小さなテーブルとランプもありました。


 この部屋の灯りはついたままで、ベッドランプは柔らかなオレンジ色を発生させたり、止めたりしていました。点滅の下に付き合っていたのはマグカップで、中身は紅茶です。あなたはもちろん、それを飲む気にはなりませんでしたが、マグを両手で包んで意外な温かさを感じました。先ほどまで誰かがいたのか、リビングにもいなかった住人はトイレか、シャワーでも浴びているのか、単に温かい紅茶が置かれているだけで理由はないのか、少しの間だけ考えていました。


 あなたが次に考えを巡らせるのは、この部屋にある二つの大きなタンスについてです。それは浅葱色に塗られた木材で組み上げられていて、両開きのキャビネットと引き出しが三つ付いています。片方はベッドの真横、もう片方はその対面上にあり、釣り人や夜の街の写真が並ぶ壁を支える唯一の家具でした。あなたは既に《白い家》への無許可侵入を試みたならず者ではありましたが、決してその引き出しを開けることはありませんでした(どちらにせよ、開いた際に設定されるであろう中身は退屈なものです)。


 ドレッサーの上にはあなたの知らない小道具がたくさん散らかっていました。化粧品でもありませんし、お金や鍵などでもありません。敢えて言うならば、あなたは金属のパーツだと感じることでしょう。針金のようなものや、歯車のようなものや、ケーブルのようなものもありましたが、どれも使いみちが分かりません。ブローチのようなものとピアスのようなものも見つかりましたが、私達の価値観では、それをアクセサリーと呼ぶことはできませんでした。どれもいびつで、鉄細工の失敗作にしか見えないからです。


 あなたはいびつな鉄細工のひとつを手にとってまじまじと眺めながら、もう一枚のドアに近付いていきます。あなたが手にした鉄細工は懐中時計のようなもので、円形の平たい板の中で廻り続ける数本の針が見つけられるものの、文字盤はない上に、それぞれの針が回転する方向はまばらです。一本は右回転、もう一本は左回転、更にもう一本は円形の板の中心から垂直に伸びていて、クランクシャフトのように回転する針でした。クルマのパーツよりもドライバーを彷彿とする動きで、私から言わせてもらえば、この「時計もどき」の中心に閉められたネジを外したがっているようにも見えます。


「時計もどき」のこの回転は、或いはゆるやかな自殺行為に近しいのかもしれません。「時計もどき」はあなたの手から落ち、その手は次なるドアノブに手をかけました。あなたは一人で次の部屋に行ってしまったので、「時計もどき」が悲しげに鼻を啜った音を聞き逃しています。

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