第28話 狼煙そして主張

うん。上々だね」


ユリウスは自分が宿として使っていた建物の屋根の上から、王国兵と住民の一部が集落外へ退却している様子を眺めていた。

ここまでは特別、異常なく物事が進んでいる。


「ユリウス!」


ユリウスの足元、宿の入り口付近からコリンの声が聞こえた。

ユリウスが目線を宿の入り口に落とすとコリンがリックやリスマルと一緒にユリウスを見上げていた。


「退去を申し出た人たちは全員避難したよ。私達も集落から出よう」

「うん、了解。先に行ってて」

「ユリウスはどうするの?」

「まあ責任者だしね。僕の撤退は全員が撤退完了してからだよ。だから急いで」

「……ん。わかった。気をつけて」


そう言い他の避難者と同じく門へ駆けるコリン達の背中を見る。

振り返りもせず、避難者を誘導しながら駆け足で退去していく。

それでいい、としてのユリウスは胸を撫で下ろした。

コリンもまた少しユリウスに依存するところがあり、少し不安に思っていたところはある。

しかしコリンはユリウスに執着することなく集落を出ていった。

そちらの方がユリウスも動きやすい。

ユリウスは胸元で白色の魔力を練り始める。


「さぁ土地神。決着といこうじゃないか」


言い終わるとユリウスは足元に魔力を放った。

転移魔法によって住居地区の中央に移動したユリウスは周囲を見渡す。


「ちょっと!何してんだよ!」

「止めて!そこには何もないから!これ以上家を荒らさないで!」


ユリウスの予想通り、土地神に操られている自警団員による地獄のような光景が広がっていた。

ある者は手当たり次第扉を壊して中を物色したり、ある者は家の中の箱や棚を壊していたり等、恐らくユリウスとコリンを探すための行為が徐々に過激になっていったものと思われる。


「自分から出てくるとは、随分な自信だな?少年」


ユリウスが声が聞こえた方を向くと、土地神と思われる女性が立っていた。


「自分から出向いた方が貴女の居場所を固定しやすいと思いましてね」

「なに?」

「貴女の狙いは僕とコリンだ。なら貴女が現れるのは二人のうちどちらかということになる。コリンが逃げた今、集落にいる貴女の狙いは僕だけだ。僕が貴女の元に出向けばコリンが攻撃されることはないし、仮に逃げられてもその先にコリンが居る不安は無い」

「それは私の前に出てきても勝算があるということか?土地神相手に?」


表情を固くして言った土地神に対してユリウスが余裕があるように返す。


「ええ、勝算はあるつもりです」


その一言で土地神が激昂してユリウスに対して敵意と殺意を露にする。

土地神の能力の故、殺意を発揮したときに周囲の小石が弾け飛ぶように散った。


「土地神を軽く見すぎだな少年。身の程を教えてやろう」

「それはありがたい。僕も神になれるか気になっていたところでした」

「減らず口を!」


土地神が手をユリウスに向けると、手の先から衝撃波がユリウスに向かって発射された。

ユリウスは衝撃波を景色の歪みで視認するとコンマ数秒で練った魔力で土地神の眼前に移動し、衝撃波を回避する。

間髪入れずにユリウスは自分の袖からナイフを取り出して土地神の首を狙う。

土地神はユリウスのナイフを寸で避けて、自身の手に剣を生成してユリウスに斬りかかった。

ユリウスもそれに対応するように腰の直剣を抜いて土地神の剣を受けて止める。


「少年……本気じゃないな?」


土地神は感じていた違和感を口にする。

ここまで数秒の戦闘だが、集落の住民では出来ないようなレベルでの攻防が繰り広げられている。

しかしユリウスは息一つ切らさず表情一つも変わっていない。

どう見ても余力が残っていた。


「もちろんですよ。貴方も本気ではないでしょう?」

「土地神の本気に敵うと?どうやら本当の本当に馬鹿みたいだな」

「奥の手を出し渋ってくれるならいいですよ。僕が先に貴女の首を貰います」


ユリウスは受けていた剣を押し返し、押された土地神と少し距離を作る。

その少し出来た距離を使ってユリウスはすぐに手のひらで赤い魔力を練り、土地神に向けて放った。


「火魔法『ファイリステン』」


ユリウスが言い終わるのと同時に火炎放射のようにユリウスの手のひらから炎が噴出する。

数秒で辺り一帯を大火事にしようかという勢いで炎が舞い上がったが、その炎の中に土地神は居なかった。


「どこに……」


辺りを見回しているユリウスの後方上空から土地神の声が響く。


「少年、魔法は君だけの専売特許じゃあない」


ユリウスは声に反応してすぐに上を見た。

土地神は空中で素早く詠唱すると地上のユリウスに向かって人間の頭ぐらいの大きさの炎の弾を複数に分けて射出してくる。

わずかな隙間を生みながら襲い来る炎弾はさながら散弾銃のようだ。

ユリウスは飛んでくる軌道を読み、わずかな隙間を利用して避けながら転移魔法の魔力を練る。

10発前後の炎弾を避けきったユリウスは練った魔力を使って上空にいる土地神の背後に転移する。

もちろん移動先が土地神に読まれるのは予測済みだ。

ユリウスは転移魔法を放つと同時に腰の直剣を抜いていた。

土地神も対応しようとするものの背後への移動は想定していなかったらしく、ユリウスが直剣を土地神の背中に突き立てるより先に行動することはできなかった。

突き立てた直剣は土地神の胴体を軽々と貫く。


「くっ……」

「まあ、さすがに人間と同じ人体構造にはしませんよね」


ユリウスは土地神を貫いている自分の直剣を見る。

突き刺したとき魔物ほどの手応えもなければ、血が滴ることもなかった。

土地神として力の一部を顕現させただけで、ここにいる土地神の姿が全力ではないとユリウスは予測する。

しかし、もしそうだとしてもユリウスの攻撃は土地神の体力を削っているのは確かだ。


「ふっ!」


ユリウスは直剣で刺している土地神を蹴飛ばして地面へ叩きつけ、すかさず転移魔法を使用して地上へ降りる。

土地神は空中で体勢を立て直し足で着地し、ユリウスを見て口角を上げた。


「なるほど。神になるというのも大馬鹿の戯れ言というわけでも無さそうだな」

「それはどうも」

「だが、人間は人間。種別の壁を越えることなど無い。そして神は絶対的なものとして存在している。神へ手が届くことなど無い」


土地神がそう言い終えると両腕を左右に大きく広げる。

すると周囲の資材や家屋が土地神へ集まり始め、徐々に型を成していき、やがてユリウスの目の前には見上げる程の大きさの瓦礫の人形が立っていた。

その容姿をユリウスは見たことがある。

集落に来た当初、コリンとリックに案内された集落の守り神の像そのものの姿だ。


「それが貴女の、本来の姿か」

「いかにも。私の本来の名はキベルシア。ここ数百年、守り神としか呼ばれたことは無いが」

「キベルシア……吸収、それに生と死の神か」

「よく知っているな。これはこれは、かなりの博識じゃないか」


キベルシア、ユリウスが読んでいた文献に載っていた神の一柱だ。

地方の伝承レベルの話でしかなく、どこかの偶然の出来事が伝言で歪められて神話になっただけの話かとユリウスは思っていたため、まさか実在するとは思っていなかった。

伝承の通りならば昇天しきっていない魂を再度生者としてこの世に降臨させることが可能だったはずだ。

だが、この世に集落でそのような血生臭い話があるわけがない。


「ん……?待てよ」


ユリウスは一つの望ましくないシナリオに気が付いた。

神が自分の名前を言うのは、伝承が知られていた場合相手に自分の手の内を明かしているだけになるため、余程の自信がなければそのようなことはしない。

つまりそれだけの自信があるということだ。

つまりこの集落に昇天していない魂があるということになる。

ならば、その魂とは?答えはわかりきっていた。


「さあ蘇れ!打ち倒された無数の魔物たちよ!」


キベルシアが叫ぶとそこらに禍々しい空気が舞い上がり、やがて無数の魔物が集落の住居地区を埋め尽くした。


「やはりそうか。あのとき魔物をけしかけたのは貴女か」


以前の魔物との戦争の時に感じた違和感、あまりにも惰弱だった魔物軍の目的があの奇襲だけだとしたら費用対効果が悪すぎる。

幾百幾千の犠牲の末にコリンの蔵を破壊しただけ、集落への反逆者を一人粛清しただけなど明らかに非効率だ。

あの犠牲の目的は決戦用兵器、見えない頭数としてストックするためのものだったのだ。


「くっ、これじゃあ……」


どれだけの数がいようともユリウスはそれなりの力で魔法を放てばある程度消し飛ばせる自信があった。

しかし今その手は封じられている。

集落にはまだ自警団員やユリウスに反抗した家族が残っている。

勝手に負傷するならユリウスの知るところではないが、自分の手で止めを刺すのは避けたい。


「これが土地神のやることか……!」

「その土地の一切は土地神の所有物さ。壊そうが使い古そうが土地神の意思ならそれは絶対だよ」

「……そうかい」


ユリウスは話しながら両手でそれぞれ別の色の魔力を練る。


「……?何だそれは……」

「貴女に貴女の答えがあるように、僕には僕の答えがある。これが僕の貴女に対する回答だ」


ユリウスは右手の青い魔力を足元に向けて放つ。


「水魔法『ウォーティリア』」


放たれた魔力からは溢れ雪崩れる勢いの水が生み出されキベルシアの足元を流れて埋め尽くされた魔物たちを波が飲み込んでいく。

すかさずユリウスは左手の緑の魔力を足元に向けて放つ。


「風魔法『ウィンディール』」


周囲の魔物を飲み込み、しかし住宅までは届いていない波を、風が急速に冷やしていき、波だった水流は波の形をした氷像へ一瞬にして変化した。

波が足元を流れていたキベルシアも、波が凍って足が動かせなくなる。


「ぐっ……やってくれたな」

「あまり罪の無い人間を自分自身の手にかけるのは好きじゃなくてね。決着は氷が解けるまでおあずけにしよう」

「この……待て!」


キベルシアがユリウスに殴りかかるがユリウスが即座に転移魔法を使ったためその拳は空を切り波の氷像を突く。

普通の氷ならば粉々だろうが、魔力で作られたそれはキベルシアの拳ではヒビすら入らなかった。


「やるじゃないか……土地神を出し抜くとは……」


キベルシアは恨めしそうに足元の波の氷像を眺めた。

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