第27話 奇策そして論争
「はぁ!」
ユリウス達は交戦している脇から現れ、自警団員と戦っている王国兵に加勢する。
ユリウスの不意打ちを受けた自警団員は体制を崩し、王国兵が攻めに転じる隙を作った。
「王子!」
いきなり前線に現れたユリウスの方へ向かってくる兵士をユリウスはジェスチャーで止め、声を張り上げる。
「気を抜くな!前線兵はそのまま加勢!援護兵は兵が足りてないと思う箇所へ援護射撃をしろ!」
「りょ、了解!」
ユリウスの方へ向かってきていた王国兵は前線へ戻っていき、ユリウスの指示により前線の勢いは一層増した。
ユリウス達も前線の支援をしながら足を進めた。
「ねえユリウス。どこへ向かうの?闇雲に進むだけだと……」
「わかってるよ、コリン。これだけの戦場になってるのに混戦になってない。ならこの兵士達を指揮してる人間がいるはずなんだ」
「そこを目指してるの?」
「そうだね」
ユリウスは兵士達の動きに逆行するように足を進める。
前線から離脱し戦闘によって少し変化した景色の道を抜けた先にあったのは、ユリウスの使っていた宿の近辺だった。
「やっぱりな」
ユリウスはため息半分に言葉を漏らす。
そこから見える指揮所として機能している場所で指揮を執っているのはシンドウだった。
シンドウはユリウスを見つけるといの一番に声をかける。
「ユリウス様!」
「状況は?最初から説明してくれ」
「地下に居た自警団員が王国兵を攻撃し始めたので、急遽陣形を組んで応戦したところです。戦況は幾分か優勢です。ただ…………」
「ただ?」
「一応自警団員以外の集落の住人はこちらで保護したのですが……その……」
「歯切れが悪いな。何だ?」
ユリウスがシンドウに若干イラついていると遠くのほうから中年の女性がユリウスたちのいる方向へ足早に歩いてくる。
そしてユリウスに掴みかかろうとした寸前でコリンに止められる。
「待って……何?」
「触るな!薄汚い娘が!……あんたが頭か!」
中年の女性はコリンを払いのけてユリウスに迫る。
ユリウスは面倒事の予感がしながらも対応した。
「はあ。一応僕が指揮官になりますが、何か」
「何をボケた顔してんの!何でうちの主人とあんたらのとこが斬り合いしてんの!最初からうちらを殺すつもりだったんだろ!」
「先に攻撃されたのはこちら側ですよ」
「嘘をつけ!そうやって言いくるめたつもりか!?」
ユリウスは少し困ったような表情を作る。
実際はこの女性が出てきたときから考えていた事態であったため想定の範囲内だ。
むしろ思い通りに話を進めることができる。
「ああ、そちらが望むのなら王国兵は撤退させましょう。避難させてる住民もすぐに解放しますよ」
「ユリウス様、それは……」
ユリウスのなげやりに見える提案にシンドウが口を挟もうとする。
事実住民を解放したら操られている自警団員に攻撃される可能性は十分にあるうえ、解放するメリットはあまり無い。
しかし、ユリウスはシンドウに小声で言った。
「彼女らは王国民じゃない。保護する権利はあれど義務はない。まあ、襲われてから後悔するのも悪くないだろう。自分の主人の手で殺られるなら本望だろうさ」
「ユリウス様!」
「うるさい。様子を見るに姉上はもう避難したのだろう?だったら最高指揮官は僕だ。……おい、これは命令だ。住民を全員解放しろ。それと前線の兵は全軍撤退。そのままファーノ地区まで引くぞ」
「……了解」
周囲に居た王国兵はユリウスの言葉を聞くと敬礼して行動を始める。
「婦人。帰られて結構ですよ。僕らはもう剣は振るいませんので。もうすぐ戦闘も終わるでしょう」
「ふん!それをやるんだったら最初からやりなさいよ!紛らわしい!」
中年の女性は機嫌が悪そうに前線の方へ向かっていった。
シンドウは未だに納得せずユリウスに食って掛かる。
「いいのですか!?人が……彼女らが死にますよ!?」
「彼女らの望みだろ?」
「違います!彼女らはわかっていない!それを理解してもらわないといけないのでは!?」
「理解していないなら理解するまで止めたさ。彼女らは理解しようとしていない。事実がどこにあれ彼女は僕らが悪者じゃないと腑に落ちないんだ。実害が出るまで気付かんさ。……まあ死の間際でも僕らのせいだって叫んでるかも知れないけどね。それは僕の知る由もない話だ」
「正気ですか!?」
「シンドウ、再度言う。彼女らは他国民だ。希望もされてない、感謝もされないなら、僕らが命を懸けて守るには到底値しない。これで兵士が死んでここの住民からも罵声を浴びれば、僕は死んだ仲間をどう弔えば良い?彼らの家族には何て説明すれば良い?死んだ仲間と、僕はどう向き合えば良い?それを考えろ。ヒロイズムだけじゃ死まで納得はしてくれない」
「くっ……」
「わかったら動け。納得はしなくて良い。それでも憎いなら、無事帰ったら僕の部下じゃなくて良かったと心の中で反芻しろ」
ユリウスがシンドウに言い聞かせ前線の撤退の指揮に向かおうとしたとき、住民が避難していた建物から一人の比較的若い女性がユリウス一行に向かって歩いてくる。
「リスマル!」
その声を聞くとリスマルがその女性の方へ走る。
「お母さん!」
「良かった……騒動に巻き込まれて見えなくなったから……」
「大丈夫だって。心配しすぎだよ」
「ふふ、自信があるところも変わらないね。……ああ、そうだ。王子さん?」
「……何か?聞いたと思いますが、もう帰られて結構ですよ」
「その件なんですけど、うちの主人……何か様子がおかしい気がして」
「ああ、まあ……」
先程の女性同様特に説明をせずに帰そうと思ったが、恐らくそれをしたらリスマルが面倒な絡みをしてきそうなのでユリウスは説明をすることにした。
「現在この集落で信仰されてる神と僕らが敵対しまして、あちらは僕らを炙り出すために信仰心の強い自警団員を使っているというわけです。恐らく、御主人がおかしいと感じた原因はそれかと」
「じゃあ、今戻るのは……」
「安全とは言いきれません。なので戻りたければご自由に、ということで」
「ここに居たら、守ってくれますか?」
「はい?」
てっきりさっきの中年の女性の意見は保護した住民の総意だと思っていたユリウスは、リスマルの母親の申し出に抜けた声が出る。
「きっと今の主人は主人じゃないような気がして……戻るのが、少し怖くて」
「……わかりました。これから前線の兵士が退却してきます。彼らを護衛につけて一緒に安全確保されるまでファーノ地区に避難するようにしましょう」
「ありがとうございます」
「そこで、お手数ですけど同じように僕らの保護下で避難したい人たちを集めていただけますか。強制ではないので」
「わかりました」
リスマルの母親はユリウスから仕事を与えられ、これまで自分が居た避難所へ向かって歩いていく。
「リックは家族の安否とか気にならないのか?」
ユリウスはここまで親族を一度も見ていないリックに尋ねる。
「そう、だな。ちょっと避難所見に行ってくる」
「ならついでにあの彼女の作業の手伝いをしてくれ。リスマルもリックの補助をしてほしい」
ユリウスがリスマルも作業にあてると例のごとくユリウスに噛みついてくる。
「また、そう言って……!」
「うるさい。じゃあコリンも一緒に手伝いに行ってくれ。今は僕の近辺に人手は要らないから」
「ん。わかった」
「……ならいい」
しかしコリンが一緒と知るとすぐに静かになった。
そうして3人は避難所として使われていた建物に向かって歩いていく。
シンドウと2人になったユリウスは退却してくる兵士を見ながら今後の動きの可能性を考える。
素直に退却できるのならそれに越したことはないが、あれほどコリンを潰すことに手を回していた土地神が何も無しに逃がしてくれるとは思わない。
どこかで交戦するのが決まっているならば、自分にとって都合の良い時に誘い出したい。
ならばここから自分にとって都合の良いタイミングはいつか。
出来ることなら兵士が全員退却してからが好ましい。
「ふん……大体の算段はついたか。あとはあいつが退却中に出てこないことを願いたいな」
ユリウスが1人で納得しているところにシンドウが疑問を投げる。
「ユリウス様、何を……」
「土地神を討つ。私兵と化した自警団員が被害をもたらしているその時に僕が土地神を討つ。操り手が居なくなった自警団は沈静化するだろう。それで僕ら王国の名誉を築きながら被害を最小限に止める。そういう算段だ。否定は受け付けないからな」
「否定もなにも、土地神を討つとはどういうことですか?彼女たちは人間よりも高位の存在であるがゆえ干渉することはあれどこちら側から攻撃することは出来ないはずですが……」
「その通り。土地神そのものを抹消せずともこの世界に影響を与えられなければ良いだけの話だ」
「そんなこと、出来るわけ無い!」
「算段はある。どちらにしても出来なければこの集落民からの信頼はもう得られない。周辺諸国と無闇に敵対するのは避けたい」
「それはそう、ですが…………ですが!住民を駒と見るような作戦は……」
「まだ言うか。何が問題だ?」
「いずれは国の王となる人間ならば、後ろめたいことを率先してやるのは避けるべきです」
「……くくく。あはははは!」
真剣に語るシンドウの言葉を聞いたユリウスは高らかに笑う。
それを見たシンドウは不機嫌そうにユリウスに問う。
「何がおかしいんですか!?」
「あー、ははは。……王と言うものには清廉潔白が必要か?」
「……はい?」
「世の中腹黒さを隠さずに国を治める国王なんて無数にいる。それこそ土地神と契約しているという理由だけで独裁を強いている国もあるぐらいだ。それなのにお前は僕に潔白さを求めるのか?それはおかしい話だ」
「だからと言って進んで人の道を外れていくんですか?」
「そんなに潔白な人間が相応しいなら国王なんて世襲にせずに住民から投票で選べば良いじゃないか。僕は好きでやってるわけじゃないし、その点だけで言うなら僕より相応な人間はヴェルドに何人だっているだろう。そんな彼らに国王になってもらう方が、お前は有意義だと言うのか?」
「…………く」
「僕がお前の思う理想の国王でないことは僕も理解しているさ。万人にとっての理想の王様なんて存在しない。誰かの理想は誰かの障害となり得る。僕の国を率いる姿勢はこれ、というだけの話さ。分かったら前線の撤退を支援しに行け。のんびりしてる間にも我が兵士が怪我してるかもしれん」
「……私は納得したわけではありませんからね。失礼します」
シンドウはユリウスに一礼すると前線の方向へ走っていった。
シンドウの背中を見ながらユリウスは小さな声で呟く。
「潔白さだって?国益のために王女の性別すら偽り続けているヴェルド王家にそんなものがあるものか。ヴェルド王国は世界最大の裏切り国家だよ」
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