第22話 孤立そして回答
地下からの一本道をユリウスは警戒しながら進んでいく。
きっとリスマルはここまで同行して自分をどこかで陥れようとしていた可能性があるからだ。
魔力の気配に細心の注意を払って進むと、やがて廊下の先に一つの扉が見える。
「……ふっ」
小さい深呼吸をするとユリウスは扉を一気に開けた。
扉は普通に開き、その地下室の様子がユリウスの視界に広がる。
ユリウスがそこで見たその地下室は、ただの地下室と呼べるような簡単なものではなかった。
部屋の奥には一際目を引く大きな石像と祭壇、周囲にはその石像を半円に囲うように椅子が並べられている。
さらにはその椅子には現在石像を拝むように大勢の人間が座っていた。
この光景からユリウスはこれが集落の土地神の神殿であると確信した。
ユリウスがコリンとリックが居ないか部屋を見渡すと祭壇の手前にある台に捕縛されたコリンが力無く倒れているのを発見する。
「コリン!」
ユリウスは思わず叫んだが、コリンが起きる様子はない。
その声でユリウスの存在に気付いた周囲の人間の視線がユリウスに集まる。
祭壇の目の前に座っていた人物が腰を上げてユリウスの方へ体を向ける。
その人物はユリウスを見てこう言った。
「ふむ、リスマルは居ないようですな」
「心配しなくてもリスマルなら元気にしてますよ」
ユリウスはこの人物を何度か見たことがある。この集落の長老だ。
基本的に土地神の祭壇というのは供物のために存在する。
そこにコリンがいるということは、コリンがどういう扱いなのは想像に難くない。
ユリウスは親指を立てて首の前でスライドさせ、意味ありげなニヤけ顔で言葉を続ける。
「ヘルヘイムでね」
もちろんユリウスはシンドウがそこまでするとは思っていない。
これはここにいる人間の反応を見るための発言だ。
するとユリウスに視線を向ける大衆の中に、その発言を聞いて表情が一変した人物がユリウスの前へ駆け出てくる。
「それは……本当か!?」
出てきたのは、集落集団戦闘の際にユリウスの指揮下に入った、自警団員のリスリッドだった。
ユリウスはリスリッドが近寄る前に部屋全体を見渡す。
祭壇前の台にコリン、そのすぐ前の長老の足元にリックがいるのが確認できた。
どちらも捕縛されており、リスマルの言っていたことの中でもそれは嘘ではなかったようだ。
「おい!お前は……リスマルを……殺したのか!?」
リスリッドが鬼気迫る表情でユリウスに詰め寄るが、ユリウスは興味無さそうに答える。
「さあ?確認したければ上まで行けば良い」
「いいから答えろ!」
「どうせ僕が何を言っても納得はしないんだろ?だったらこの問答は無意味だ」
リスリッドはまだ何か喚いているが、ユリウスはそれを無視して奥の長老へ向かって声を張る。
「長老さん。ここで何をしようとしていたんですか?」
「……部外の人間には関係の無いことです」
「関係無いのでしたら、コリンとリックを解放してもらいたい。彼女たちは僕の知り合いでして、乱暴に扱われるのは気分が良くないので」
「それは……できませんね。この集落にはこの子らが必要なのでね」
「僕には意味が理解しかねますが。乱暴に扱うことと必要であること……矛盾してませんか?」
「ははは、まあすぐに貴方にもわかりますよ」
そう長老が言うのと同時に入り口の扉が周囲の人間の手によって閉められた。
施錠する音が聞こえるとユリウスは自らの失敗に気付いたような表情をする。
「その前に、貴方には邪魔をされないようにしないといけませんね」
長老の言葉を合図にしたようにユリウスの周囲に居る人間が一斉に武器を構える。
「全員、自警団員か……」
ユリウスの表情が固くなる。
ここにいる信者が戦闘向きの人間でなければ楽に切り抜けることも出来ただろう。
しかし自警団員となるとコリンの動きの習熟度合いを見ると、楽に切り抜けられるほど弱くは無さそうと言うのがユリウスの見解だ。
ユリウスとは対照的に長老は頬を緩ませた。
「皆さん。彼を殺すのはいけませんよ。まあ儀式のあとは死んでも構いませんが」
「何だと?」
「コリンは集落が生き延びるための贄となってもらうのですよ。貴方にはそのシーンを見てもらいます。コリンへ要らない知識を与えた罰です」
「儀式の執行?」
長老の家の前では立っているシンドウと、背中で両手足縛られて身動きできなくなったリスマルが話している。
あの後リスマルが決死の特攻を試みたもののシンドウに片手間のように処理されて捕縛された後、質問に正直に答えたら解放する条件でシンドウの尋問を受けていた。
「儀式は行われないはずでは?」
「違う。本当は『少年を生け贄にした儀式』は行われない、だ。あんたならもうわかるんじゃないか?」
リスマルから言われたシンドウはあまり考えたくない結論を口にする。
「つまり、少年ではなく少女?」
「結論は、そうなるんだ……今年は本当なら僕かリック兄がその役割のはずだったって聞いた。僕はその話は全く知らなかった。でもコリン姉があいつの家に行き来するようになってから長老たちはコリン姉を生け贄にする方針で話を進めだして……」
「で、貴方はユリウス様のせいにしたと」
「少なくともあいつがコリン姉と関わらなければ何か変わるんじゃないかって、誰も生け贄にならないんじゃないかって思ってた。でも結局誰かは生け贄になるって聞いて、それで部屋でコリン姉が集落から出ていくって聞いて……」
リスマルは顔をしかめながら続ける。
「集落から出ていくぐらいなら、話せなくてもずっと集落にいて欲しいって思ったから僕は……」
「集落の人間に話を漏らしたと」
シンドウに対してリスマルが首を縦に降る。
「コリン殿は誰の所有物でもありませんよ?貴方や集落の思い通りにならないことだってあるでしょう?」
リスマルはシンドウの言葉を聞いて視線を落とす。
「コリン殿はユリウス様が特別好きなわけでは無さそうです。私から見た感想だと逆に集落の皆さんを嫌っているような感じですね。私には何があったのかはわかりませんが。とにかくコリン殿は自由が欲しかったのでは?食べる自由、読む自由、学ぶ自由……ひいては生きる自由が」
シンドウは無反応のリスマルを捕縛している縄を解いた。
解放されたリスマルは不思議そうにシンドウを見る。
「何で……」
「特にこれ以上聞きたいことはないので。それと、やって欲しいことがあります」
「何だよ」
「住民の避難の準備を。なんとなく、派手な事態になりそうなので」
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