第18話 問答そして盟約


「う……ん……?」


ユリウスが目を覚ますと、そこはいつもの自分の宿のベッドだった。

ユリウスには昨日宿へ戻った記憶がない。

ユリウスは記憶を辿ってみると、あの女性に絞殺される寸前だったことまでははっきりとした記憶として思い出せる。

ならば不思議なことがあった。


「……生きてる……?」


ユリウスは自分が生きていることが不思議でならない。

ユリウスが生きているということはあの状況で女性が自分を見逃す程の要因があったということになる。


「そんなの……」


ユリウスが記憶を辿って思い出せるのは、ロープから解放され落下するときに見えた、女性の前に降り立ち自分の盾になった一人の姿だった。

ユリウスが走馬灯だと思っていたその光景が事実なら自分を危機から救ったのは一人しか居ない。

ユリウスが考え込んでいたところに、ユリウスの部屋の扉を開けてコリンが入ってくる。


「ん、おはよう。ユリウス」


コリンはユリウスのベッドの横にある丸椅子に座り、持っていた二つのコップの片方をユリウスに渡す。


「これ、薬草のお茶。昔からこれを飲めば元気が湧いてくるってリックから言われて飲んでるやつ。ユリウスもどう?」

「……ありがとう」


ユリウスはコップを受け取りながらコリンを眺める。

記憶が途切れる前の不確かな記憶ながら、あの姿はコリンだった。

ほぼ確実だが記憶が正しければコリンが来なければ、あのまま自分は終わっていただろうとユリウスは思う。

コリンは自分の分のコップでお茶を飲んでおりユリウスの視線に気付いていない。


「コリン……もう、大丈夫?」

「うん。……いや、大丈夫じゃないかも?体調も気分も晴れには程遠いんだけど、でも私は大丈夫」


コリンは右手でユリウスの左手を取る。


「私はもう、独りじゃないから。苦しさも弱さも補ってくれるのが、仲間だよね。私がキツいときはユリウスが、ユリウスが苦しいときは私が助け合えば、大丈夫じゃないことなんてないと思う」

「……助け合い、か」


ユリウスは思わず頬が緩む。

長い間自分の秘密を守ることに尽力させられていたユリウスにとって、これまで他人とは自分を追い詰める要因でしかなく、関わらないで済むなら関わらない方が良いものだった。

それだけではないことをコリンは教えてくれた。

これだけとユリウスが思っていた関係でもコリンは自分を仲間と認識し、敵に立ち向かうに値する関係だと思ってくれたのだ。

ユリウスはそれが嬉しかった。


「ねえ、ユリウス」

「ん、何?」


コリンが真剣な面持ちでユリウスへ話しかける。


「私、集落から出たい。きっと集落の外には知らない魔法だってある。それを知りたいから。だから……」


コリンが熱くユリウスに話しているその時、部屋の空気が変わる。

不意にユリウスの部屋の扉が開き、入ってきたのはユリウスはよく知る人物だった。


「姉上。何か?」


扉を開けて入ってきたのは、ユリウスの姉ユラリアだ。


「何か?この状況でそんな口がよく聞けたもの」


ユラリアはずかずかとユリウスのベッドへ歩いてくると、コリンを突き飛ばしてユリウスの胸ぐらを掴む。


「貴方、どれだけ自分の性別の漏洩が国家の存亡を揺るがすのか理解してる?だから個人で宿も与えたし、他の人間の出入りも制限した。それがどう?こんな村娘を入れて、そんな薄着で。どう考えても自殺行為でしかないでしょ?どうするの?」

「……」


ユリウスは無言でユラリアの手を力強く払いのける。


「何を……」

「まず、国家の存亡についてですが、僕は微塵も興味がありません。そもそも女子しか生まれなかった時点で国の未来は決まってるんですよ。僕のこれはただの延命に過ぎない。ヴェルドは、いずれ滅ぶ国家です」

「滅ぶ国家……?それが王家の人間の言葉ですか!?」

「なら、姉上。貴女はその国家の存亡に関して僕をつれ回す以外何をしてるのですか?どれだけ必死に僕を王子に仕立て上げても、僕は女だ。土地神の遣いに成ることはできない。つまり国王にもなれない。滅び以外の選択肢があるんですね?」

「……それは……」

「まあいいです。それと一つ。言っておくことがあります」


ユリウスは立ち上がって突き飛ばされたコリンへ手を貸して立たせる。


「こちらのコリンは、ただの村娘ではありません」

「どういうこと?」

「彼女はこの一件のあと、報告するつもりでした。僕の側近として配置することを」

「側近!?……そんなの無理に決まって……」

「何故?側近の条件には国籍を含まない。正確にはあの敵国との関係が無いことが証明されれば、あとは僕ら王家本人の希望で誰だってなれるのです」


ユリウスはコリンの肩に手を置いてユラリアを見る。


「コリンは連れていきます。僕の側近として。これから僕の監視下に置きます。それなら、漏洩の心配も必要ありませんよね?」

「…………わかりました。そこまで言うならその村娘のことは認めます。しかし!」


ユラリアはユリウスを指差し睨む。


「国家の存亡が滅ぶ以外にないことは私は認めません。貴方は国王にはならないかもしれない。でも私は活路を諦めません。そのために貴方が有用なら私は貴方を使います。国の存続のために」

「どうぞ。僕がこれまでみたいに操り人形でいるとは思わないでください。今の僕には仲間がいますので」


ユラリアがユリウスの部屋をあとにするとユリウスはコリンを見る。


「色々と乱暴で申し訳ないけど、そういうことにしたから僕についてきてほしい」

「うん。それがユリウスのためになるなら」


ユリウスは外されていた胸のホルダーを着ける。


「これはコリンが外したの?」

「あ、うん……ごめん」

「謝ることじゃない。多分着けてたら苦しくて安眠出来なかったと思うし、良い判断だよ。ありがとう」


普段着を着け、結んだ髪を服の背中部分に隠すとユリウスは部屋の扉を開ける。


「じゃあ色々あったけど、朝御飯にしようか」

「……うん!」


降りていくユリウスにコリンも続いた。

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