第16話 消耗そして仲間

結果的には集落陣営の圧勝で幕を閉じた集団戦闘だったが、思わぬ不意打ちにより集落は予想以上の被害が出ていた。

ユリウスが負傷兵で結組した警戒部隊も幾度かの魔物との交戦で消耗しており、侵入した魔物による被害は少なくない。

集落は今、被害の修復や対応の是非を上層部で話し合ったりしている。

住民が右往左往している中で、ユリウスは疲弊しきった表情で地面に座り込んでいた。

魔力の消費が激しすぎたせいで、今のユリウスは腕で上体を支えるのがやっとというぐらいしか力が出せない。

リックはユリウスに恐る恐る近づき話しかける。


「ユリウス……大丈夫か?」

「僕は別に。それより……」


ユリウスは視線を目の前に向ける。

リックもそちらへ目を向けるとコリンが焼け跡と化した蔵だった燃え殻の前でしゃがみこみ、じっとそれを眺めていた。

鎮火してからしばらくたっているが、コリンが動く気配はない。

燃え殻を眺めるコリンの泣き明かして赤く充血した目には輝きがなかった。


「コリン……」


リックはコリンに声を掛けようとするが、かける言葉が見つからず立ち止まってしまう。

足が止まり行き場を見失ったリックにユリウスが問いかける。


「リック」

「……何だい」

「コリンにとってあの蔵は、どれぐらいの価値があるものだったんだ?」


リックはユリウスの問いに少し表情を険しくして口を開いた。


「コリンが孤児なのは知ってるか?」

「知ってる。コリン本人から聞いた」

「俺も聞いた話だから真偽は自信をもって言えるわけではないけど、昔この集落に一人の女の人が居て、集落の外の男と一緒に出ていったらしいんだ。その男が元々集落ではあまり良く言われてない人だったらしくて、女の人が一緒に出ていくときも最後まで大反対で半ば勘当みたいな感じで出ていったって話があってね」

「それが、コリンの両親って話?」

「そう。それである日フラッと女の方が集落に来て長老にコリンを置いていきますみたいなことを言ったらしいよ。当然快く受け入れてくれるわけもなく、コリンはこの蔵と裏の小屋だけ与えられた。それからコリンは蔵の本を読みながら過ごしてたって俺は親から聞いた」

「じゃあ……あの本たちは親みたいなものか。家と親、一気に無くなったのか……コリンは」

「……」


ユリウスにはコリンの胸中を推し量ることができない。体験したことのない悲しみがどれだけ深く暗いものかユリウスには想像すらできない故に、どうすることもできない。


「……」


光源が乏しく暗闇に染まっている景色のように重い空気が辺りを包んでいた。

やがて魔力をある程度まで回復したユリウスは立ち上がる。

まだ体に気だるさはあるが動けない程ではない。


「ユリウス、本当に大丈夫か?」

「大丈夫。倒れたりはしないよ」


立ち上がったユリウスはゆっくりと座り込んでいるコリンに近づく。


「コリン」

「……」

「僕はこの環境でも魔法と真摯に向き合ってる君は本当にすごいと思う。僕は君の気持ちはわからないから気の利いた言葉は言えない。だから気持ちの整理がついても苦しかったら、目一杯泣こう。僕の宿でいいから、泣いて、泣き尽くして、また笑える日が来たらいいって僕は思う。僕は君の仲間だと思ってるから」


コリンからの反応は無いままだが、ユリウスは言い終えると自分の宿に向けて足を進めた。


「おやすみ。コリン」


ユリウスは振り向かずに去っていった。

リックはユリウスの背中を見送ると、コリンから少し距離を取った位置に座る。


「今日はもう、あっちもこっちも大忙しだから門限なんて無いようなもんだし、俺はまだ居るよ」


反応がないコリンに、それでもリックは独り言のように続けた。


「仲がどうなんて言えた立場じゃないのはわかる。ユリウスが来なかったら何かに熱心になるコリンなんて知らなかったかもしれない。……自分勝手なことしか言えないけど、コリンにはいつまでも落ち込んでいて欲しくないから。ユリウスはだけじゃなくて、俺もいるからさ。俺だって仲間だぞ」


リックの声を聞いたか聞いてないかは不明だが、今までずっとしゃがみこんでいたコリンがスッと立ち上がってリックの隣に座る。


「コリン?」

「もう少し……こうさせて」

「……おう」


二人は焼け跡となった蔵を、無言で眺め続けた。

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