第15話 不安そして喪失

「集落の残存戦力は僕たちだけだ」


ユリウスは本部の前に負傷兵と若年組を集めた。

集落の警戒に当たるには申し分ない人数だ。


「前線指揮所には連絡して追撃中止と全軍早々に後退するように指示はしてあるが、いつになるかわからないしそれを待っている間に被害が出るのは避けたい」

「何でお前が指揮執ってるんだよ」


若年組の中から声が上がる。

ユリウスは声の主を知っていた。いつぞやのコリンの一件で絡んだリスマルだ。


「自警団長はどうした?僕らはゴルネットさんの指揮でしか動かないんだぞ!」

「はぁ……そういう自警団員はすぐに元の避難場所まで戻って。僕の指揮が信用できないなら居られても迷惑だ」


ユリウスは自警団本部を指差して、先程より口調を強める。


「事態は君たちが思ってるより深刻だ。僕に従うのが嫌な人間、是が非でも怪我をしたくない人間はすぐに戻ってくれ。ここに残るなら従ってもらう」

「言われなくても!ふざけんな!」


リスマルはユリウスを睨み付けながら本部へ歩いていき、それにつられて何人かの若年組が本部へ戻っていった。

頭数は最初の7割程度になった。


「ごめん、ユリウス」

「僕に気を使わなくても良い、リック。作業の効率が落ちるだけだから」


ユリウスは集まった人間を6グループに分けるとそれぞれのグループにバトン程度の大きさの筒状のものを渡した。


「これは?」


負傷兵の一人がユリウスに聞く。


「これは簡易的な発煙筒です。折れば煙が出ます。警戒中に魔物と出くわしたらその発煙筒を使って場所を知らせてください。それを便りに近くを警戒しているグループは援護に向かってください。数的有利は絶対に保ってください。それでは、実施」

「了解」


それぞれのグループが自分の担当エリアへ向けて警戒に向かうなか、リックはユリウスに声をかける。


「ユリウスはどうするんだ?」

「どの煙にも対応できるようにはする。でもまずは、コリンを見に行くよ」

「……よろしく。俺にはできない仕事だ」


リックがグループ員と共に警戒へ向かったのと同時にユリウスはコリンが休んでいるであろう自分の宿へ向かう。

開戦から例の嫌な予感は途切れることなく続いている。


「大丈夫のはず……なんだけど」


自分の宿へ向かう足が自然と駆け足になる。

走らないと、嫌な予感やよく分からない不安に負けそうだった。


「はぁっ……体力無いな……僕は……」


それほど長くないが数倍もの時間にユリウスは感じた。

息を切らしてたどり着いた宿を見てユリウスは思わず口を開いた。


「何で扉が開いてるんだ?」


ユリウスの使っている宿の玄関扉は開きっぱなしになっていた。

戦場へ向かう準備は万端にしており、中でコリンが休んでいることもあってユリウスは施錠したことをしっかりと記憶している。

閉め忘れということはない。

宿が襲われた形跡も見られないので、魔物がこの建物を襲撃したということもないだろう。

考えられる可能性はひとつだった。


「コリン……!こんな時にどこへ!?」


ユリウスは宿へ入り、コリンの使っている部屋の扉を開ける。

布団は起きっぱなしのような状態で、急いで出たような雰囲気が感じられる部屋だ。

コリンがこの集落で行きそうな場所の心当たりは、ユリウスの知ってる範囲ではひとつしかない。


「蔵か……?」


ユリウスはあまり魔力を使いたくはなかったが、コリンの安全と天秤にかけるなら迷いはしない。

すぐに両手に白い魔力を練り、転移魔法を放つ。

転移してすぐに目に入ったのは蔵の前で四つん這いの魔物と、魔物に押さえつけられているコリンだった。


「あ……うぁ……」

「ギギッ」


首を押さえられて苦悶の表情を浮かべるコリンへ向けて魔物が拳を振り上げる。

ユリウスはすぐに腰の片手剣を抜く。


「でやああああああ!!」


ユリウスはコリンを押さえつけている魔物へ一直線に駆け、抜いた片手剣を両手で振り抜く。


「ゴバッ」


振り抜かれた剣筋は鋭く、悲鳴をあげる前に魔物の首は空へ舞っていた。

残った魔物の胴体を蹴飛ばしてユリウスはコリンを抱き起こす。


「コリン!」

「ゲホッゲホッ……ゆ、ユリウス」


コリンは発熱で意識や視界ハッキリしない中でユリウスにしがみつく。

息の荒さから、苦しさが伝わってくる。


「何で、蔵に……」

「そこが彼女の原点であり心の拠り所だからだろう?」

「誰だ!?」


ユリウスが声のした方向へ振り返ると、集落のものではないもっと民族的な服を来た女性が立っていた。

女性から集落では感じたことない雰囲気を感じる。


「何者だ?」

「はい、私は何々です。なんて言うとでも?邪悪なる君」

「邪悪なる君、僕のことか?」


ユリウスはしがみつくコリンを優しく寝かせるとその女性に剣を向ける。


「僕が邪悪?どういうことだ」

「私の邪魔をする人間は私にとっては邪悪。それだけの話」

「僕がいつお前の邪魔をした?」

「いずれ遠くない未来に、ね。今はその邪魔な要素を排除しにきただけさ」


ユリウスは片手剣を握り直し、女性に対して身構える。


「僕とやる気か?」

「私は極力無駄な力は使いたくはない。君を消すよりも簡単な方法がある」


女性は広げた片手を前に突き出し叫ぶ。


「絶望しろ!心を壊せ!」


その声に反応するようにコリンの蔵が突然激しく燃え上がる。

一瞬で蔵全体を覆うほどの炎が現れてユリウスは思わず目を見開く。


「な、何が……」

「あーっはっはっはぁ!もしまた会えたら今度は正面から潰してあげよう!」


女性は高らかに笑いながらスゥっと姿を消した。

ユリウスは追おうとは思ったがそれよりも手が離せない出来事があった。


「嫌!嫌だ!本が!」

「コリン!行ったらダメだ!焼け死ぬぞ!」

「本が……嫌だ……」


コリンが燃えている蔵へ入ろうとするのだ。

必死に、燃え上がる蔵へ行こうとするコリンをユリウスが無理矢理引き留める。

普通に考えれば蔵に近づくのは危険だとわかるのだが、コリンは発熱と蔵が炎上しているショックで半狂乱になっていて制御が利かない状態だ。

ユリウスはそんなコリンを押さえるのに精一杯で救援を呼べない。


「コリン!……くっそぉ!」


ユリウスは押さえながらも手を空けて魔力を練る。

普段より不安定な姿勢な分、普段よりも少し時間をかけて錬成する。

そうして人間の頭程度の大きさまで膨れ上がった青い魔力を蔵の真上目掛けて放つ。


「水魔法『ウォーティリア』!」


ユリウスは気絶寸前の量の魔力を練り込んで池ひとつ分の水を蔵の真上から落とす。

ユリウスの元まで流れるほどの水量を蔵の上から落とし、鎮火させるのが狙いだ。

ユリウスは意識が飛ぶ寸前の状態で魔法が成功しているのを確認した。確かに蔵には大量の水が降り落ちた。


「なんで……」


しかしそれだけの水が落とされたにもかかわらず、蔵は火力を落とすことなく燃え続けた。


「何で消えないんだよぉぉ!!!」

「止めて!蔵が!本が!嫌ああ!!!」


二人の叫び声は周囲に誰もいない集落にこだました。

蔵の火は二人の叫び空しく、蔵が完全に焼け落ちるまで燃え上がり続けた。

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