第14話 優勢そして悪転


統率がとれている集落陣営と、統率が無い魔物の軍勢。

ユリウスが思い付かない奇策を使われない限り劣勢になることはないというのがユリウスの予想だった。


「……明らかにおかしい」


それでもユリウスは目の前の光景を素直に受け入れることはできなかった。

開戦から一時間足らずで魔物軍は壊滅状態に陥っており、前線の人間は勝敗よりも敵の殲滅が目標になっているぐらいの圧倒的優勢だ。

想定通りの進みとはいえ流石に打たれ弱すぎる。


「……何だ?奴ら……何が目的だ?」


あれだけの大群で襲ってきたということはこの集落を攻撃する意思はあったに違いない。

仮に最弱の魔物だったとしてもこんなに早く壊滅するとは考えづらい。


「はっはっはっ!魔物だ何だと構えすぎましたな!」

「自警団長殿……本部にいるはずでは?」


ユリウスの指揮する前線の指揮所に自警団長ゴルネットがやってくる。


「ふっ……このような快挙を生で見ないなど、勿体無いことはしたくないですから」

「快挙……か」


ゴルネットの歓喜の意を含んだ言葉にユリウスは対照的に表情を曇らせた。

魔物に限らず大勢との交戦だとどうしても負傷者が出てくる。勝利の喜びの裏で、怪我の痛みに耐えなくてはならない人が必ず出てくる。

そんな彼らのことを考えるとユリウスはどうしても争い事でどれだけ成果を上げても快挙とも思えないし、嬉しくもならない。

開戦してから今でも断続的に負傷者は運ばれてくる。

ユリウスは、ふと今の思考を反芻する。


「……負傷者?……いや……そんなはずは……」


ユリウスは進軍を続ける自軍の前線の兵たちを見ながら、ひとつ最悪のシナリオが頭をよぎる。

兵たちが進軍を続ければ、それは戦力となる人間の大半が、相対的に集落から離れることになる。

もし混戦だった当初の前線でバレずに人に化けられる魔物が負傷者としてあの中に混ざっていたら、手薄になった集落で侵略行為を行われればすぐに壊滅するだろう。

まさかとは思ったユリウスはすぐに立ち上がり指揮所を出ていく。


「……っ。自警団長!ここ、任せます!」

「ん?王子殿!どちらへ?」


ゴルネットの質問に答えずユリウスは集落の中、負傷者の集められている自警団本部へ走った。


「はぁっ……はぁ……あれは……!」


ユリウスが自警団本部を目で捉えたとき、そこには負傷兵とリックが数体の魔物と対峙していた。

数は同程度だが、負傷している分負傷兵側が劣勢に見える。

リックも流血で片目を閉じており、動きが鈍っているように見えた。

ユリウスは走って魔物との距離を詰めながら両手を胸の前で向かい合わせ魔力を練る。


「風魔法『ウィンディル』、水魔法『ウォーティリア』」


ユリウスは魔物の背後、最適な距離から片手には緑、片手には青の魔力を錬成し2つを複合して魔物に向けて放つ。


「複合魔法!『アイス・ジャベリン』!」


複合された魔力は氷となり、やがて切っ先が鋭く尖った無数の氷の槍が空中で精製され、魔物たちへ次々と放たれる。

放たれた氷の槍は魔物たちの胸部を深々と貫通する。


「ギィ!」

「グガッ……」


魔物は呻き声のような鳴き声を上げてその場に倒れて動かなくなる。

息絶えた魔物はその場で黒い塵となって跡形もなく消えていく。

周囲を素早く見渡し脅威が無くなったのを確認するとユリウスは額から流血しているリックへ駆け寄った。


「リック!大丈夫か!?」

「あぁ……ユリウスか。助かった。マジで死ぬかと思った」


リックは腰のポーチからタオルを取り出し、出血を拭き取ったあと額を押さえ止血を始める。


「……それなりに大丈夫そうだね。何があった?」

「最初は負傷者の手当てをしてた。でも次第に運ばれてくる負傷者が増えてきて本部だけじゃ手に追えそうにないから、怪我の度合いを選別して場所を移そうとしたときに、負傷者の半分ぐらいがいきなり魔物になったんだ。それからはもう大混乱でめちゃくちゃだよ」


魔物になった負傷者、恐らく最初から負傷者に成り済ました魔物だろう。

ユリウスの最悪の想定になりかけていたらしい。


「……被害は?」

「ここは俺たちぐらいで、まだ出てない。自警団の非戦闘員の防護で手一杯で何体か逃げられたから早くしないと」

「無茶をするなよ。大人しくしているんだ。リックも、それ以外も」

「……そう、だよな。わかった」


リックや負傷兵たちが本部の方へ歩いていくのを見ながらユリウスは魔声機を取り出し、ユラリアのいる指揮所へ声をかける。


「姉上。大丈夫ですか?」

『……どういうこと?優勢な戦場でもいつまでも取り乱してる不出来な姉だと?』

「いえ。現在集落に魔物が入り込んでいます」

『……何ですって?』

「数は不明です。どれぐらいの規模かもわかりません。山脈側を正面と見て左右の門に王国兵を配置していたと思いますので、その人員を集落の警戒に回してください」

『え?そっちの人員なら戦果のために全員正面に行かせたけど』

「…………何?」


ユリウスは姉から言われた事実を認識できずに聞き返す。


『だって何のためにあっちに居るのか分からなかったし、正面からしか来ないなら不要かなって』

「わかりました。現在の人員で指揮所を固めてください。失礼します」


ユリウスはユラリアからの返事を聞かずに魔声機を切った。

そして深いため息を吐く。


「……なんてことだ」


ユラリアの言ってることが正しいなら集落にいる戦闘員は負傷兵と戦場に行っていない自警団若年組だけということになる。

まさかここまで人員が厳しいことになるとは思わなかった。

ユリウスは先程見送ったリックを追って自警団本部へ走った。

当初の想定以上の緊急事態になりつつある現状に、ユリウスは焦りを抑え服案を練る。

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