第12話 休養そして狼煙

その日の夜、昨日と同じく小部屋でユリウスとコリンは机を向かい合わせて魔法の本の勉強をしていた。


「……つまり、火魔法の初級『ファリス』を使うにはこの術式を唱える必要があって……」

「う…………うん」

「……コリン?」


コリンの反応が普段よりも鈍く、気になったユリウスは視線を本からコリンに移す。

頭を押さえて険しい表情をしているコリンの顔は普段より赤みがかかっている。

ユリウスはペンを置いてコリンの額に自分の手の甲を当てた。

手を当てただけでも、熱があるとわかる。


「熱、あるね。今日はここまでにしてもう寝ようか」

「私は、まだ、できる」


休むよう催促してもコリンは聞かずに本を開いた。

目は意欲に満ち溢れているが、焦点が定まっていない。

ユリウスはコリンの持っている本を閉じて寝室の方向へ手を引く。


「待って、私は」


諦めないコリンをユリウスは説得する。


「無理をしても魔法は身に付かないし覚えられない。今は休むときなんだよ」

「……わかった」


コリンはユリウスに説得されるとすぐに言うことを聞いた。

自分でも魔法が覚えられないのは自覚しているのだろう。

それでもユリウスが集落を出ていくまでの時間を無駄にしたくなかったのかもしれない。

だが、それは万全の体調で魔法を覚えないと意味がないことだ。


「治ったら再開しよう。それまでゆっくりお休み」


ユリウスはコリンがフラフラと寝室に入っていくのを見ると自室へ行き着替え始める。


「まさかこれを着けることになるなんて」


ユリウスは寝間着ではなく戦闘用の軽装に着替え、外の様子を確かめに宿から出た。

今もまた、いつぞやの良くない気配を感じる。


「どうかされましたか?ユリウス様」

「お前は本当にストーカーみたいなタイミングで出てくるな」


ユリウスは宿の脇から聞こえてきたシンドウに刺々しく言った。

ユリウスがシンドウに強く当たるのは幾つか理由がある。

そもそも姉の付き人がユリウスを気に掛ける必要はない。

万が一今の状況でユリウスが事故死したとしてもそれは人員を配置する姉やユリウスの責任であって、実働するシンドウの責任にはならないので任務というわけではない。

それにユリウスを補助したところで心証も給与も良くならないのにシンドウはユリウスに執着するかのようについてくるのが不気味なので、ユリウスはシンドウが余り好きではない。


「でもまあ……今日はそれどころじゃないらしいからな」

「と、言いますと?」

「とぼけなくていい。気付いてるんだろう?」


ユリウスは集落の自国と反対側、山脈方面を見据え、それに倣うようにシンドウも山脈方面を見る。

まだ小さくしか見えないが、それでもはっきり視認できる程の数の魔物が集落へ向けて進軍していた。

数にしたら3桁はいるだろう。


「あれは……魔物の群れですね」

「ああ。それも普段見るような数じゃない。数だけなら一個大隊並の軍勢だな」

「わかりました。ユラリア様に一報して兵を総員警戒に当たらせます」

「それと自警団にも連絡しろ。知っていたとしても共同戦線を張れるし情報共有もできる。あの数に対抗するには、戦力は多い方がいい」

「承知しました」


シンドウはユリウスに一礼するとすぐにユラリアの宿の方へ向かった。

王国軍の動きは早い。発令されればこの規模の集落なら数十分で体制を取ることが可能だろう。

ユリウスは走り去るシンドウの背中を見ながら誰に言うわけでもない独り言を呟く。


「生け贄、魔物の群れ…………か。面倒な話になってきたな」


ユリウスは魔物の群れを見たときにひとつの疑問が生まれた。

守り神と呼ばれる土地神がいるなら、あれほどの数の魔物の進軍を土地神が許すはずがない。

ならば、なぜ魔物の群れは集落へ来ているのか。

もしそれが昼間にシンドウの言っていた儀式と関係するならば、この騒動のあと何かが起こるのかもしれない。


「はぁ……」


ユリウスはため息を吐いた。

面倒事は尽きそうにない。

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