第8話 失策そして交錯


「『ウィンディル』……『ウォーティリア』……はっ!」


ユリウスの手のひらに浮かんでいた緑と青の魔力が混ざりあって一つの氷柱を生まれ、ユリウスに操られ射出された氷柱は近くの地面へ深々と刺さる。

早朝、ユリウスは集落の外れで魔法の練習をしていた。

魔法を撃つスタミナを鍛えなければ、いざというときに使い物にならないことを以前の襲撃の時にユリウスは感じ、それからは時間を見て魔法を撃って回数をこなすようにしている。


「まだ……このぐらいが……限度か」


ユリウスは簡素な魔法を10程度しか撃ってないのに魔力切れとなった自分に憤る。

魔力切れで気だるい体を鼓舞して帰路につくものの、その足はやはり覚束ない。

不意にユリウスはふらつき倒れそうになる。

そのユリウスの手を取った人間がいた。


「大丈夫ですか?ユリウス様」

「触るな」


ユリウスは握られたその手をすぐに払い除けた。

払い除けられたシンドウは表情を変えずにユリウスを見る。


「何の用だ」

「ユラリア様が心配されてます」

「……誰も彼も鳥頭か?」


ユリウスはシンドウを睨み、そのまま自分の足で宿へ向かう。


「僕はここにきた目的を言われるまで姉上には会わないと言った」

「ですが……」

「黙れ。説明する気がないなら僕の前に出てくるな」


ユリウスは可能な限り足早にその場を去った。

シンドウはそれ以上ユリウスを追ってくることはなかった。

ユリウスは魔力切れの反動でふらつき倒れながらも自分の宿の前までたどり着く。


「ふっ……ゲホッゲホッ」


元々息苦しい感覚はあったが玄関を見て安心したのか喉が締まり呼吸ができなくなる。

宿の前で座り込み深呼吸をするように呼吸に集中する。

即時魔法と比べて練魔法が普及しない原因はこれで、習得が難しい上魔力の調節を間違えれば一回で魔力が枯渇して動けなくなる可能性もあるのだ。

それに練魔法を発動する前の魔力を練る段階では頭の中で正確に術式や口上を思い浮かべる必要があり想像以上の集中力を必要とするため、動きながらの戦闘する必要がある前線兵には向かない練魔法士は年々減っているという話もある。


「……ふぅー……」


ユリウスは深呼吸で無理矢理息を整えにいった。

しかし息は整っても魔力切れの影響は大きく、未だに動くほどの力は戻らない。

安定しない視界を少しでも安定させようと周囲の景色を見回すと、まだ日の出前なのに集落をキョロキョロしながら歩き回る少年を見つける。


「ん?……なんだ?」


ユリウスは立ち上がってその少年の様子を見に行こうとするが、足に思うように力が入らず前のめりに倒れてしまう。

少年はその音に気付き、ユリウスの方へ駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫ですか!?誰か……」

「いい。意識もある。少ししたら回復する」

「でも……」

「いいって言ってる」


集落の施設で魔力がどうこうできるわけがないのはユリウスは知っている。

誰か呼ぶだけ無駄なことだと判断したユリウスは大事になる前に少年を止めた。

この程度のことで大騒ぎされるのはユリウスにとっては好ましくない。

ユリウスはうつ伏せのまま顔を動かし駆け寄ってきた少年を見た。

昨日のリックと同じ紋様が入った服をつけている。

昨日コリンから聞いたが、この紋様は自警団のものらしい。

どうやらこの少年は自警団所属のようだ。


「ところで、君はこんな時間に何を?」


ユリウスは少年に聞く。

この時間に外を出歩くのは特別用事がない限り有り得ないだろう。

周囲にはそれを示すようにこの少年以外誰もいない。


「探し物か?」

「……うん、そんな感じ」


少年の返答には力がない。

感じてはいたが、物探しの進捗は良くないようだ。


「っ……と」


ユリウスは体に力を入れて立ち上がる。

若干視線がぐらついて足も重たいが、最初と比べると大分楽になっている。


「む、無理しない方が……」

「このくらい、無理じゃない。探し物、手伝おうか?」

「い、いや!いいです」


立ち上がったユリウスを見ると少年は足早に去ろうとする。

ユリウスはそれを止めることなく宿の壁に背を預けるようにもたれ掛かると、それと同時に宿の玄関の扉が開く音がした。


「……ユリウス?」


会話と物音で起きたコリンが玄関から顔を出す。

コリンは壁に寄りかかるユリウスに気付き顔を覗き込む。


「どうしたの?顔が……」

「魔法、使いすぎたかな。少し休むよ」


近付いてきたコリンに現在の体調を知られる前にユリウスは宿の中に入ろうとする。


「コリン姉!」


少年の声がユリウスの耳に響く。

玄関に行く前に先程の少年が駆け足で迫り、コリンに呼び掛ける。


「リスマル。こんな時間に何で」

「コリン姉こそ、ここで何してるのさ!」


少年の探し物はコリンだったようだ。

ユリウスは少年が自警団所属ならコリンは知っているだろうとは思ったが、少年の探し物がコリンだとは思わなかった。


「私は魔法を勉強してるだけ。集落だと誰にも習えないから」

「この時間、家にいないと誰も食べ物分けてくれないよ!」

「それも、ここならユリウスが分けてくれるから」

「他人の食べ物に何が入ってるかもわからないのに……昨日今日来たような王族の方がいいっていうの!?」


二人が口論しているが、ユリウスはそれどころではなかった。

ただでさえ魔力切れで体調が優れない状態で、いつぞやのようなどうにも嫌な感じがユリウスを襲う。

最初この集落でゴブリンの襲撃を見たあの時のような感覚だ。

この感覚はほぼ確実にまた魔物の襲撃があるという直感を信じてユリウスは足が安定しなくとも歩き出す。


「ユリウス!?どこに行くの!」


驚いたコリンに手を掴んで止められる。

傍目から見ても体調が良くないユリウスがどこかへ行こうとするのを止めるのは当然の行動といえる。

しかしユリウスはその手を払い、急ぎ足で集落の外へ向かう。


「魔物、いや正確に何かはわからないけど……何かが来る。止めないと……」

「ユリウスがそこまでする必要はない!顔色も悪いし休んで!」


コリンの声もユリウスは無視して進む。

前に進もうとするユリウスをコリンは体を入れて止めに入り、止められたユリウスはコリンに抵抗する程度のこともできなかった。

ユリウスが抵抗をしないことを確認したコリンはユリウスを抱き止めながらリスマルに指示を出す。


「リスマル!本部に警戒強化を伝達して!」

「それが本当かどうかもわからないのに……」

「杞憂ならそれでいいの!早く!」


コリンの気迫に圧されたリスマルは本部の方へ走っていく。

リスマルが走り去るのを見たコリンは、腕の中のユリウスを見る。


「ユリウス?」

「…………」


コリンに体重を預けていたユリウスはコリンが力を抜いた拍子に無抵抗に地面に倒れた。


「ユリウス!!」

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