第7話 支援そして作戦

転送魔法でコリンとユリウスは、ある場所へ転送して来た。


「はい、着いた」

「ここは……」


コリンは思わず目の前の建造物を見上げる。

目の前にあったのは二階建ての建物だ。これは集落でもそうそう見ない規模の建物であり、そう考えたらコリンが思い付くこの場所の候補はそれほど多くない。


「僕が使うことになってる宿。僕が使って良いなら、ここをどう使おうと僕の勝手」

「ユリウスの、宿」


ユリウスに言われてコリンはこの建物が昔この集落を買収しようとして少し前に諦めてファーノ地区へ移り住んだ豪商の空き家屋であるということを思い出した。

ユリウスが建物の中に入るのに続き、コリンも中に入る。

建物の中は自警団本部のような明るさでコリンは物珍しそうに周囲を見回していた。


「明るい……こんなに……」


まだ日没から間もない時間だが、コリンにとっては日没以降明るかった記憶は存在しない。

コリンがキョロキョロしていると、先に進んだユリウスの声が廊下の先から響く。


「コリン、こっち。ここが勉強には向いてると思うんだ」


ユリウスの声は廊下の途中の部屋から聞こえていた。

コリンはユリウスの声がする部屋へ急ぐ。

ユリウスが入っていた部屋は、家庭の浴場二つ分程度の広さの部屋に、照明と机がある部屋だった。


「さて、と……あっ」


ユリウスは持ってきた本を机に置き、ふと何かを思い出したように今度は部屋から出る。


「勉強の前にシャワーですっきりして、そのあと腹ごしらえしてから勉強しよう」

「シャワー……腹ごしらえ……」


コリンはユリウスに連れられるままついていく。

コリンがユリウスに連れられてたどり着いた先は浴室だった。

浴室まで連れて来られたコリンはユリウスに背中を押され、浴室に押し込められる。


「えっと……」

「とりあえずシャワーでさっぱりしてきて。着替えは……悪いけど僕のを代わりに着てて。よろしく」


ユリウスはそれだけ言うと脱衣場の扉を閉める。

コリンはとりあえずユリウスの指示に従い、シャワーを浴びることにした。

脱衣して浴室のレバーを捻るとかかっていたシャワーヘッドからお湯が噴出する。


「温かい……」


普段は屋外で汲んできた冷水で汗を流しているコリンは感動でしばらく不動のまま温水シャワーを浴び続けていた。

放心状態になっていたコリンは、ふと我に帰る。

温水を浴びていた肌は先程よりも赤みがかった色になっており、感覚もいつもより温かみを感じる。

コリンはシャワーを止め更衣室で体を拭き、ユリウスから借りた衣服を着た。


「……ん」


コリンは着用した服に少し違和感を感じた。

正確には逆で予想以上に違和感を感じなかった、が正しい。

自警団でも着用する装備は全て男性用と女性用に分かれており、女性用のものは男性用に比べて柔らかく肌触りがいい素材で作られている。

コリンが若年組や青年組の洗濯をしているときにそういった素材の違いをよく実感するのだが、ユリウスの衣服はどちらかと言うと女性用に近い肌触りをしていた。

コリンが着用した衣服をまじまじと見つめながら摘まんだり触ったりしていると更衣室の扉がノックされる。


「大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫」


ユリウスの問いかけに応答するようにコリンが更衣室の扉を開ける。


「お、出た出た。待ってたよ」


扉を開けた先ではユリウスが待っていた。

ユリウスは浴室のすぐ隣のダイニングへコリンを案内する。

ダイニングのテーブルには二人分の料理が並べられていた。


「これは?」

「僕と、コリンの分。作るの得意じゃないから簡単なやつだけど」


ユリウスはコリンを席へ座るよう促す。

コリンは席に着き、並べられた目の前の食事を見る。

どれも普段食べてるものとは見映えが違う。


「ほら、食べて。食べたら、まずは古代文字の読み方を勉強しよう」

「う、うん」


ユリウスに促されたコリンは目の前の料理を一口食べた。


「うん……ん」


いつも食べてるものとは比べられないほど味がわかる。

普段住民から分けてもらう食料はどれも味が薄いか品質がよくないかでまともに食べられるものは少ない。

コリンは初めて食べる感覚に感動を隠せなかった。


「美味しい」

「それはどうも。喜んでくれて何より」


ユリウスは食事をするコリンの様子を見ながら質問する。


「コリンは、いつも何を食べてるんだ?」

「いつも?……いつも」


コリンは自分がいつも食べているものを思い返す。

すぐに思い当たったのは朝に住民から渡される戦闘糧食のようなものだ。


「なんていうか……ブロックっていうかクラッカーっていうか……」

「……それだけ?」

「ん。あとは昼間にユリウスにあげたあれぐらいしか」


コリンは息を小さく吐いて続ける。


「あれぐらいしか、買えないから」

「……買えない?」


ユリウスは聞き返さずにはいられなかった。


「給料、それぐらいしか出なくて……」


お小遣い程度とは言え自警団の仕事をやっておきながらそれは安すぎる。

王都なら見回りの配置でも生活には充分な給料が支給されるのだ。

この集落の外の見回りはそれ以上に危険で、戦闘も時々あると考えれば重労働だろう。


「他の自警団員、リックとかは文句を言わないのか?いくらなんでも安すぎる」

「いや、その……」


コリンが言い淀む。

ユリウスはハッとなり身を引く。


「あ……それも」

「いや、うん……でも」


コリンは何かを決意したようにユリウスを見る。


「ユリウスには、聞いて欲しい」

「……わかった。何?」


ユリウスもそれに応えるべくコリンを見据える。

それを見たコリンは口を開いて語りだす。


「……私は捨て子で、親もそんなに集落のみんなから好かれてないみたいで、親に対する嫌悪とか、そういうの全部私に来てたんだ。でも何か役に立ちたいから、集落の役立たずにはなりたくないから、どうにか魔法を覚えてみんなの力になれたら、変わるって信じてた。でも……」

「コリンの扱いは変わらなかったって?」


コリンは頷く。


「寒期も暑期も、あの家だと毎晩寝るとき次の日起きられるかわからないんだ。でも誰に相談しても、なにもしてくれない。私は、集落の人間じゃないから」

「で、僕か」


ユリウスはコリンの言わんとしていることは理解した。

恐らくコリンは今の生活に限界を感じている。

生活水準を上げたいが誰に相談しても改善されない。

でも部外者のユリウスなら或いは、とでも考えたのだろう。


「いいよ。僕に出来ることなら協力しよう」

「本当?」

「できることならね。まずは集落の人間にコリンの価値を知らしめてやろう」


ユリウスは止まっているコリンの手を見て言った。


「まあ何はともあれ、まずは食事と勉強。今日はここで寝ていいから」

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