第6話 理由そして憤慨

「……コリン!若年組まとめて解散しておいてくれ。終わったら帰っていいぞ」

「わかりました」


日も暮れ、若年自警団員は解散する時刻になったため、自警団長であるゴルネットは、コリンに若年団員の解散を指示する。

少年少女の自警団員はコリンやリック含めて10人弱で、コリンはその中で最年長であるためこういう役を押し付けられることは珍しくない。

ゴルネットから指示されたコリンは若年組の待機室へ向かう。

待機室へ向かう間、コリンは昼間のユリウスとの一件が心にあった。

もしこの時間まで蔵に居るのなら今日にでも蔵書の内容を聞きたい気分で、コリン自身の気持ちは結構逸っている。

しかし年長者としてそんな態度を見せるわけにはいかないので、焦る心を抑えながら待機室の前に立つ。

扉を開けると中にいた全員の視線がコリンへ集まった。


「あ、コリン姉が来た!」


若年組の中でコリン、リックに次ぐ年長者のリスマルが声をあげた。

この時間帯にコリンが待機室に来るということは、ほぼ確実に解散の合図だ。

リスマルの一声を号令のように全員が素早く整列し、集合が終わったのを確認したコリンは列へ正対し全員を見る。

欠員が居ないのを確認したコリンは解散を指示した。


「お疲れ様。あとは各々解散して明日に備えてゆっくり休んで。解散」

「解散します!!」


全員がコリンよりも大きな声で返答する。

その大声は本部のすべての部屋に聞こえるらしく、青年の団員にとってはこの時刻を知らせる時報のような役割になっているらしい。


「お疲れ様でした!」

「お疲れ、コリン」


全員がコリンにそれぞれの就労の言葉を言いながら部屋を出ていく。

若年組以外はこの待機室は使わないため、待機室の施錠までがコリンの日課となっていた。

全員がそれぞれ荷物をまとめて出るまでそれなりに時間がかかるためコリンは隅っこの椅子に座り、小さめの本を取り出し全員が出ていくまで読むのが習慣だ。

その本は即時魔法について書かれているもので、同じ著者の本がシリーズで幾つか出ている。

即時魔法は体の部位に魔術的にマクロを入れることで、組み込んだ魔法が一定の威力で発動する仕組みのため自分に組み込める魔法は有限となり、組み込む魔法を選別して自分に必要なものを組み込まなければならない。

コリンはいつでもどんな即時魔法が開発されているのかを把握するため、この集落では誰も見向きもしないような本も集めて目を通している。

コリンの体感だが、おおよそ一つの即時魔法を理解する程度で全員が部屋から出るぐらいの時間になる。

普段なら速やかに全員いなくなるはずだが、切りの良い部分まで読み本を閉じたコリンが部屋を見ると一人まだ残っていた。


「あ、あのさコリン姉……」

「ん?どうかした?リスマル」


コリンの目の前にリスマルがいた。

リスマルはコリンに目を合わせずに質問をする。


「この後さ……時間、ない?」

「私にはあるけど、リスマルには無いでしょう?」


問いかけの真意が分からないコリンにはそう返すしかない。

若年組は日没前に家へ着くことを条件に入団が許可されているからだ。


「でも……」

「リスマルの親御さん、心配するでしょ?こういうことが自警団のせいにされると、みんな自警団にいられなくなるんだよ?」

「う……ごめんなさい」


コリンの言葉にリスマルは言い返すことなく荷物をもって部屋から出ていった。

コリンはリスマルの背中を見送ると消灯、施錠をする。

コリンが最終的に全ての片付けをしているのは親も帰る場所もないからだ。時間はいくらでもあり、心配されることもない。

いつからかはコリンには分からないが、コリンはいつの間にかこの集落に居て、いつの間にかこういう生活をして生きている。

これまで何度か周りに自分の親について聞いたが、わかることもなく、自分は孤児であると確認する以外何も得られていない。

だからこそあの蔵の本はコリンにとって親や兄弟姉妹の代わりのようなものだ。

周りが家に帰って談笑するように、コリンは蔵で本の世界へ浸る。


「はぁ……」


蔵の前でコリンはため息を吐く。

強がってはいるが、何より寂しさは毎日感じている。

蔵も家も賑やかには決してならないし、喜びや怒りを共有する相手も居ない場所だ。


「ん?コリン?」


蔵の中からユリウスの声が聞こえる。

どうやらユリウスはまだ蔵で本を読んでいたようだ。


「ユリウス、まだ読んでたんだ」


蔵の戸を開けるとランプの代わりにユリウスの顔の近くにぼんやりと光の玉が浮かんでいる。

あれも魔法なのだろう。

ランプを必要としない魔法とは便利なものだ。


「あ、ごめん。迷惑だったかな?」


立ち上がろうとしたユリウスをコリンは制止する。


「大丈夫、迷惑じゃない。どう?読めた?」


コリンにとっては蔵書が読めるかどうかの方が大事だ。

ユリウスは本棚を指差して言う。


「あの棚の本は全部読めたよ。内容も、僕は初めて見る内容だったから面白かった」


指差した本棚はコリンがどうしても読めずに保留にしてあった本棚だ。

コリンは興奮を隠せずにユリウスに詰め寄る。


「お願い、教えて。今すぐ!」


ユリウスは初めてコリンが見せた雰囲気に少し呆気に取られた。

しかし昼間の段階から魔法に対する熱意は感じていたので、別段驚くようなことでもない、とユリウスは結論付け、コリンに言った。


「教えるのは良いけど、場所を変えない?ここは暗いからさ。コリンの家とか大丈夫?」


ユリウスは場所の移動を提案する。

この蔵は一人で本を読む分には光源を出す魔法を使えば可能だが、その環境で教えるのは受け手に対して失礼だろう。

そのため十分な明るさのある場所へ移動したかったのだが、コリンの表情は暗かった。


「家は……本を読むのに向かないから……」

「向いてない?」


家が本を読むのに向いてないという言葉の意味がユリウスにはわからなかった。

コリンは蔵の戸の方へ向きを変え、そのまま戸へ歩きだす。

そして蔵の戸を開けながらユリウスに言う。


「家、見てみる?」

「え?ん、うん」


勢いに圧されてユリウスは返事をする。

ユリウスは本を持ち、歩きだしたコリンについていく。

蔵を出て、ほんの少し歩くと先を歩いていたコリンが建物を指差して言った。


「あれが私の家」


コリンの家は蔵のすぐ裏にあったためそれほど歩かずに到着した。

蔵への行き来を考えると便利な立地かもしれない。

これほど近ければ泥棒や蔵荒らしにあってもすぐにわかるだろう。


「これが……家?」


思わずそういう現実逃避したくなるような光景がユリウスの目の前にあった。


「……いやいやいや……冗談、でしょ……?」


そこに建っていたのはユリウスに言わせると廃材置き場や馬小屋のような建物である。

長机5枚分程度の面積しかない床には寝床と思わしき少し大きな布切れが数枚置かれているだけだった。

もちろん灯りの類もない。


「ここじゃ明かりが無いから」

「それ以前の問題だって、これは」


ユリウスはコリンの両肩を掴み目を合わせる。

突然の行動にコリンは驚いたように目を見開いた。


「ここで、どんな生活を?」

「あの布団で寝る。食べ物はこの中に居たら集落の人が分けてくれるからそれで」

「入浴は?洗濯は?」

「今日朝方に話した場所の近くに井戸があるからそこから汲んできて家の横で」


ユリウスは言葉が出なかった。

昼前に集落を見て回ったときはどの家も裕福とは言えないが困窮した暮らしをしているようには見えなかったし、道行く人に何度か聞いてはみたが、集落の人間は格差が出ないようになっていると言っていた。


「なんで、そんな」

「私は集落の人間じゃないから」


質問に受け答えするだけだったコリンが自分から口を開いた。


「いつの間にかこの集落にいて、いつの間にかここに住むようになっていて、ここに居るときだけ皆は食べ物を分けてくれた。でも、誰もそれ以上私に助けはなかった。集落の人間じゃないから、助ける義務も無いんだと思う」

「それは、間違ってるよ」


コリンは何とも思ってないのかもしれない。

それでもユリウスは言わずにはいられなかった。


「集落とかそんなのじゃない。自分でできないことは他の誰かに助けてもらう。それが普通なんだ。集落の人間じゃないから見捨てて良い理由にはならない」


ユリウスは持ってきた本を取り出してコリンに見せる。


「コリンは魔法を使える。それで自警団に貢献してる。それでも集落の人間として認められないのは間違ってる」

「そう、言われても……私には」

「……どうしようもない、よね」


ユリウスはコリンの扱いが納得できなかった。

頑張って魔法を覚えて、自警団にも貢献して、それなのになぜこんな生活を強いられているのか。

そこには何か理由があるはず。

ユリウスはコリンの手を取る。


「よし、魔法を勉強しに行こう」

「ど、どこに?」

「僕が一番、勉強に最適だと思うところに」


戸惑いながら聞いてくるコリンにユリウスは笑顔で答える。

ユリウスは片手で魔力を編み、地面へ放る。

放った魔力が二人を包み、瞬時にその場から姿を消した。

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